あいち トリエンナーレ 少女 像。 あいちトリエンナーレ少女像批判で「表現の不自由展」中止【海外の反応】

あいちトリエンナーレで『平和の少女像』作者の話を聞いて(仲松亨徳)

あいち トリエンナーレ 少女 像

信念をもってキュレートしているのなら、いささかなりとも変更を強いられた時点で、芸術監督は潔く辞任するのが筋と思います。 8月1日からスタートしたばかりのトリエンナーレですが、開催期間はずっと前から決まっていたこと。 それとこの国際的な政治状況とは偶然の一致という側面もあったにせよ、あまりにタイミングが悪いというより、大変な「下手」を打っているとしか職業芸術人の観点からは言いようがありません。 これは「ダメ」です。 関連の事柄に、様々な論考が出されると思いますが、芸術屋の一人の見方として、この事態の何がダメなのか、平易にまた明解に記してみたいと思います。 アマチュアのガバナンス 「あいちトリエンナーレ2019」 本稿は、騒ぎが起き始めた直後にベルリンで執筆しているものです。 8月2日、「あいちトリエンナーレ」の 芸術監督を務めているジャーナリストの津田大介氏が記者会見し、「展示の変更も検討している」と述べていると報じられ、あっけにとられました。 開幕2日目、本来なら10月までのロングラン展示であるべきところ、「テロ予告」とも取れる脅迫や抗議が来ているとのことですが、「展示の変更も検討」とは、よくまあ 芸術監督を称する者が言ったものだと呆れました。 どこかの芸能事務所の「芸人ファースト」ではないわけです。 少なくとも職業芸術人のアーティストなのですから・・・。 芸術監督として本当にプロフェッショナルの責任感をもって仕事をする立場のものであれば自分が責任をもって展示した、しかも海外アーティストの作品について、いきなり「変更も検討」なんて腰抜けなことは、絶対に言えませんし言いません。 素人が、間違った椅子に座っていると思いました。 私は、緊迫する日韓関係のさなかにあって、この展示を今のまま継続するのが得策だとは考えません。 しかし、芸術監督として責任をもってくみ上げたラインナップであるのなら、「撤回は認められない。 きちんと作品を見てほしい」といった腰だめが、少なくとも1回はあってしかるべきと思います。

次の

あいちトリエンナーレで『平和の少女像』作者の話を聞いて(仲松亨徳)

あいち トリエンナーレ 少女 像

その上で、「表現の自由」というデリケートなテーマを「民間よりも表現の自由が薄い」と言われる公立美術館でやることで「物議をあえて醸すことに意味がある」と思っていたという。 ただ、「鳴り止まない電話」のような予想を超える反響が事務局などに寄せられたことに「ジャーナリストとしてのエゴだったとも感じています」と打ち明け、責任を「大きく感じている」と話した。 4回目となる今回は、ジャーナリストの津田大介さんが芸術監督を務め、「情の時代」をテーマに掲げている。 目玉となっていた企画展「表現の不自由展・その後」は、愛知芸術文化センター(名古屋市東区)で開かれており、様々な理由で表現の場を奪われたという20数点の作品が展示されている。 その中の一つで、韓国人彫刻家が「元慰安婦の苦痛を記憶する」ための象徴として手がけた「平和の少女像」に関して、抗議電話が8月1日だけで。 河村たかし・名古屋市長が展示中止を含めた適切な対応を求める抗議文を提出していた。 こうした動きを受けて、芸術祭の実行委員会の会長を務める大村秀章・愛知県知事が、3日午後5時から記者会見を開いた。 「テロ予告や脅迫と取れるような電話やメールが来て、安全な運営が危惧される」と述べ、少女像だけでなく「表現の不自由展・その後」を4日から中止すると。 その後、同じ場所で津田さんの会見が開かれ、「表現の不自由展・その後」を企画した経緯について次のように語った。 美術業界の中での男女格差について問題提起をしたいという立場からジェンダー平等というのを打ち出して、それは良い形で問題提起できたと思いました。 そして、自分がジャーナリストとして、この「感情に裏打ちされたバッシングが非常にネット上などで起きていて、それによって表現の自由が狭まっているんじゃないか」という問題意識が個人として、すごくあった。 芸術祭で、ジャーナリストがジャーナリストらしさを持ったまま美術の企画としてやるとしたら何があるんだろうと考えました。 それで2015年に見た「」という企画が頭に浮かび、これを排除されがちな「民間よりも表現の自由が薄い」といわれがちな公立美術館でやることに大きな意味があると思いました。 物議をあえて醸すことに意味があると思ったんですけど、物議を醸した結果、企画と全く関係ない人にところまで火花が飛び散るようなことが起きてしまった。 その体制を作った責任というのは、僕は大きく感じております。 ジャーナリストって個人ですよね。 ただ、トリエンナーレってチームワークですので、個人としての思いをチームワークでやろうとしたときには、そのギャップが今回のような物を起こしたと思ってますし、「表現の自由」というのをテーマにした物議を醸すような企画を国際芸術祭というパブリックセクターのお祭りでやること。 そのこと自体に意味があると僕は思っていて。 一定の意味があったと思っていますけど、それが、こうしたハレーションを起こしているということも事実。 それは自分のジャーナリストとしてのエゴだったのではないかとも、感じています。

次の

昭和天皇の御真影が焼かれたのはなぜ?津田大介と慰安婦像展示「あいちトリエンナーレ」に非難の声続出

あいち トリエンナーレ 少女 像

会場の愛知芸術文化センター(名古屋市東区)のチケット売り場には3日午前10時の開場前から長蛇の列ができた。 「表現の不自由展・その後」の展示室にも午前11時過ぎに行列ができた。 開館直後の展示室で、初老の男性が怒鳴り声をあげた。 慰安婦を表現する少女像について「今まで毎回トリエンナーレに来ているけど最悪だ」。 さらに少女像の頭部に紙袋をかぶせる男性もいたが、別の来場者が「何をやっているんだ」と怒って紙袋を外した。 昭和天皇を想起させる映像作品の前で、涙を流しながら動かない男性たちもいた。 職員らが移動を促すと「なんで追い出されなきゃいけない」「肩を押された。 威力業務妨害だ」と詰め寄った。 一方で、多くの来場者は静かに作品を鑑賞していた。 「少女像は、(韓国の)日本大使館前に置かれたという政治性がなければ、拍子抜けするような作品だった」。 岐阜県養老町の野村寛(ゆたか)さん(67)はこう話した。 元名古屋市職員で、河村たかし市長が展示中止を求めたことに不安を覚えて急きょ訪れたという。 河村氏について「個人の意見を公の意見であるかのように言うのはおかしい」と疑問を投げかけた。 閉館1時間半前の午後4時半、「『表現の不自由展・その後』の受付は終了しました」との看板が出た。 午後5時ごろに息子と訪れた名古屋市中川区の会社役員女性(61)は入場できず、「中国や韓国との問題があるし、(終戦の日を迎える)8月だし、仕方ないのかな」と話した。 17歳の息子とパフォーミングアーツ(舞台芸術)の作品を見に来ていた愛知県尾張旭市の主婦(54)は「後日見に来て表現の自由について考えようと思っていた。 機会が失われ、残念です」と肩を落とした。 会場の外では午後6時過ぎ、東京都杉並区から訪れた会社員男性(38)がスマートフォンで津田大介芸術監督の会見の中継を見ていた。 「協賛企業に飛び火し、現場も疲弊し、対応しきれなくなったのだろう。 断片的な情報で炎上したのが現代らしいと思う」と話し、こう続けた。 「社会や人間の課題を提示し、解決の糸口を考えさせるのが、現代アートの意義であり魅力。

次の