さえこ いんす た。 【さえこ】melodic vol.33 / さえこ

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さえこ いんす た

この にはなが不足しています。 の提供に協力をお願いします。 存命人物に関する出典の無い、もしくは不完全な情報に基づいた論争の材料、特に潜在的にあるいは有害となるものは すぐに除去する必要があります。 ( 2019年10月) さえこ 紗栄子 別名義 サエコ(2001年 - 2007年) ダルビッシュ紗栄子(2007年 - 2011年) 生年月日 1986-11-16 (33歳) 出生地 身長 157 血液型 職業 ・ ジャンル ・ 活動期間 - 配偶者 ( - ) 著名な家族 (伯父) 公式サイト 主な作品 テレビドラマ 『』 『』 『』 映画 『』 『』 紗栄子(さえこ、 - )は、の、。 通信教育課程中退。 血液型はO型。 芸名はデビュー当初 サエコ、のちにと結婚して ダルビッシュ紗栄子、2011年より 紗栄子としている。 2017年より2人の息子が英国の寄宿学校へ入学した。 本人は日本在住。 人物・経歴 [ ]• 2003年 - 道休サエコ名義で主催の『2003』に選出される。 同時期に雑誌『』のでグランプリを獲得。 2007年8月9日 - 自分のブログで、当時所属のとの婚約と妊娠6週目であることを同時報告。 2007年11月11日 - ダルビッシュと結婚。 2008年3月24日 - 3000グラムの第1子(長男)を出産。 2008年10月24日 - 2008年9月末に所属事務所に契約を打ち切られていたことをブログで告白。 「夫のサポートと子育てに専念する」と宣言。 2010年2月26日 - 3432グラムの第2子(次男)を出産。 2010年11月 - 自身が代表を務めていた『』が営業不振のために閉店に追い込まれる。 同時期に新ブランド『』で再スタート。 しかし、その服飾プロデューサーとしての契約も2011年11月に期間満了のため終了している。 2011年 - 2人の子供を引き連れダルビッシュと別居。 2011年11月 - フォトエッセイ集を上梓。 2012年1月 - 離婚成立。 子供の親権は紗栄子が持つことが報じられた。 慰謝料はなかったという。 2012年1月23日 - ダルビッシュ有オフィシャルブログの2012年1月23日記事において、「彼女に関してメディア等で根も葉もない話が出てましたが事実がほぼゼロです。 彼女は献身的に自分を支えようと頑張ってくれてましたし、家庭内の仕事も一生懸命こなしてくれてました。 法外な慰謝料、養育費を求められたこともありません。 」と述べ 、「育児・家事を放棄して遊び歩いていた、養育費として月に1000万円要求した」という報道記事は事実でなく虚偽であると述べている。 2013年10月 - 事務所の分社により、に所属する。 2017年8月 - の社長のとは、2015年12月、前澤の会社の忘年パーティーで交際宣言し紗栄子の子供たちとも良好な関係を続けていたが、インスタグラムで公式に関係にピリオドを打ったと報告した。 2017年9月 - 当時9歳と7歳の息子たちがの寄宿学校へ入学した。 メディアで拠点はロンドンと言う事が多いがビザの取得を行わない事から本人は日本に在住している。 2020年4月30日 - エイベックス・マネジメントとの契約期間が満了し、以後は個人事務所でマネジメント及び営業活動を行う。 出演作品 [ ] ドラマ [ ]• (2001年6月10日、)• 5(2001年7月2日〜10月1日、)• (2004年2月14日、日本テレビ) - 阿部薫子 役• (2004年3月29日 - 9月25日、) - 佐藤由加 役• (2004年7月10日 - 9月18日、日本テレビ) - 柴田みりん 役• (2005年6月30日、) - ミルク 役• (2005年8月17日、TBS) - マキ 役• (2005年7月8日 - 9月16日、TBS) - 小林麻紀 役• 「吸血鬼伝説殺人事件」(日本テレビ、2005年9月24日) - 女子高生 役• (2005年10月20日 - 12月22日、TBS) - 寺尾舞子 役• (2006年5月26日・27日、) - 役• (2006年4月23日 - 6月25日、TBS) - 浅倉ミチル 役• 「たくさんの愛をありがとう」(2006年4月4日、日本テレビ) - 滝川萌 役• 夏の特別編2006(2006年8月22日、フジテレビ) - 永森さやか 役• 「」(2006年8月22日、日本テレビ) - 仲根悦子 役• (2006年10月16日 - 12月25日、フジテレビ) - 佐久桜 役• (2007年3月26日 - 3月30日、NHK) - 二岡智美 役• (2007年4月19日 - 6月14日、) - 森本あかね 役• (2007年7月12日、フジテレビ) - 大人になったたまちゃん 役• (2015年10月12日 - 12月14日、フジテレビ) - 毛利まさこ 役 バラエティ [ ]• (2003年4月 - 2004年3月、)• (2003年4月 - 2005年3月、TBS)• (2012年4月 - 2012年8月、日本テレビ)• (2004年1月、監督) - 女子高生 役• SEVEN ROOMS(2005年3月、安達正軌監督) - マリ 役• (2005年9月、監督) - 川村幸子 役• (2006年6月、監督) - 主演・浦坂愛 役• (2006年9月、監督) - 主演・永倉愛子 役• (2006年9月、監督) - 沙絵 役• (2007年3月、監督) - 唯 役• (2007年9月、監督) - 池内ハナ 役• (2008年3月、監督) - ヒロイン・朝岡麻子 役 ラジオ [ ]• RAB(2003年12月24 - 25日、)• Ameba Saeko's Chat! (2007年4月 - 9月、) - パーソナリティ(MC) 舞台 [ ]• その他 [ ]• アニメ「シトラスタウン」(2004年、フジテレビ) - ベリー 役• 日本語版(2003年、) - シャンティ 役 CM [ ]• サマンサタバサ(2018年)• 株式会社For-S「成長戦隊ノビルンジャー」(2018年)• Wave corporation「Spa treatment」イメージモデル 2019年6月1日 - 著書 [ ]• サエコ大百科 JUNON VISUAL BOOK (2006年9月、)• Saeko(2008年12月、アメーバブックス新社)• ルールに縛られない、おしゃれな生き方(2011年11月18日、、編集:MORE編集部) 写真集 [ ]• EPISODE 1(2013年12月24日、、撮影:中村和孝) 脚注 [ ] []• 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2017年1月2日閲覧。 日刊スポーツ 2012年1月19日. 2015年7月8日閲覧。 Musicman-NET エフ・ビー・コミュニケーションズ. 2013年8月27日. 2013年11月4日閲覧。 Sponichi Annex スポーツニッポン新聞社. 2020年5月1日. 2020年5月1日閲覧。 exiciteニュース Excite Japan. 2019年6月10日. 2020年5月9日閲覧。 プレスリリース , ウェーブコーポレーション, 2019年6月3日 , 2020年5月9日閲覧。 関連項目 [ ]• - 伯父 外部リンク [ ]• - ブログ• SaekoOFFICIAL -• saekoofficial -•

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【さえこ】melodic vol.33 / さえこ

さえこ いんす た

帝大を卒業したものは好い学校を卒業したと思っているに相違ない。 官僚国日本にあっては、帝大卒業ほど好都合の条件はない。 詰まらない学校を出たから一生損をすると言って歎く人も時稀あるようだが、本心は果して何うだろう? 学校には元来相当の考慮をして入る。 西瓜を買ったが、割って見たら赤くなかったというのとは場合が違う。 私は帝大出でも早稲田出でも慶応出でもなくて、ミッション・スクール出だ。 而も二つ卒業している。 青山学院と明治学院だ。 そうしてこの二つのミッション・スクールで学んだことを一生の幸福と思っている。 宗教学校の同窓必ずしも敬虔な信者でない。 中には随分暴れものもいた。 もう六十を越したその一人が級友会の席上、一杯機嫌で、 『おい。 おれは学院へ入って本当に宜かったと思っているよ。 私はこゝにミッション・スクールの教育が生きていると思った。 私達は聖人君子になる努力はしなかったが、少くとも常に自分の生活を反省する教育を受けたのである。 『凡人伝』の背景は青山学院からも取り、明治学院からも取った。 ジョンソン博士の『神様の道教えるの学校、基督教紳士組み立ての学校』は益 必要である。 時勢が大回転をした昨今、戸迷いをしているものが多いのに、私達ミッション・スクール出身者は本来の環境へ戻って来たような気がする。 全然民主主義の教育を受けているから、世の中が好い方へ変る以上はこれが当然だと思う。 十数年前に書いた『凡人伝』を再刊するに当って、私は特に感慨が深い。 私達の母校明治学園は 字音 ( じおん )、 「 飯 ( めし )が 食 ( く )えん」 に通じる。 「明治学園、飯が食えん」 と 皆 ( みんな )言っていた。 これは卒業しても職業に有りつけないという意味だった。 明治学園はこの頃の学校と違って、サラリーマンの養成を目的としなかった。 総理 ( そうり )ジョンソン博士は、 「明治学園、それはお金儲けする人を養わない。 それは 基督教 ( キリストきょう ) 紳士 ( しんし )を養う。 人はパンのみにて生きない。 それを教えるのが学校、それ、私共の学校明治学園、 皆 ( みんな )さん、 何 ( ど )うでありますか?」 と始終念を押していた。 甚だ 打 ( ぶ )っきら棒な日本語だった。 博士の説教や訓諭は、内容は兎も角、語法が 可笑 ( おか )しいので聴けた。 「それ」が多い。 「それ」を数えている丈けでも退屈しない。 「私、明治十年、御国へ来て皆さんより早い」 なぞとやり出す。 君達の生れない中に日本へ来たという意味だ。 「私の日本語、内務大臣に褒められる。 田舎人 ( いなかびと )が感心する」 と大の自慢だった。 ジョンソン博士の考えによると、 世俗 ( せぞく )のことは何でもいけない。 「日本勝った。 豪 ( えら )くはない。 神を信ずる。 それ豪い」 とあって、軍人はいけない。 「お金を儲けた。 儲ける為めの儲けの金持、 天国 ( てんごく )へ行けない。 貧しきの、神を信ずる。 それ豪い」 とあって、実業家もいけない。 「聖書に遠きの学問は悪魔の学問。 それを学ぶの人、豪くはない。 神を信ずる。 それ豪い」 とあって、学者もいけない。 「聖書に近きの学問は神の学問。 それを学ぶの人、それを教えるの人、それ皆豪い」 とあって、神学者が一番豪いのらしかった。 尤 ( もっと )も 夫子 ( ふうし ) 自 ( みずか )ら神学博士だった。 この総理指導の下に 専 ( もっぱ )ら飯の食えない教育を受けた私達同級生七名の 中 ( うち )から、 何 ( ど )うした間違か、 成金 ( なりきん )が一人出ている。 一時は素晴らしい勢で、学園へ十七万円の講堂を寄附した。 その後余り振わないようだが、矢張り全同窓中の出世頭だ。 残余 ( あと )六名は無論いけない。 非常に能く神を信じた男が死んでしまった。 卒業後直ぐに渡米した男はもう長いこと消息がない。 地方の中学教諭が一人、保険会社の平社員が一人、牧師が一人、それから私となる。 兎に角、皆飯が食える。 しかし私が一番苦しい。 学校を三つ掛け持っている上に、夜分内職仕事の 著述 ( ちょじゅつ )をやらないと食えない。 読者諸君は近頃「英文和訳の秘伝」だの「和文英訳の秘伝」だのという小冊子が続出するのに気がついているだろう。 あれは私が揚げている生活の悲鳴だ。 「明治学園、飯が食えん」 何 ( ど )うやら私は一人でこの伝統を受け継いでいるような心持がする。 教諭の 立花君 ( たちばなくん )以外は皆東京にいるので、時折顔を合せる。 成金の 赤羽君 ( あかばねくん )のところへは一週に二回、令息共の家庭教師として伺う。 忌々 ( いまいま )しいが、奴、補助の積りで過分の報酬をくれるから、背に腹は代えられない。 「先生は旦那様と御同窓だそうですな?」 と或時書生が話しかけた。 「 然 ( そ )うですよ」 「これぐらいになるお方ですから、学生時代から頭がお 宜 ( よろ )しかったんでしょうな?」 「さあ」 と私は明答を避けた。 「成功者は 相貌 ( そうぼう )からして違っていますね」 「 図体 ( ずうたい )は昔から大きかったです」 「 御機敏 ( ごきびん )でしたろう?」 「さあ。 下級生が 能 ( よ )く 史記 ( しき )の 老子伝 ( ろうしでん )を赤羽君のところへ訊きに来ましたよ」 「はゝあ、 漢籍 ( かんせき )もお出来でしたか?」 と書生は溜息をついて敬服した。 「いや。 ハッハヽヽヽ」 「何うしたんですか?」 「赤羽君は皆同じところを聴きに来るよって、不思議がっていました。 何処だい? って訊いたら、『君子は 盛徳 ( せいとく )あって、 容貌 ( ようぼう ) 愚 ( ぐ )なるが如し』ってところさと言いました」 「成程。 その頃から盛徳がおありでしたな」 「いや、後の方でしょう。 諢 ( からか )いに来たんです。 こゝですと言って、五人六人皆愚の字を指すんですが、赤羽君は気がつきません。 一々丁寧に説明していました」 「矢っ張り大きいところがありますな」 「違っていましたよ、確かに、赤羽君は」 と私は赤羽君に花を持たせる外仕方がない。 「豪いものです」 「まあ/\、同窓中の出世頭でしょうな」 「先生、立身出世はしたいものですね」 「君も 大 ( おおい )にやるさ。 しかし金ばかりが成功じゃありませんぜ」 「兎に角、昔の同級生を家庭教師に使っているんですから豪いものです」 と書生は 厭 ( いや )な結論をした。 使用人扱いだから情けない。 私は赤羽君なぞと呼んではいけないのだろう。 しかし赤羽君自らは決して威張らないから助かる。 「おれの子はおれに似て皆 雁首 ( がんくび )が好くないようだ。 学園には落第がなかったが、この節の学校は厳しいからね。 宜しく頼むよ」 と下から出る。 「 何 ( ど )うだい? 一度皆で寄って、昔話をしようじゃないか? 僕が招待する」 と 他 ( ほか )の同級生にも会いたがっているが、 未 ( ま )だ機会がない。 牧師の 安部君 ( あべくん )はジョンソン博士仕込みで、成金に反感を持っている。 「 彼奴 ( あいつ )のことだから、会場は 何 ( ど )うせ 魔窟 ( まくつ )だろう?」 と言って受けつけない。 「 待合 ( まちあい )さ」 「御免蒙る」 「もっと純潔なところなら来るかい?」 「場所ばかり純潔でも駄目だ。 まあ/\、断って置いてくれ給え」 「 宜 ( い )いじゃないか? 君は 標準 ( スタンダード )が高いから毛嫌いをするけれど、世間の目から見れば、赤羽だって立派な 紳士 ( ゼントルマン )だよ」 「 妾宅 ( しょうたく )を構えているからかい?」 「無論悪いことはしているさ。 しかしもう一方で罪滅しもしている。 学園へ十七万円の講堂を寄附したじゃないか?」 と私は赤羽君の為めに弁解の労を取った。 「僕はあれが気に入らない」 「しかし君は落成式の時に祝辞を述べたじゃないか?」 「あの時は感激したが、以来彼奴の人格が分った」 「 何 ( ど )うして?」 「あの講堂は結局砂の上に建てた家だったよ。 見給え、震災で崩れてしまった」 「それは仕方がない。 震災は世間並みだ」 「取り片付けに五千円かゝっている。 僕はあの時、一個人の資格で赤羽のところへ談判に行ったんだ」 「ふうむ」 「寄附した以上は早速建て直す責任がある。 それを力説したんだが、奴、言を左右に 託 ( たく )して取り合わない」 「それは君が少し無理じゃなかろうか?」 「何故?」 「あの頃の赤羽は好景気時代の赤羽と違う。 大戦後のガラを 食 ( くら )って、財産が三分の一になった上に、震災でひどい目に会ったんだからね」 「ガラって何だい?」 「知らないのかい?」 「僕は神の道を説く牧師だよ」 「仕方がないな。 ガラはガラ落ちさ。 急に 相場 ( そうば )が下るんだ。 財産が三分の一になったところへ震災で痛手を蒙っているから、 迚 ( とて )も建て直しなんか出来ない」 「建て直しが不承知なら、直ぐに取り片付けろと僕は忠告してやった。 寄附した以上、 壊 ( こわ )れたら、それ丈けの責任はあるぜ」 「さあ」 「赤羽は兎に角考えて見ると言ったよ」 「その筈だよ」 「しかし 卑劣 ( ひれつ )にも責任を負わない。 復興資金として五百円寄附したばかりだ。 学園は彼奴の為めに五千円、その中五百円入れたから、四千五百円取り片附けの費用を負担している」 「牧師って変な計算をするものだね」 「間違っているかい? 五千円かゝるのに五百円しか出さないんだぜ」 「成程」 「僕は人格に疑問のある人間と深い交際は御免蒙る」 「しかしそれじゃ 伝道 ( でんどう )が出来まい。 人間は皆罪の子だ」 「道を聴きたいというのなら、幾らでも説いてやるよ。 僕の教会へ引っ張って来給え」 と牧師さんは見識が高い。 保険屋の野崎君も好い感じを持っていない。 「彼奴はもう昔の赤羽じゃない」 と言っている。 「学生時代には君の方が僕よりも親しかったじゃないか?」 と私は又 調停係 ( ちょうていがかり )だ。 「卒業後方面が違ったから、御無沙汰はお互だが、奴、金が出来てから態度一変したよ」 「しかし以前は神戸へ行く度に寄ったろう?」 「あの頃はそんなでもなかったが、最近 悉皆 ( すっかり )増長している」 「喧嘩をしたね?」 「いや、行っても会ってくれないんだ」 「そんなことはない筈だがな」 「保険会社へ入ってから三度行っている。 勧誘にでも来たと思ったんだろう。 玄関払いを食わせやがった」 「変だね」 「もう行かない」 「何かの間違だよ」 「いや、三度目には打ち合せて置こうと思って電話をかけたが、御主人は一切電話口へお出になりませんという 口上 ( こうじょう )で 要領 ( ようりょう )を得ない。 威張っていやがる。 あのまゝよせば 宜 ( よ )かったのに、兎に角と思って行って見たら、唯今大切な御客来中だって、又やられたよ」 「それじゃもう永く会わないんだね?」 「この間校友会の相談会で会ったよ。 奴も僕も評議員だ」 「何とか言っていたかい?」 「僕は癪に障っていたから、顔を合せると直ぐに、コツンと一つやってやった」 「乱暴だね」 「相変らず 愚 ( ぐ )なるが如き 容貌 ( ようぼう )をして、『何だ?』と言ったぜ」 「 吃驚 ( びっくり )したんだろう」 「 此方 ( こっち )も『何だ?』って言い返してやった。 あれで充分意味が通じたろうと思う」 「それから何うしたい?」 「それっきりさ。 実に失敬な奴だ」 と野崎君は 憤 ( おこ )っていた。 尤 ( もっと )もこの男は学生時代から荒かった。 性急 ( せっかち )で 吃 ( ども )る癖があって、詰まると手の方が先に出る。 さて、二十何年か前の同級生四名をこゝに引き出して、その現況を紹介したのは 真 ( ほん )の前置に過ぎない。 私はこれから柄にない小説を書く。 これには深い動機がある。 元来私は英語の教師だ。 筆を取っては「英文和訳の秘伝」や「和文英訳の秘伝」の外に能がない。 しかし 輓近 ( ばんきん )大に感ずるところがあった。 目下又々「新英文和訳」というのを 編纂中 ( へんさんちゅう )、集めて置いた材料の中から次の一節が現れたのである。 「……世間はもう偉人伝に 食傷 ( しょくしょう )して、 凡人伝 ( ぼんじんでん )を要求している。 ナポレオン伝が何百冊と出ていて、それを読むものが何千万人とあったけれど、果して第二のナポレオンが現れたか? 一人でも現れたか? 否 ( いな )。 これをもってこれを見るに、偉人の成功を学ばしむるの偉人伝はホーカスポーカスなり。 (註、hocuspocus は手品師の 呪文 ( じゅもん )にして元来 偽拉丁語 ( にせラテンご )、 人目 ( じんもく )を 眩 ( くら )ますものゝ称) 寧 ( むし )ろ凡人の失敗に鑑みしむるの凡人伝をもって大衆を導くに 若 ( し )かず。 世界は多数のナポレオンを要しない。 欧羅巴 ( ヨーロッパ )は一つしかないではないか? 云々 ( うんぬん )」 私は目が覚めたような気がした。 この一節を天から直接私へ来た使命のように思った。 失敗が後進の参考になるなら、私には英文和訳よりももっと材料がある。 第一、飯の食えない学校へ入ったのからして失敗だ。 学園時代から今日までを有りのまゝに書けば事が足りる。 尚お都合の 好 ( い )いことに同窓が 押 ( お )し 並 ( な )べて凡人だ。 成金の赤羽君にしても、欧州戦争という間違が 因 ( もと )で成功したのである。 自分はもう仕方がない。 食えない学校を卒業して、兎にも角にも 餒 ( ひもじ )い思いはしないのだから 宜 ( い )い。 万事諦めている。 しかし、せめてものことに、後世を益したい。 「凡人伝なるかな!」 と私は 蹶起 ( けっき )した。 この計画を赤羽君に話したら、 「おれのことも書くのかい?」 と 稍 ( やや )不安そうに訊いた。 「うむ。 君が主要人物になるかも知れない」 「しかし僕の伝は目下郷里出身の文士に書かせている」 「これは驚いた」 「それと 矛盾 ( むじゅん )しちゃ困る」 「 編纂料 ( へんさんりょう )を出しているのかい?」 「うむ。 大分取られる」 「僕は唯で書く代り有りのまゝだ。 郷里のが 肖像画 ( しょうぞうが )なら、僕のは写真だろう」 と私は皮肉ってやった。 少し成功すると偉人の素質でもあるように思うところが浅ましい。 愚なるが如しと衆目が認めている赤羽君にしてこの通りだ。 「凡人伝なるかな! 凡人伝なるかな!」 と私は信念を固めて、次に保険会社の野崎君を 捉 ( つかま )えた時、この種の著述の必要を説明してやった。 「柄にないな」 と野崎君は一応 貶 ( けな )しながらも賛成して、 「苦し 紛 ( まぎ )れだろうから何をしようと君の勝手だが、おれのこと丈けは書くなよ」 と条件をつけた。 「迷惑かい?」 「当り前さ」 「何故?」 「おれは例外だ。 材料にならない」 「ソロ/\ 白髪 ( しらが )が生えるのに保険会社の平社員じゃ無論凡人組だろう」 と私は 鬢 ( びん )のあたりを見てやった。 此奴はいつまでも若い積りだから、これを一番厭がる。 「同じ平社員でもおれのところは外国会社だ。 制度が違う。 それにおれは 出発 ( スタート )が悪かった」 「学園を出たものは皆然うさ」 「職業を度々 更 ( か )えたのも 祟 ( たた )っている。 兎に角、おれは例外だ。 書くと撲るぞ」 と野崎君は例によって荒い。 素質はあるけれど、特別に運が悪かったと思い込んでいる。 自分を凡人と覚るのはナカ/\困難の 業 ( わざ )らしい。 「凡人伝なるかな! 凡人伝なるかな!」 その次に私は日曜を利用して牧師の安部君を訪れた。 この男に渡りをつけるには日曜が一番好い。 朝晩説教をするので、 草臥 ( くたび )れるから、苦情があっても力強く反対しない。 果して教会で説教中だった。 その昔夜陰に乗じてジョンソン博士の裏庭へ 苺 ( いちご )を盗みに行った棒組だ。 奴、 何 ( ど )んなことを 吐 ( ぬか )すだろうかと、私は好奇心があった。 滔々 ( とうとう )と弁じている。 諄々 ( じゅんじゅん )と説いている。 口は学生時代から達者で、 「 彼 ( か )のう、マルテン・ルーテルがあ、ウィッテンベルヒに於きましてえ……」 と 煩 ( うるさ )いくらい稽古を積んだものだ。 こんなことを思い起しながら、安部君の顔から 壁間 ( へきかん )へ目を移すと、説教題が、 「平凡人の平凡生活」 と掲げてあった。 「野郎、やっているわい、おれの来るのを知っていたのか知ら?」 と私は敬服した。 礼拝 ( らいはい )が終ってから、牧師館へ寄って話し込んだ。 「それは好い。 僕の説教を聴いて思いついたのかい?」 「いや、 偶然 ( ぐうぜん )の一致さ。 暗合 ( コインシデンス )だよ」 「面白い。 大 ( おおい )に書き給え。 京都の日高や仙台の藤岡なんか持って来いの材料だぜ」 「主に学園の連中を利用する」 「赤羽も好いね」 「うむ」 「立花も適任だ。 二十何年一日の如く平々凡々として田舎にいる。 学園の先生にも大勢あるよ」 と安部君は一々材料を 指摘 ( してき )してくれたが、自分丈けは全然棚へ上げていた。 「平凡人の平凡生活」を説く牧師にして 覚 ( さと )らざること尚おこの通りだ。 「平凡なるかな! 平凡なるかな!」 「何だい? それは」 「間違えたよ。 凡人伝 ( ぼんじんでん )なるかな! 凡人伝なるかな!」 「凡人宣伝の標語かい?」 「 然 ( そ )うさ」 「凡の凡なるかな、すべて凡なり。 僕も大に説く。 君は筆でやれ。 僕は口でやる」 「世人には皆『 凡衆 ( ぼんしゅう )とおれ』って考えがある。 おれという奴を凡衆の中に入れていない」 と私は当てつけてやった。 「確かに 然 ( そ )うだよ。 殊に僕達の仲間に然ういう連中が多い。 つまらない説教をして豪い積りでいる」 「凡人伝なるかな! 凡人伝なるかな!」 「凡の凡なるかな、すべて凡なり。 実際だよ。 これは材料豊富だから書けるぜ」 と安部君は共鳴するばかりで、何処までも自分の「おれ」を別にしている。 ナポレオン志望者は実に多い。 各人皆それだ。 これは後世どころか、現在に於いて友達を益することが出来る。 万人 悉 ( ことごと )く在来の偉人伝に誤られている。 「世界は多数のナポレオンを要しない。 欧羅巴 ( ヨーロッパ )は一つしかないではないか? よし。 おれが 解毒剤 ( げどくざい )を 拵 ( こしら )えてやる」 と私はイヨ/\決心を固めて、家へ帰りつくと早々、 「 操 ( みさお )や、おれは小説を書くよ」 と発表した。 「はあ?」 「小説を書く」 「あなたが? まあ! 馬鹿々々しい。 オホヽヽヽヽヽヽ」 と 妻 ( さい )は 忽 ( たちま )ち笑い出した。 ひどい奴だ。 私を唯の凡人と思っている。 おっと、口が 辷 ( すべ )った。 「凡人伝なるかな! 凡人伝なるかな!」 「この間から 能 ( よ )くそれを 仰有 ( おっしゃ )いますのね」 「これは神さまの 直伝 ( じきでん )だ」 「 厭 ( いや )でございますよ、私」 「何だい?」 「その上、小説を書くなんて仰有られると、心配でなりませんわ」 「何故?」 「 些 ( ち )っと 何 ( ど )うかしていらっしゃるんじゃなかろうかと思って」 「人を馬鹿にするな。 小説を書くと言えば何うかしているのか?」 「でも、人によりけりですわ。 あなたは ABC ( エービーシー )の先生じゃありませんか?」 「まあ/\、見ていろ」 「正気?」 「無論だ」 「それじゃ見ているわ。 けれどももう一つ伺いたいことがありますよ」 「何だ?」 「受験書の方は 何 ( ど )うなさいますの?」 「待って貰う」 「厭よ」 「何故?」 「印税が来なくて後から困るようなことはなくて?」 「お前達に 餒 ( ひもじ )い思いはさせないよ」 「それじゃ勝手にお書きなさいませ。 書けるものなら」 「書くとも」 と私は意地ずくにも 稿 ( こう )を起さなければならないことになった。 凡人伝なるかな! 凡人伝なるかな! これに限る。 [#改ページ] 「 品行方正 ( ひんこうほうせい ) 学術優等 ( がくじゅつゆうとう )」 これが私の小学時代 全幅 ( ぜんぷく )を語る。 その頃は尋常科が四年、高等科が四年だった。 私は八年間を優等の模範生で通したので、卒業の折、郡長さんから賞状を戴いた。 去年まではそれに日本外史が二十二冊ついていたが、その年から町の本屋が寄附しなくなったので賞状丈けだということを父親から聞いた。 私の父親はその小学校の校長だった。 私が年々優等証を貰ったのも偶然でない。 校長さんの子だというので、先生方が特別に目をかけてくれた。 もう一方私に於いても、校長の子だからと思って人一倍努力したのである。 父親は 然 ( そ )うでもなかったが、母親は頗る厳しかった。 「 友一 ( ともかず )や、お前はお父さんが校長先生だから、余所の子供と違いますよ。 一番にならなければいけません。 お前が落第するようなら、お父さんは校長先生が勤まらなくなりますよ」 と言って聞かせた。 「勤まらないって何のこと?」 「校長先生をやめなければなりません」 「やめると 何 ( ど )うなるの?」 「村にいられません」 「いられなくなると何うなるの?」 「何処かへ行って 乞食 ( こじき )にならなければなりません」 「それは大変だ」 「大変ですから、落第しないで 優等 ( ゆうとう )になって下さい」 「優等って何?」 「一番です」 「なります。 屹度 ( きっと )なります」 と私は堅く約束した。 子供心にも重い責任を感じて一生懸命になって、毎日お 復習 ( さらい )を怠らない。 「メ、メン、ワン、ワラ、トラ、ヒト、ヒレ、カメ、ガン、トビ」 と四十年後の 今日 ( こんにち )、 未 ( いま )だに尋常一年の読本を 諳 ( そらん )じているのでも分る。 「第一課。 コノ絵ニカイテアル 小 ( チイ )サナ人ハ、大キナ弓ヲイテ、遠イ 的 ( マト )ニアテマシタ。 コノ人ハ大キクナッテカラ……」 なぞと思い出す。 これは確か尋常三年だった。 「第一課。 草薙 ( くさなぎ )の 剣 ( つるぎ )。 景行天皇 ( けいこうてんのう )の 御時 ( おんとき )に 東夷 ( とうい )多く 叛 ( そむ )きて国々騒がしかりければ、天皇、 日本武尊 ( やまとたけるのみこと )を 遣 ( つかわ )して之を討たしめ給う。 尊 ( みこと )、 駿河 ( するが )の国に到りし時……」 とこれは高等一年、今の尋常五年だった。 不思議に第一課丈け頭に残っている。 私達はこの駿河の国だった。 こゝを習った時、私は疑問が起ったから、 「先生」 と呼んで手を挙げた。 「 河原 ( かわはら )さん、何ですか?」 と先生は誰も私の質問を喜ぶ風があった。 「日本武尊に手向いをして火を放ったのは駿河の国の人達ですか?」 「 然 ( そ )うです。 土民です」 「先生、それじゃ僕達困ります」 「何故ですか?」 「駿河の国の土民なら僕達の先祖です」 と私はこれが畏れ多かった。 「ワッハッハヽヽヽ」 と同級生は笑い出した。 「いや、その土民は皆悪ものばかりですから、私達と関係ありません。 この本にも書いてある通り、一人残らず焼け死んだり討ち滅されたりしてしまいました」 「あゝ、 然 ( そ )うでした」 と私は安心した。 「皆さん」 と先生は一同の注意を 惹 ( ひ )いて、 「読本を読む場合に字ばかり読んで、書いてあることを考えないようでは何にもなりません。 皆さんは今河原さんの質問を笑いましたが、それは大きな心得違いです。 字を読むと一緒に意味を読めば、 種々 ( いろいろ )と不審の起るのが当り前です。 それを考えて見たり訊いて見たりするのが高等科の 読書科 ( とくしょか )です。 皆さんは河原さんをお手本にしなければなりません」 と私を 褒 ( ほ )めてくれた。 尋常一年生から私は級の模範だった。 行儀の悪いものがあると、先生は必ず、 「河原さんをお手本になさい」 と言った。 その折、皆の視線が私の顔に集注する。 私は如何にも模範のようにキチンと坐っている。 初めの中は得意だったが、追々窮屈になった。 しかし家へ帰って母親に喜ばれるのが 楽 ( たのし )みだった。 「お母さん、僕は今日も先生に褒められました」 「 宜 ( よ )かったね。 何 ( ど )うして?」 「吉村孝一という子と 鮫島 ( さめじま )三郎という子が教場で取っ組み合いを始めたんです」 「まあ/\。 喧嘩?」 「えゝ、乱暴で困ります。 教場でするんですもの」 「時間中?」 「えゝ。 先生が皆仲を好くしなければいけないって仰有っている最中でした」 「まあ」 「僕が止めたんです」 「それから 何 ( ど )うしたの?」 「先生は二人を叱りました。 今度すれば罰則ですって。 それから河原さんを御覧なさいって仰有いました。 僕のようにおとなしくしなければいけないって」 「宜かったわね。 御褒美を上げますよ」 と母親はお菓子を出してくれる。 皆 ( みんな )のお手本だと言われると、自分もその気になる。 何かの都合で 少時 ( しばらく )先生に褒められないと物足りない。 尤 ( もっと )も同級生は大抵農家の子だ。 学業も行儀も到底私の比でない。 「お母さん、この頃は先生が褒めてくれない」 と鼻を鳴らしても、又直ぐに、 「お母さん、今日は先生が河原さんは 豪 ( えら )いと仰有いました」 と報告する日が来る。 褒められる機会があれば決して 逸 ( いっ )さない。 「これは 何 ( ど )ういうことでしょうか? 分る人は手を挙げて」 と先生が見廻す場合、 「先生!」 と私は真先に手を挙げて振り廻す。 「誰かこゝへ出て、この唱歌を一人で歌って御覧なさい」 「先生!」 「河原さん」 と先生は私を指してくれる。 「 風車 ( かざぐるま )あ、 風 ( かあ )ぜのう、まあにまあに 繞 ( めぐ )るなりいやあまず 繞 ( めえぐう )るも、やあまず繞るうもう……」 と私は顔中を口にして歌う。 何うも大変な奴だと皆は思っていたに相違ない。 「誰かこゝへ出てメメンワンワラを黒板に書いて御覧なさい」 「先生!」 「 白墨 ( はくぼく )がなくなったから、誰か教員室へ行って持って来て下さい」 「先生!」 と褒められたくて溜まらない。 浅ましい話だが、そこは子供だ。 教室以外にも 大 ( おおい )に努力した。 一日一善というような考えが子供の時にあったのだから、少しは買って貰いたい。 学校へ行く途に 村社 ( そんしゃ )の八幡宮がある。 二年生になってから私はその前を通る時、必ず帽子を脱いで敬礼をすることにした。 一番になれますようにと拝む時丈けでは申訳がない。 心願果しの意味も手伝って、これを心掛けた。 しかし友達と話しながら歩いて、つい忘れることがある。 そのまゝ気がつかないこともあったが、思い出すと駈け戻ってお辞儀をして来る。 或日丁度それが、先生のお目に留った。 「河原さんは感心ですな」 と先生は褒めてくれたばかりでなく、教場で紹介して、 「皆さんはこれも河原さんをお手本にしなければなりません」 と修身科の材料にした。 私は同級生の模範丈けで満足せず、下級生の世話を焼いた。 一年生は帰りに 道草 ( みちくさ )を食う。 三々五々、 彼方 ( あっち )へ寄ったり 此方 ( こっち )へ寄ったり、決して真直に歩かない。 蛇が蛙を呑むところへでも来合せようものなら、 悉皆 ( すっかり )消化してしまうまで見ている。 「君達、お父さんやお母さんが待っているんだから、早く帰らなければいけませんよ」 と私はもう三年生だった。 「 何 ( なん )でい?」 「何でいとは何ですか?」 「お前先生か?」 「先生じゃないけれど、道草を食っちゃいけませんよ」 「何でい?」 と一年生は礼儀を知らない。 以来私の顔を見る度に、 「何でい?」 とやる。 二年生も似たり寄ったりだ。 或日のこと、私は二三名が 路傍 ( みちばた )で犬の子を 苛 ( いじ )めているところへ追いついて、 「動物を 虐待 ( ぎゃくたい )するのはよし給え」 と 戒 ( いまし )めた。 「何でい?」 「何でいとは何ですか? この犬だって君達と同じように、棒で叩かれゝば痛いです」 「余計なお世話だ」 と一人の子が尻尾を縄で 縛 ( しば )ろうとした。 「よし給え」 と私は其奴を押し退けて、もう一人の子の持っていた棒を奪い取った。 「君は先生か?」 「先生じゃないけれど、可哀そうじゃないか? 分らないことを言うと堪忍しないぞ」 「何でい?」 「撲るぞ」 「撲って見ろ。 さあ、撲れ」 と三人は詰めかけた。 私は棒を振り上げた。 しかし模範生は 窮屈 ( きゅうくつ )だ。 撲れば操行が乙になる。 「さあ、学校へ来給え」 と言って引っ張るぐらいが関の山だ。 善行は先生に褒められても、同輩や後輩に喜ばれない。 却 ( かえ )って交際の邪魔になる。 私は追々それを覚り始めた。 「お母さん、僕は友達がなくって困ります。 皆 ( みんな )が遊んでくれません」 と度々訴えた。 「暴れる子供とは遊ばない方が 宜 ( い )いよ。 庄ちゃんと徳さんに寄ってお貰いなさい」 と母親は親戚の子供を推薦してくれた。 しかし庄作も徳三郎も、 「友ちゃんは学校ごっこばかりするから詰まらない」 と言って、直きに帰ってしまう。 従兄弟 ( いとこ )さえこの通りだから、他人は尚更のことだ。 同級生は私を仲間外しにする。 今から考えて見ると無理もない。 皆いたずら 盛 ( ざか )りだ。 そこへ修身の先生の廻しものが一人交っていると、何をするにも差支える。 「やあ、小西君と佐藤君、何処へ行く?」 と訊いても、 「何あに、 一寸 ( ちょっと )そこまで」 としか答えてくれない。 二人とも手拭を腰に下げているから河へ水浴びに行くのに 定 ( きま )っている。 しかし私が一緒だと 煩 ( うるさ )いのだ。 水泳の合間々々に瓜畑を荒すことが出来ない。 私が学校へ 密告 ( みっこく )でもするように思っている。 尚お校長の子だから特別に 贔負 ( ひいき )されているという 僻 ( ひが )みもあった。 先生が教室で、 「 河原 ( かわはら )さん」 と呼んで私を指すと、誰か必ず 咳払 ( せきばら )いをする。 しかし学術優等品行方正と折紙がついていれば、そんなことに頓着していられない。 私は相変らず努めていたが、その中に身辺に危険が迫ったことを発見した。 驚いたが、もう 晩 ( おそ )かった。 同級生は消極的な仲間外しではもう満足出来なくなったのである。 それは高等二年になって、一泊旅行に出掛けた晩だった。 久能山 ( くのうざん )へ参詣して静岡に泊った。 先生が、 「それじゃ皆おとなしく寝るんですよ。 宿屋だから、騒ぐと他の客の迷惑になります。 分ったろうね」 と念を押して別間へ入った時、私は級長として、 「皆早く寝給え」 と 蛇足 ( だそく )を加えた。 しかし皆はナカ/\床につかない。 初めて宿屋に泊るのが嬉しくて、いつまでも 噪 ( はしゃ )いでいる。 「さあ、もう寝給え」 と私は再び促して、模範を示す為めに先ず床に入った。 疲れていたから、直ぐにウツラウツラした。 皆も 喋 ( しゃべ )り 草臥 ( くたび )れて寝たようだった。 間もなく、 「実際此奴は生意気だ」 という声が私の夢を破った。 「校長の子だと思って好い気になっている」 「先生がおベッカを使って贔負するものだから増長している」 「学校なら兎に角、こんなところまで来て級長風を吹かせやがる」 と大勢だ。 私は目を 瞑 ( つぶ )っていたが、一人々々その声で分った。 「此奴の為めに僕は幾度先生に叱られているか知れない」 「僕も 然 ( そ )うだ」 「僕だって然うだ」 「皆然うだよ」 「一体何ういう 料簡 ( りょうけん )だろうね?」 「馬鹿さ」 「大馬鹿だよ」 「先生に 煽 ( おだ )てられゝば 山椒 ( さんしょう )の木へ逆さになって登る 代物 ( しろもの )だ」 「おい、早く撲ってしまおうよ」 「蒲団を 被 ( かぶ )せて置いて小突けば、誰だか分らない」 「おい」 「おい」 私はもう寝ていられない。 ムックリ起き直って、 「何をするんだ?」 と極めつけた。 同時に 国分 ( こくぶ )が打ちかゝった。 それが合図だった。 四人に一人だから 敵 ( かな )わない。 私は組み伏せられた上に、散々撲られた。 「これに 懲 ( こ )りて 些 ( ち )っと気をつけろ」 と国分が言った。 「…………」 「学問の出来るのを鼻にかけるな」 「…………」 「品行方正を自慢にするな」 「…………」 「 能 ( よ )く考えて見ろ。 貴様には尋常一年の時から恨みが積っているんだ」 「…………」 「おれ達はな、退校される覚悟で出て来たんだ」 「…………」 「先生に言いつけろ。 その代り 月夜 ( つきよ )の 晩 ( ばん )ばかりはないぞ」 とこれは、 内済 ( ないさい )の申入れだった。 私は黙っていた。 四人のものはもうそれ 丈 ( だ )けで 各自 ( めいめい )床へ潜り込んだ。 予定の行動で方々から私の枕元へ這って来たのだった。 一寸 ( ちょっと )の出来事が一生を支配する。 師範へ行く筈だった私が明治学園へ入って、三十余年後の今日、 凡人伝 ( ぼんじんでん )を思いついて筆を執っているのも遠く静岡の宿屋の一晩に起因する。 私は遠足から帰ると直ぐに、 「お父さん、僕は高等二年が済んだら直ぐに中学校へ行きたいです」 と申出た。 「中学校?」 「はあ」 「お前は師範へ入る積りだったじゃないか?」 「師範は高等を卒業しなければ入れないから厭です。 それに僕は 豪 ( えら )い人になりたいんです」 「それは結構な心掛だが、中学校丈けじゃ中途半端で困る」 「高等学校から大学へ行きます」 「しかし家の事情を考えて御覧。 中学校丈けなら 何 ( ど )うにか 斯 ( こ )うにか出せるけれど、それから先は私の手に負えない」 「中学校丈けで 宜 ( い )いです。 後は自分でやります」 「それはむずかしい」 と父親は相手にしてくれなかった。 しかし私は高等科にいる限り、模範生を免れない。 先生は相変らず、 「皆出来ない? よし、それじゃ河原君、君やって見給え」 と私に花を持たせる。 国分の一味はもう咳払いどころでない。 一遍撲り徳をしたものだから、つけ上って、 動 ( やや )もすると喧嘩を売りかける。 級長の威令行われざること 夥 ( おびただ )しい。 先生に褒められ同級生に 苛 ( いじ )められながら、私は又々優等で三年級へ進んだ。 「お父さん、 此年 ( ことし )はもう仕方ありませんが、来年から是非中学校へやって下さい。 僕はもう 厭 ( いや )です」 「何故だい?」 「僕はお父さんが校長先生だから優等になるんだそうです」 「そんなことがあるものか」 「でも皆然う言って僕を 苛 ( いじ )めるんです」 「誰と誰だ?」 と父親は私の同級生の名前を一人々々知っている。 「一人残らずです。 僕は今に豪い人になって、村中の奴等を縛ってやります」 「そんなに憤らなくても 宜 ( い )い。 皆 僻 ( ひが )んでそんなことを言うんだ。 気にするには及ばない」 「僕は口惜しいです。 種々 ( いろいろ )のことをして僕を困らせるんです。 尋常一年の時から先生が僕をお手本にして皆を叱ったものですから、恨みが山ほど積っているんです」 「ふうむ」 「去年の今頃……」 と私は思い出したら、涙がホロ/\ 零 ( こぼ )れた。 「 何 ( ど )うした?」 「…………」 「言って御覧」 「僕は撲られたんです」 「誰に? 何処で?」 「遠足に行って静岡へ泊った時です」 「誰が撲った? 話して御覧」 と父親は真剣になった。 職掌上も捨てゝ置けない。 私は一部始終を物語って、 「僕は 何 ( ど )うしても豪い人になって、皆を縛ってやります。 中学校へやって下さい」 と又泣き出した。 「能く分った」 「やって下さいますか?」 「考えて見よう。 お前がそれほど行きたがるものなら、何うにかして出来ないこともあるまい」 「僕は屹度豪くなって皆を縛ってやります」 「縛らなくても 宜 ( い )いさ。 豪くさえなれば縛ったのも同じことだ」 「それから僕はもう模範生は 厭 ( いや )です」 「それはもう 少時 ( しばらく )辛抱しておくれ」 「友達が一人もないから面白くありません」 「 暴 ( あば )れゝば友達が出来る」 「暴れても 宜 ( い )いですか?」 「宜いとも。 喧嘩でも何でもしろ」 「一人と一人なら国分にだって誰にだって負けません」 「友一や」 「何ですか?」 「能く今まで辛抱したな。 忘れもしない。 その日のことだった。 町の牧師さんが訪ねて来た。 この人は父親を教会へ引き入れようと思って努力していた。 「坊ちゃん、日曜学校へお 出 ( いで )になりませんか?」 と私にも勧めて、来る度に綺麗なカードをくれた。 しかし母親が、 「 耶蘇 ( ヤソ )は 磔刑 ( はりつけ )だから怖いよ」 と言うものだから、行ったことは一遍もない。 「 占部 ( うらべ )さん、私の 煩悶 ( はんもん )よりも忰の煩悶を 救済 ( きゅうさい )する法はないでしょうか?」 と父親がその日の話の中に私の問題を持ち出した。 「何ういう事件ですか? お宅の坊ちゃんは模範生じゃありませんか?」 と牧師さんまで私の成績を知っていた。 「実はその模範生で私も今朝から後悔しているんです」 「結構です。 悔い改めて神さまをお信じなさい」 「 然 ( そ )う早合点をなすっちゃ困ります」 「ハッハヽヽヽヽ」 「始終一緒にいて、忰の苦しみを六年間も知らなかったのです。 いやはや、 迂濶 ( うかつ )な話ですよ」 と父親は私の立場を説明した。 序 ( ついで )に、 「こんな次第でもう親の学校にいたくないから、早く中学校へ行きたいと言い出しました。 実は高等を卒業させて師範へやりたいんですが、親の考えばかり通すのは今の模範生でも分っている通り、本人を殺すことになります。 しかし中学校も考えものです。 小学教師の生計ではそれから上の学校へやれませんから、中途半端になります」 と迷っている儘を打ち明けた。 「明治学園へおやりになったら何うですか?」 「はあ」 「明治学園です」 「そんな学校がありますか?」 「あなたは世間に暗いですな」 と 占部 ( うらべ )さんは笑った。 しかしこれは今考えて見ると、占部さんの主観に過ぎない。 「明治学園? 何処にありますか?」 と父親が訊いた。 昨今でも私は出身学校が明治学園だと言うと、大抵この質問を受ける。 「無論東京です」 「はゝあ。 何 ( ど )んな学校ですか?」 「私の卒業したミッション・スクールです」 「ミッション・スクールというと?」 「アメリカの宣教師がやっている学校です。 中等科と高等科があります。 中等科が中学校です。 一年生から西洋人が教えますから、英語が達者になります」 「 一寸 ( ちょっと )変った学校ですな」 「中等科を卒業するとアメリカの大学へ入れます」 「留学なんか 迚 ( とて )もお話になりませんよ」 「いや、 彼方 ( あっち )へ行って労働しながらやるんです」 「それは苦しいでしょう」 「何あに、夏休み中働けば一年分の学資が稼げます。 現に私もそれでやって来たんです」 「はゝあ」 「僕、その明治学園へ行きます」 と私は膝を進めた。 何のことか知らないが、ミッション・スクールというのが気に入った。 [#改ページ] 村から町へ 半里 ( はんみち )ある。 三十年後の昨今漸く市になったのだから、当時は小さな町だったに相違ないが、私には大都会に見えた。 その広小路に母親の妹が片付いていた。 商売は下駄屋だった。 この店は 従妹 ( いとこ )が婿を取って、現に履物組合の 頭取 ( とうどり )を勤めている。 私は玉子を土産に持って行って、下駄を貰って帰って来たものだった。 或日、私は叔母の家へ寄った 序 ( ついで )に、占部牧師を訪れる気になった。 遊びに来いと言われていたが、 耶蘇 ( ヤソ )が怖くて一度も行ったことがない。 しかし明治学園の話を聞いてから、大分動いていた。 父親も、 「一遍行って 能 ( よ )く聞いてお 出 ( いで )」 と 勧 ( すす )めた。 「けれども耶蘇ですよ、あの人は」 と母親が危んだ時、 「何あに、耶蘇だって決して悪いものじゃない」 と父親は力強く保証した。 それで私も決心がついたのだった。 占部さんの家は教会の裏だった。 私が入って行ったら、先生自ら出て来て、 「やあ。 能くお 出 ( いで )なさいましたね」 と喜んで迎えてくれた。 「先生、明治学園のお話を伺いに上りました」 「さあ、何うぞ 此方 ( こちら )へ」 「先生、耶蘇のお話じゃないです」 と私は断って上り込んだ。 金ピカの洋書が沢山並んでいるのに驚いて、 「これは何の御本ですか?」 と訊いて見た。 「 主 ( おも )に 神学書 ( しんがくしょ )です」 「アメリカから持ってお出になったんですか?」 「 然 ( そ )うです」 「綺麗ですな。 僕は西洋の御本は初めて見ます」 「君も今に明治学園へ入ると、斯ういうものを読むんですよ」 と 占部 ( うらべ )さんはニコ/\した。 「先生、何んな学校ですか? 僕はこの間から明治学園のことばかり考えています」 「大きいですよ。 地面が三万坪からあって、建物は皆煉瓦造りの西洋館です」 「はゝあ」 「時計台があります。 一間ぐらいな大時計ですが、 何 ( ど )ういう 次第 ( わけ )か、いつも五分後れています」 「はゝあ」 「寄宿舎は三階造りで、塔は五階になっています。 富士山が 能 ( よ )く見えます」 「はゝあ」 と私は一々感心した。 占部さんは尚お、 「然う/\。 明治学園の写真がありましたよ」 と言って、大きなのを二三枚見せてくれた。 未 ( ま )だ絵葉書のない時代だった。 「まるで西洋ですね」 「ミッション・スクールですから、西洋の学校をそのまゝ持って来たのです」 「成程。 立派なものですな。 これがその富士山の見える五階ですか?」 「はあ。 地下室がありますから、実は六階になります」 「地下室って何ですか?」 「地面の中の部屋です」 「はゝあ」 と私は寄宿舎の建物に見入った。 白塗りで、金の菊の紋がついていて、 厳 ( いか )めしいものだったが、木造の二階建に過ぎなかった。 三階は料理屋に初めて一軒出来たばかりで、人呼んで単に「三階」と称した。 私は「三階」の前を通る度毎に、実に立派な家だと思って見上げるのが常だった。 富士山の麓に生れた 所為 ( せい )か、私達には高いものに敬意を表する本能があった。 此方 ( こっち )の火の見櫓の方が一間ばかり高いというので、隣村の子供を馬鹿にしていた。 しかし隣村は平気だった。 おらは坂上だから、手前達よりも地面が高いと言った。 「ジョンソン博士という人が総理です」 と占部さんは建物から人物に移った。 「総理大臣ですか?」 「いや、学園の総理です。 校長です。 豪い人ですよ」 「博士なら大したものでしょう」 「学問も豪いですが、人物が豪いです。 あゝいうのを大人物というのでしょうな」 「 西郷隆盛 ( さいごうたかもり )ですか?」 「西郷隆盛が神さまを信じたら、あゝいう風になったかも知れません。 或日、ジョンソン博士のコックが私のところへ泣いて来ました」 「コックって何ですか?」 と私は分らないことが多い。 何しろ日清戦争直後の小学生だ。 それも田舎に育ったのである。 その積りで万事同情を願いたい。 「料理をする人です。 このコックは余り善くない人間でした。 博士の家の 賄 ( まかない )をしていて、儲けたいと思っていましたが、博士は 倹約 ( けんやく )ですから、無駄なことをしません。 私のところへ来て、博士も奥さんもケチで困ると言ったことがありました。 それで到頭厭になったと見えて、博士にお 暇 ( いとま )を願い出たのです。 すると博士は『何、気に入らんか?』と訊きました」 「日本語が出来るんですか?」 「変な日本語です。 コックは親が病気だから 郷里 ( くに )へ帰ると答えました。 博士は『それ、お気の毒。 このお金、お見舞に上げる。 それから』と言って立って行って、銀行の 通帳 ( かよいちょう )を持って来ました。 『このお金、 皆 ( みんな )、あなたのもの。 それ、持って帰りなさい』。 コックは 吃驚 ( びっくり )しました。 『あなた来て五年。 私、あなたの月給と同じお金、私、倹約してあなたが年寄って困っては困る為め、溜めて置きました。 これ、皆、あなたのもの』。 コックはその場に坐って、『先生、申訳ありません』と泣き出したそうです」 「後悔したんですね」 「はあ、それから私のところへ飛んで来て、博士にあやまってくれと言うのです。 私は一緒に行ってやりました。 コックはそれまでに博士の金を少し 宛 ( ずつ )ごまかしていましたが、博士の親切に感激して、 悉皆 ( すっかり )悔い改めました」 「まるで修身のお話ですね」 「 然 ( そ )うです。 愛の力は豪いものです。 コックは立派な信者になって、今でも博士のところで働いています。 何 ( ど )うです? ジョンソン博士は大人物でしょう?」 「はあ」 「斯ういう総理の感化を受けていますから、卒業生にもナカ/\豪い人があります。 第一回の富岡先生なぞは日本一です」 と 占部 ( うらべ )さんは熱心に語り続ける。 「大臣ですか?」 「いや、牧師です」 「はゝあ」 「大阪の西村先生は第三回ですが、雄弁家としては日本一でしょう」 「何をしていますか?」 「牧師です」 「はゝあ」 「この間この教会へ来てお話をした安川さんなんかも一流です。 あなたのお父さんは大層感心していられました」 「何をする人ですか?」 「牧師です」 「はゝあ」 と私は失望した。 牧師ばかりだ。 「京都の同志社も豪い人を出していますが、明治学園も劣らず豪い人を出しています」 「先生」 「何ですか?」 「明治学園から大臣は出ていませんか?」 「そんなものは出ません」 「大臣でなくても、本当に豪い人は出ていませんか?」 「今申上げたのは皆本当に豪い人達です。 自分というものを捨てゝ、世の中の為めに尽しています」 「しかし人を縛るような豪い人は出ていないんですか?」 「はあ?」 「大臣の次でも 宜 ( い )いです」 「官吏は出ていません」 と占部さんの頭と私の頭には大分 逕庭 ( けいてい )があった。 「僕は人を縛るような豪い人になりたいから、明治学園へ行こうと思ったんですが、それじゃ駄目です」 「一体 何 ( ど )ういう意味ですか? その人を縛るというのは」 「 国分 ( こくぶ )という奴と三人のものが去年の修学旅行の時、僕を撲ったんです。 僕は口惜しくて仕方ありません」 「成程」 「僕は何うしても豪くなって、四人とも縛ってやります」 「 友 ( とも )さん、それはいけませんよ」 「何故ですか?」 「大きな考え違いです」 「何ういう 次第 ( わけ )で考え違いですか?」 「敵を愛さなければいけません。 『悪に敵すること 勿 ( なか )れ。 人、汝の右の頬を打たば、又他の頬をも 繞 ( めぐ )らしてこれに向けよ』と 基督 ( キリスト )は教えていられます」 と 占部 ( うらべ )さんは書棚から小形の 新約全書 ( しんやくぜんしょ )を取って、 「これあなたに差上げます。 こゝです。 読んで御覧なさい」 と言いながら開けて渡した。 私は指し示されたところを一読した。 これがオウガスチンやルーテルあたりだと、 忽 ( たちま )ち 大悟 ( たいご )一番して即座に恐れ入るのだが、 凡骨 ( ぼんこつ )は魂の皮が厚く出来ているから、インスピレーションが通らない。 無感覚なばかりか、 「先生、 耶蘇 ( ヤソ )のお話をなさるなら、僕はもう帰ります」 と不服を申立てた。 真 ( まこと )にお恥かしい次第である。 「まあ/\、聞いて下さい」 「…………」 「人類は皆 同胞 ( どうほう )兄弟です。 あなたはアダムとエバのお話を御存知ですか?」 「存じません」 「これは耶蘇のお話ではありません。 耶蘇が生れない前のことです」 と断って、占部さんは創世記を大略物語った後、 「人類は皆四海 兄弟 ( けいてい )ですから、憎み合ってはなりません。 先刻 ( さっき )のジョンソン博士のお話が現にそれでしょう? 悪いことをしたコックの為めにお金を溜めて始終祈っていたのです」 と愛の宗教を説いてくれた。 「先生」 「何ですか?」 「敵を愛していたら、日本は今頃支那に取られています」 「さあ。 それは何うでしょうか?」 「学校の先生は 然 ( そ )う 仰有 ( おっしゃ )っています」 「戦争ということが既にいけないのです。 あれは 拠 ( よんどこ )ろない間違で、涙を流しながらやったのです」 「しかし又やらなければなりません。 日本は今度おとなしかったから、 大損 ( おおぞん )をしたんです」 と私は時事問題を持ち出した。 四海同胞は合点行ったが、非戦論は腑に落ちなかった。 学校の先生の意見によれば、日本は英仏独の干渉の為め遼東半島を支那へ返したのだから、将来この三敵国にうんと利息をつけてお礼返しをしなければならない。 その責任はかゝって諸君の双肩にあると教えられていたのだった。 「しかし友さん、国分という子がそんなに憎いのでは毎日不愉快でしょうな?」 と 占部 ( うらべ )さんは 元来 ( がんらい )の問題に戻った。 「はあ」 「思い切って堪忍してやって御覧なさい。 気分が 清々 ( せいせい )しますよ」 「毎日生意気をしますから、堪忍する暇がありません」 「余程悪い子ですな?」 「先生に叱られてばかりいます。 それが口惜しくて、僕に突っかゝって来るんです」 「成程」 「大きくなって 縛 ( しば )るまで待っていないで、喧嘩をしてしまおうかとも思っています」 「それもいけません」 「先生、 何 ( ど )うすれば 宜 ( い )いんでしょう」 「聖書を読んで能く考えて見るんですな。 追々分って参りましょう」 「僕は先生に伺えば何でも直ぐに分ると思いました」 「何が分るものですか。 皆神さまが教えて下さるのです。 友さん、さあ、一緒にお祈りをしましょう」 「僕、 耶蘇 ( ヤソ )になるんですか?」 と私は慌てたが、占部さんはもう祈り始めた。 神さまの御指導によって正しい道が 歩 ( あゆ )めるようにということだった。 それなら何も差支ない。 私は聖書を貰って、能く考えて見ることに 納得 ( なっとく )した。 当時私は国分が唯一の問題だった。 早く中学校へ行きたいのも主として此奴の為めだった。 今から思うと 真 ( まこと )に詰まらないことだが、子供の頭は大人と違う。 学校が 厭 ( いや )になって時々 愚図 ( ぐず )を言った。 父親から依頼があったと見えて、先生は私を褒めなくなったが、国分は相変らず私を目の敵にしている。 それも正面からは向って来ない。 必ず遁げ路を 拵 ( こしら )えて置いて 諢 ( からか )う。 「 窮鳥 ( きゅうちょう ) 懐 ( ふとこ )ろに入る時は猟師も之を殺さず」 という諺を読本で覚えた当座、国分は、 「級長」 と私を呼んで、 「何だい?」 と答えさせて、 「君のことじゃないよ。 懐ろに入った窮鳥のことだよ」 と言う。 「級長」 「…………」 「呼んでいるのに何故返辞をしないんだ?」 と今度は責任を問う。 癪 ( しゃく )に障るけれど仕方がない。 次に訪れた時、占部さんは、 「友さん、聖書をお読みになりましたか?」 と訊いた。 「はあ」 「何うでした?」 「 能 ( よ )く分りませんが、先生が仰有るから堪忍しました」 と私も祈って貰った手前、気の毒になって、精々教訓に従う積りだった。 「それは 宜 ( よ )かったです。 心持がカラリと晴れたでしょう?」 「いゝえ、国分丈けは別です。 彼奴は 発頭人 ( ほっとうにん )ですから、何うしても堪忍出来ません」 「他の三人はもう宜いんですね?」 「はあ」 「それじゃもう一息です」 と占部さんは喜んで、 少時 ( しばらく )話した後、 「友さん、今日はお祈りを教えてあげましょう。 私の言う通りを後について言って御覧なさい。 屹度気分が清々しますよ」 と 勧 ( すす )めて、承諾も待たずにもう 跪 ( ひざまず )いた。 私は今更仕方がなく、占部さんの後について口真似をした。 今考えて見ると 主 ( しゅ )の祈りだった。 大体申分なかったが、 「我等に罪を犯すものを我等が 赦 ( ゆる )す如く……」 というところ丈け気に入らなかった。 誰が赦すものかと思いながら祈っているのだから、神さまも驚いたろう。 その次に行った時も占部さんは、 「何うでしたか? 国分君を堪忍してやりましたか?」 と 劈頭 ( へきとう )第一に尋ねた。 先生は私の 煩悶 ( はんもん )を 能 ( よ )く知っている。 それで私も足が向くのだった。 「堪忍する暇がないんです。 後から後からと生意気をします」 と私は相手の仕打を説明した。 「成程」 「何うしても縛ってやります。 国分の為めに僕が奮発するようなら 却 ( かえ )って 宜 ( よ )かろうとお父さんも言っています」 「友さん」 「何ですか?」 「もう一遍お祈りをしましょうか?」 「厭です」 「ハッハヽヽヽ。 友さん」 「厭ですよ」 「それじゃお祈りはやめて、他の方法で行きましょう? 友さん、君は国分と喧嘩をして 撲 ( なぐ )り伏せる力がありますか?」 と占部さんは妙なことを訊いた。 「さあ。 一騎討ちなら負けない積りです。 僕は去年おとなしいばかりじゃ駄目だと思ってから、学問は二の次にして運動ばかりやっています。 相撲を取っても競走をしても大抵のものに勝ちます」 「体育は結構です」 「今日は 何 ( ど )れぐらい駈足が続くかと思って、村から駈けて来ました」 「 豪 ( えら )い元気ですな。 何 ( ど )れぐらい力があるか、一つ私と腕相撲をして見ましょう」 「やりましょう」 と私は早速机の上で応戦したが、二度とも負けてしまった。 しかし占部さんは、 「ナカ/\強いです」 と褒めてくれた。 「大人には 敵 ( かな )いません」 と私は負け惜しみを言った。 「私は大人でも強い方です」 「それじゃ尚お敵いません」 「試めして見たんです。 それぐらい力があれば大抵の子供に勝てます。 友さん、一つ国分を撲ってしまっちゃ 何 ( ど )うですか?」 「敵を愛さなくても宜いんですか?」 「無論愛する方が宜いですけれど、君のように 然 ( そ )う毎日恨んでいては 苦 ( くるし )いでしょう?」 「はあ」 「その上、国分を縛る為めに将来の方針を立てるようでは神さまの思召に 背 ( そむ )きましょう?」 「はあ」 「友さん、何うしても堪忍出来ませんか?」 「出来ません」 「一番好いのは堪忍することです。 その次は撲り返して 悉皆 ( すっかり )忘れることです」 「僕、撲り返します」 「それじゃおやりなさい」 「しかし先生、喧嘩をしても宜いんですか?」 「君がそれ 丈 ( だ )け考えるようになったのは一進歩ですが、止むを得ません。 日清戦争です。 国分を撲り給え。 君が勝つように私は神さまに祈っている」 と牧師さんは思いもかけないことを言い出した。 私がその後 基督信者 ( キリストしんじゃ )になったのはこの時の感激が 与 ( あずか )って力ある。 尤 ( もっと )もこんな 経緯 ( いきさつ )から入った信仰だから至って怪しい。 昨今は教会に籍があるという丈けの関係だが、それでも基督教に対して悪感情は持っていない。 占部牧師 ( うらべぼくし )の一言は一年以上に 亙 ( わた )る私の煩悶を解決した。 私は直ぐに実行したのである。 翌日体操の時間の始まる前、私は同級の両三名と運動場で遊んでいた。 そこへ国分が三人の子分を馬に仕立てゝ乗って来た。 運動会で人馬競走をやってからこれが 流行 ( はや )っていた。 弱い奴が馬になる。 国分は私の 側 ( そば )を通りさま、私の帽子を払い落した。 「何をする?」 と私は 大声 ( たいせい )一 喝 ( かつ )、追い 縋 ( すが )って、持っていた 唖鈴 ( あれい )で国分の横びんたを撲った。 国分は馬から飛び下りた。 直ぐにかゝって来る積りで身構えをしていたら、然うでない。 屈 ( かが )んで頭を押えた。 血が出たのである。 「覚えていろ!」 「覚えているとも」 「帰りに八幡様で待っていろ!」 「待っているとも」 と敵味方言葉を 交 ( つが )えた。 国分はそのまゝ井戸端へ行って頭を冷した。 直ぐ体操に出たところを見ると、大した怪我ではなかった。 模範生が暴力を用いたのだから、皆案外のようだった。 「国分が悪いんだよ」 と私に同情したものもあった。 私が模範生として嫌われていた以上に、国分は暴れものとして憎がられていた。 しかし国分には子分がある。 それが又加勢するに 定 ( きま )っているから、私は 従兄 ( いとこ )の徳さんを頼んだ。 「よし/\。 先方 ( むこう )が出るなら、おれも出る」 と承知してくれた。 徳三郎君は高等四年だった。 育ち盛りだから、三年と四年ではグッと粒が違う。 放課後、私は徳さんと二人で八幡宮へ駈けつけた。 勝てるようにと拝んだ時、占部さんが祈っていることを思い出した。 和洋両方の神さまがついている 次第 ( わけ )だった。 間もなく国分が例の三名を従えてやって来た。 「君達三人は手出しをすると聞かないぞ」 と徳さんが極めつけた。 「うむ」 と 頷 ( うなず )いて、三人は国分の方を見た。 徳さんの出馬は案外だったのである。 私と国分は何ういう 理由 ( わけ )で喧嘩をするのか、お互の胸に 悉皆 ( すっかり )分っているから、今更前置の必要を認めない。 突如 ( いきなり )撲り合いを始めた。 「しっかり!」 と徳さんが声援する。 国分の味方は徳さんを恐れて黙っていたようだった。 私達は間もなく組み討ちになった。 私は木の根に 躓 ( つまず )いて先に転んだ為め、二つ三つ撲られたが、直ぐに 跳 ( は )ね返して立ち上った。 又取っ組み合いだ。 榎の大木が根を張っているところを 少時 ( しばらく )の間押しつ押されつしたが、私は到頭相手を 捩 ( ね )じ伏せて馬乗りになった。 「友ちゃん、木の根で頭をこくれ」 と徳さんが寄って来た。 「よし」 と私は国分の頭を両手で捉えて、木の根へコツ/\当てた。 この方が撲るより痛い。 「 何 ( ど )うだ?」 「…………」 「これでもか?」 「もう 宜 ( い )い」 「あやまれ」 「…………」 「これでもか?」 「悪かった」 と国分も 竟 ( つい )に観念した。 放してやったら、起き直ってボイ/\泣き出した。 「友ちゃん、 序 ( ついで )だ。 此奴等もやってしまえ」 と徳さんは三人を睨んだ。 「僕達は何にも関係ない」 と三人は 後退 ( あとじさり )をした。 「いや、ある。 友ちゃん、修学旅行の時のは此奴等だろう?」 「 然 ( そ )うだけれども、あれは国分に 煽 ( おだ )てられたんだからもう 宜 ( い )い」 と私は国分丈けで 草臥 ( くたび )れていた。 「兎に角、あやまれ」 と徳さんは撲り兼ねない権幕だった。 「失敬しました」 と三人は私にあやまった。 同級の有志が鳥居のところまで来て見物していた。 私はこの日をもって模範生を 脱却 ( だっきゃく )した。 国分はもう私に頭が上らない。 他の連中も私を恐れ始めた。 以来私は卒業まで餓鬼大将として押し通した。 子供のことを小さな野蛮人というが、実際 然 ( そ )うだ。 野蛮人社会に聖人君子を気取っているほど損なことはない。 私は国分を撲って、初めて存在を認められた。 級長も腕力がないと勢力がない。 実際 窮鳥 ( きゅうちょう )だった。 しかし今や私の号令は級の隅々まで行き渡る。 「言うことを聞いてくれなければ困るよ」 と頼んでも聞いて貰えなかったのが、 「やい!」 と一声呶鳴れば事が足りる。 小さい野蛮人共は品行方正学術優等よりも腕っ節に敬意を表する。 「おれは来年の春三年生が済めば直ぐに東京の明治学園へ行くんだ。 六階のミッション・スクールだぞ。 手前達 ( てめえたち )は高等を卒業して土百姓になれ」 と言っても、誰一人歯向うものもなかった。 しかし私は高等小学を卒業する運命を持っていた。 「友一や、丁度好い都合だから、お前は家から町の中学校へ通わせる」 と父親が 定 ( き )めてしまったのである。 「それじゃもう一年高等にいるんですか?」 と私は無論不平だった。 「 然 ( そ )うさ」 「しかしどうせ入るものなら少しでも早い方が徳です」 「いや、高等を卒業して置けば二年へ入れる。 今東京へ行っても、三年修業じゃ半端だから、矢っ張り一年へしか入れない」 「でも来年二年になりますから、同じことでしょう?」 「分らないことを言っちゃ困る。 東京へ出るのと家から通うのでは費用が違う。 中学を安上りにやれば、それから上の学校へ行く都合もつくんだ」 「はあ」 「町の中学へ通うなら、卒業してから明治学園の高等科へ入れてやる」 「分りました」 「師範なら兎に角物になるが、中学丈けじゃ全く仕方がない。 俺 ( わし )もお前一人だから、何うにかする積りでお母さんと話し合ったんだ」 と父親は先の先まで考えていた。 [#改ページ] 入学難の声の高い今日から見ると、私の中学時代は 隔世 ( かくせい )の感がある。 学校当事者は入学志願者がなくて 恐慌 ( きょうこう )を来した。 中学校長から小学校長へ鄭重を極めた依頼状が廻った。 私は父親が小学校長だったし、県中へ入ることに定めていたから、その折その手紙を見せて貰って 未 ( いま )だに覚えている。 中等教育の必要を説いた上に、事情を訴えて、 「 何卒 ( なにとぞ )右の儀、高等二学年修了以上の方々及び其父兄へ御懇話の上、一人にても二人にてもお 遣 ( つかわ )し 被下 ( くださら )ば、 邦家 ( ほうか )中等教育の為め、光栄これに 如 ( し )くもの 無之候 ( これなくそうろう )、 頓首再拝 ( とんしゅさいはい )」 と結んであった。 然るに私は先頃三男の入学試験前に某中学校長を訪れたら、 「入学志望のことならば、昨今 然 ( そ )うした意味の来訪者が多くて困りますから、御面会はお断り申上げます」 と 美事 ( みごと )玄関払いを食わされた。 商売が繁昌すると見識が高くなる。 まるでアベコベだ。 当時の中学校は腰が低かった。 校長が 引札 ( ひきふだ )を廻すのみならず、書記が近村へ勧誘に出掛けた。 目ぼしい家庭を一軒々々訪れて、 「お宅の御令息は今回高等二年修業だそうでお芽出度う存じます。 ところで 如何 ( いかが )でございましょうか?」 とやる。 「何だね? 一体」 「一つ中学校の方へお願い出来ませんでしょうか? 月謝が一円、教科書が二円二十銭。 何うぞこの表を御覧下さいまし」 「一円の月謝! 滅法界 ( めっぽうかい )もない」 と百姓は勘定高い。 小学校の月謝は尋常が五銭、高等が八銭だった。 「その代り御卒業になれば、志願兵の資格が出来ますから、三年の徴兵が一年で済みます」 「成程」 「大学へも入れますし、十円やそこらの月給は楽に取れます。 これからの社会へ出るには 何 ( ど )うしても学問でございます。 一体本県中等学校の数は他県に比しまして……」 と書記は教えられた通り中等教育急務論を始める。 しかし相手は尋常丈けで沢山なのを、村長さんや校長さんに煽てられて、高等科丈け余計なことをしたと思っているから、 「駄目でがんす」 と言って、受けつけない。 「まあ/\、教育の利益をお考え下すって……」 「駄目でがん!」 「 他所 ( よそ )へ出して寄宿へ入れた時代は兎に角、つい目と鼻の間に出来て家から通えるのでございますから……」 「駄目でがんと言っているにこの人は分らない人だな」 「飛んだお邪魔を申上げました」 と書記はもう仕方がない。 この上 勧 ( すす )めると、鍬で 撲 ( どや )される。 現今のように入りたがるのを入れないのではない。 入れたがるのに入らないのだった。 これによってこれを見るに、日本の中等教育も長足の進歩を遂げたものである。 兎に角、こんな具合に入学志望者が 払底 ( ふってい )だったから、高等卒業のものは直ぐに二年級へ編入された。 私と助役の息子の 安井君 ( やすいくん )がこの特典を利用した。 他に地主の権藤の長男が一年級へ入った。 「権藤さんや安井さんはお金があるから何をしようと構わないが、 河原 ( かわはら )のところは一体何ういう 料簡 ( りょうけん )だろう?」 と村の人達が疑問を起した。 「高が小学校長じゃないか? 幾ら月給を取ると思う?」 「身分不相応のことをしたものだ」 「学校の月謝をちょろまかしているんじゃなかろうか?」 「河原校長はこの頃町の 耶蘇 ( ヤソ )と往来をしている。 耶蘇から金が出るのかも知れない」 と父親は一時評判が悪くなったそうだ。 金のないものが 無暗 ( むやみ )に謙遜した時代だった。 小学校長の息子が月謝一円の中等教育を受けるのは伝統を無視した 不埒 ( ふらち )の 業 ( わざ )と考えられた。 貧乏人が 無産者 ( むさんしゃ )と称して大きな顔をしている今日とは違う。 私は中学校へ入って初めて完全に解放された。 小学校時代は、父親が校長をしている関係から、お父さんの学校へ通っているという頭があった。 お母さんは、 「友一や、お前が一番にならないとお父さんの顔が立ちませんよ」 と、教えて、この信念を固めさせた。 先生方も、 「 流石 ( さすが )に河原さんは 能 ( よ )く出来る」 と言って褒めてくれた。 これは無論校長さんの子だからという意味だった。 責任が重い。 子供心にも親の顔を立てたいという気があった。 随って悪いことが出来ない。 年々歳々模範生として 儕輩 ( せいはい )から 暗打 ( やみうち )を食わされるまで、善行を心掛けたのである。 然るに中学校は全く自分の学校だった。 万事自分本意でやって行ける。 遠く東京の明治学園へ遊べなかったのは残念だったが、父親の学校から解放されたのが嬉しかった。 「君、中学校は好いね」 と私は或朝登校の途中、 安井君 ( やすいくん )に感想を洩らした。 「それは小学校と違う。 第一校舎が新しい」 「僕は実に愉快だ」 「僕もさ」 「君よりも僕の方が愉快だ。 その 理 ( わけ )があるんだ」 「 何 ( ど )んな?」 「僕はもう模範生にならなくても 宜 ( い )いんだからね」 「それで今八幡様の前でお辞儀をしなかったのかい?」 「これは参った」 「ハッハヽヽヽヽ」 「中学生になってそんなことをすると笑われる」 「僕は 耶蘇 ( ヤソ )になったと思っていた」 「耶蘇なんかになるものか」 「あんなものにはならない方が宜い」 「僕が君よりも愉快だってのは、もう一番にならなくても宜いからさ」 「君は 何 ( ど )うせ一番だよ」 と言った安井君は小学校で二番だった。 「何あに、もう駄目だよ」 「何故?」 「小学時代は親父に迷惑をかけるといけないと思って無理に勉強したんだ。 しかし苦しかったぜ」 「それは察していたよ」 「もう一つ先生の手加減があったんだ。 僕は校長の子だからね。 実力は君の方が上だよ」 「そんなことがあるものか」 「兎に角、今度はもう宜いんだ。 一番にならなくても、校長は迷惑しない」 「するよ」 「何うして?」 「校長先生はこの間入学式の時に、皆一番になる積りで勉強するようにと言ったろう?」 「あれは矛盾している。 一番は級に一人しかない」 「その一人になるように皆で心掛けろという意味さ」 「すると校長は三十九人分失望するに 定 ( きま )っている。 僕等の級は四十人だからね」 「又理窟を言い出したよ」 「一年級は二組あるから、七十八人分失望する。 僕の方と合せて百十七人分だ。 五年級まであって見給え、何百人分も失望しなければならない」 「ハッハヽヽヽ」 「僕はもう芸当はやめた」 「怠けるのかい?」 「うむ」 「入学早々好い心掛だ」 「ハッハヽヽヽ」 と私は 無暗 ( むやみ )に気が軽くなっていた。 「しかし僕等は責任が重いぜ」 「何故?」 「二年級は第一回生だから模範になるようにって校長先生が言ったじゃないか?」 「模範生は懲り/\だが、上級生のないのは嬉しいよ」 「頭を押え手がないからね」 「 然 ( そ )うさ。 肩身が広い」 「入ると直ぐに上級生だから有難い。 一年の連中は 能 ( よ )く敬礼するね」 と安井君も得意だった。 「しない奴は睨みつけてやると矢っ張りするよ」 「僕等を怖がっているんだ」 「粒が違うからね」 「 此方 ( こっち )は皆大きい。 隈本 ( くまもと )ってノッポがいるだろう?」 「うん」 「彼奴は東京の中学校で幾度も落第して来て、もう十七だそうだ」 「強そうだね」 「東京で暴れた話ばかりしている」 「厭な奴だ。 「感心だね」 「一生懸命だから質問ばかりしている」 「もう一人 長谷川 ( はせがわ )ってのがいるだろう?」 「あれはまるで 大人 ( おとな )じゃないか? 髭が少し生えている」 「もう十八九だろう。 在 ( ざい )で小学校の代用教員をしていたんだよ。 僕と並んでいる 山口君 ( やまぐちくん )はあの人から習ったことがあるそうだ」 「これは驚いた。 先生と生徒が同級生になってしまったんだね」 「 然 ( そ )うさ」 「先生の方が下になると大変だぜ」 「何とも知れない。 二年級は高等卒業生から馳り集めたんだから、ヒネの多いのは分っているが、先生が入っているとは思わなかったよ」 「これは 迚 ( とて )も 敵 ( かな )わない」 「見給え」 「何だい?」 「君は矢っ張り一番になろうって気があるんだ」 「ないよ」 「しかし村の名誉の為めに奮発する方が 宜 ( い )いぜ」 と安井君は最初の話題に戻った。 責任解除の結果は早速第一学期の成績表に現れた。 私は総評可、席次十三だった。 「一番になれなかったね」 と父親は 稍 ( やや )失望したようだった。 「はあ」 「中学校は小学校と違うからな」 「はあ」 「しかし十番以内にはなれそうなものだったが」 「さあ」 と私は気の毒になって、 「算術と地理と歴史が悪かったからです」 と説明した。 「成程」 と父親は尚お成績表に見入って、 「十三番か? これぐらいのところかも知れない」 「はあ」 「安井は何番だったね?」 「十番です」 「ふうむ」 「安井君は小学校の時でも本当は僕よりも 能 ( よ )く出来たんです」 と私は思っている通りを 述 ( の )べた。 「そんなことはないよ」 「…………」 「一番は何という子だね?」 「子じゃありません」 「うむ?」 「大人です。 長谷川さんです」 「成程。 先生をしていた人だね?」 「はあ」 「二番は?」 「町役場です。 これも大人です」 「成程、三番は?」 「三番が子供で、四番が又大人です」 「年長者が多いんだね」 「高等を出て三四年たった人が七八人いますから、 迚 ( とて )も 敵 ( かな )いません」 「まあ/\、十番台なら 宜 ( い )いとして置くさ」 「はあ」 「中学校は小学校と違う。 先ずこれぐらいのところが本当かも知れない」 と父親は思い当るところがあったらしく、案外簡単に諦めてくれた。 母親は黙っていたが、何れ追ってお小言があるだろうと覚悟していたら、果して後から、 「友一や」 と来た。 「何ですか?」 「お前、中学校じゃ一番になれないの?」 「はあ」 「せめて三番ぐらいにならないとお父さんの顔が立ちませんよ」 「大丈夫です」 「なれるの?」 「いゝえ、お父さんの顔なんか知っているものは一人もありませんから」 「それにしても、小学校が八年間模範生で中学校が十三番なんて、少し変じゃないの?」 「中学校には 贔負 ( ひいき )ってことがありません。 お父さんが校長をしている学校とは違います」 「それじゃ小学校は贔負で一番だったの?」 「 然 ( そ )うです」 「そんなことはありますまい。 小学校でも中学校でも自分の勉強一つですわ」 「大人がいるんですよ。 直ぐ二年級へ入ったんですから、むずかしい学問ばかり習うんです。 お母さんに中学校のことが分るものですか」 と私はもう女親を圧迫することを覚えた。 四年間の中学生活は小学校時代よりも遥かに楽しかった。 成績は父親の注文通り十番台で通した。 一度八番になったが、その次に二十五番へ落ちた。 以来二十番台の 牽引力 ( けんいんりょく )が強くなって、大抵十八九番に 重心 ( じゅうしん )を 保 ( たも )った。 これぐらいの 出来栄 ( できば )えなら人から恨まれる心配はない。 尤 ( もっと )も 級 ( クラス )は常に一致和合して無事平穏だった。 級長は長谷川さん、副級長は町役場の小松さんと始終定っていた。 年長者だから押しが利く。 東京帰りの隈本君も口ほどの乱暴者でなかった。 最初私達は長谷川さんを 諢 ( からか )い半分に長谷川先生と呼んだ。 「先生はよしてくれ給え。 同級生じゃないか?」 と長谷川さんは御機嫌が悪かった。 「それじゃ長谷川さん」 「何だい?」 「あなたはお幾つですか?」 と私は訊いて見た。 安井君初め数名から頼まれたのだった。 「十八だよ」 「本当ですか?」 「嘘をつくものかね。 君は幾つだい?」 「僕は十五です」 「それじゃ三つしか違わない」 「先生を何年していたんですか?」 「そんなことは 何 ( ど )うでも 宜 ( い )いじゃないか?」 と長谷川さんは年の 詮索 ( せんさく )を好まなかった。 「小松さんはお幾つですか?」 と私はこれも序に頼まれていた。 「僕かい?」 と小松さんは頭を掻いた。 「えゝ」 「長谷川君と同じだよ」 「本当ですか?」 「妙に疑るね」 「 然 ( そ )ういう 次第 ( わけ )でもないですけれど、 皆 ( みんな )が訊けって言うものですから」 と私は弁解して置いた。 それは入学早々のことだった。 それから間もなく、この二人の年長者が一日欠席した。 大きいのがいないから目に立って、 「 何 ( ど )うしたんだろう?」 「勉強家が揃って休んだじゃないか?」 と私達は不思議がった。 「僕は知っている」 と矢張り年の多い北村というのが首を縮めた。 「何ですか?」 「徴兵検査さ」 「成程」 と皆大笑いをした。 これで二人の年が分った。 翌日、私は、 「長谷川さん、あなたは嘘をついた」 と言って、長谷川さんに組みついた。 無論冗談だった。 「参った/\」 「小松さんも嘘つきだ」 「いや、僕は長谷川君と同じだと言っている」 「 狡 ( ずる )い/\」 「やあい/\!」 と皆 囃 ( はや )し立てゝ大騒ぎになった。 「一体誰が 素 ( す )っぱ 抜 ( ぬ )いたんだい?」 と長谷川さんが訊いた。 「北村さんです」 「北村君は斯う見えても僕等より上だよ。 去年済んでいる」 「上には上があるんだなあ」 「やあい/\!」 とこれで一番の 年頭 ( としがしら )が分った。 「 露顕 ( ろけん )々々」 と北村さんは頭を掻いて舌を出した。 実に年寄の多い 級 ( クラス )だった。 第一回生の 錚々 ( そうそう )たるものだ。 小松さんは卒業後国語漢文科の検定試験を受けて、以来二十何年一 日 ( じつ )の如く母校に教鞭を執っている。 長谷川さんに至っては立志伝中の人物である。 年長者にこういう堅実な人が多かったから、私達の級は常に引き締まっていて、先生方の信用が篤かった。 私は 先方 ( むこう )の 匿 ( かく )している年を 正面 ( まとも )から訊いてかゝるくらいだから、遠慮がない。 その結果、この年長者連中に馴染んで、殊に長谷川さんと仲好しだった。 随分我儘を言っても、年が違うから喧嘩にならない。 「仕方がない奴だなあ」 と諦めてくれる。 三年生になってからのことゝ記憶するが、或日長谷川さんが、 「河原君、君は 耶蘇 ( ヤソ )だってね?」 と訊いた。 「耶蘇じゃないです」 「 然 ( そ )うかい。 それなら 宜 ( い )いけれど」 「耶蘇なら悪いんですか?」 と私は少し癪に障って、 「悪いさ」 「何故悪いんですか」 「耶蘇は西洋の宗教だもの。 日本中が耶蘇になれば、日本は西洋に取られてしまう」 と長谷川さんは極くありふれた偏見に 囚 ( とら )われていた。 私は 占部牧師 ( うらべぼくし )に敬意を表している関係上、自分が耶蘇でなくても、耶蘇を悪く言われると好い心持がしない。 「長谷川さん、そんな馬鹿なことはありませんよ」 と早速 駁撃 ( ばくげき )を加えたのが事の起りだった。 十六の少年と二十二の青年だから段が違う。 私はその 都度 ( つど )やり込められる口惜しさに、占部牧師を訪れて 教 ( おしえ )を求めるようになった。 「河原は耶蘇へ行く」 「耶蘇だよ、彼奴は」 という評判が立った。 「よし。 それなら耶蘇になってやる」 と私は間もなく 洗礼 ( せんれい )を受けた。 反抗心で信仰に入ったのだから宜しくない。 長谷川さんを 論破 ( ろんぱ )するにはという段取も手伝っていた。 以前国分を縛ろうと決心した時と同じだった。 凡人は浅ましい。 小さな問題から大きな問題を決定してしまう。 学級が進むにつれて、私達は将来のことを語り合った。 「河原君、君は好いな」 と或時長谷川さんが 羨 ( うらや )ましそうに言った。 「何故ですか?」 「いつも愉快そうにしている。 人生の苦労ってことを知らないからさ」 「御苦労なしですか?」 「まあ 然 ( そ )うだろうね」 「失敬だ」 「僕は始終 煩悶 ( はんもん )している」 「 基督 ( キリスト )を信じなければ、それが当り前ですよ」 と私は悟り澄ました積りだった。 「又 伝道 ( でんどう )を始めたね」 「あなたの 煩悶 ( はんもん )は人生問題ですか?」 「それもあるが、もっと差迫ったのがある」 「何ですか? 一体?」 「話そうか?」 「えゝ」 「まあ、やめにして置こう」 「いけませんよ。 恋愛問題でしょう?」 「馬鹿を言っちゃいけない」 「それじゃ何ですか?」 「さあ」 と長谷川さんは 周囲 ( あたり )を見廻した。 私達は運動場の 木馬 ( もくば )に 凭 ( よ )りかゝっていた。 「僕、誰にも言いませんから」 「河原君、長いことお世話になったが、僕は近々お別れをしなければならない」 「 何 ( ど )うしたんです?」 「実は僕は養子に行く約束でこの学校へ来ているんだ。 それで煩悶している」 「養子が罪悪ですか?」 「いや、養家先の商売が宜しくない」 「何です?」 「 遊廓 ( ゆうかく )だ」 「え?」 「 女郎屋 ( じょろうや )だよ。 僕は中学校へ入りたいばかりに承知してしまって、今更後悔している」 「それで 何 ( ど )うするんです?」 「逃げる。 こゝにいたんじゃ 何 ( ど )うしても縁が切れない。 これからは腕一本でやる」 「何処へ逃げるんです?」 「無論東京さ」 「いつ?」 と私が訊いた時、 「どけ! どけ/\」 という声がかゝった。 同級生両三名が木馬を飛びに来たのだった。 長谷川さんは、 「 近々 ( きんきん )」 と答えて歩き出した。 「長谷川さん」 「何だい?」 「こゝにいて縁を切る法はないんですか?」 「絶対にない」 「しかし後一年足らずですよ」 「利害関係は考えていられない。 僕は基督教は信じないが、罪悪ってことが 能 ( よ )く分った。 この上自己を 欺 ( あざむ )き切れない」 「おい/\、又議論かい?」 と小松さんが寄って来たので、話はそのまゝになった。 翌日、長谷川さんは学校へ来なかった。 小松さんが、 「 河原 ( かわはら )君」 と呼んで、私を北村さんのところへ引っ張って行った。 「何ですか」 「君、今夜町へ出て来られないか?」 「さあ」 「北村君と長谷川君で会をやる。 君、長谷川君から聞いたろう?」 「東京行きのことですか?」 「うむ、その送別会だ。 君にも来て貰いたいって長谷川君が言っている。 成るべく出てくれ給え」 「出ます」 と私は承知した。 会場は料理屋だった。 芸者も来ていた。 校則によれば正に退校ものだ。 しかし三人は平気で酒を飲んだ。 教室ではナショナル読本に首を 捻 ( ひね )っていても、斯ういうところへ来ると立派な大人だった。 私は小さくなって三人の談論に耳傾けていたが、初めて人生問題に行き当ったような気持がした。 「事こゝに至ったのは河原が悪いんだ」 と北村さんが 管 ( くだ )を巻き始めたには益 驚いた。 「何故ですか?」 「まあ一杯飲め」 「僕は厭です」 「酒を飲めない奴が何になる?」 「よせよ、北村」 と長谷川さんが制した。 「おれはクリスチャンというものが気に入らない」 「よせよ、馬鹿」 「事こゝに至ったのは河原の罪だ」 「何故ですか?」 と私も癪に障った。 「君が耶蘇の説法をしたからさ。 女郎屋だって商売だ」 「僕はそんなこと知らなかったんです」 「商売でも 正業 ( せいぎょう )じゃないぞ。 僕は長谷川が女郎屋の亭主になるようなら絶交する」 と小松さんは硬論を唱えた。 「後を頼むよ」 と長谷川さんは幾度も言った。 「宜いとも」 と二人は 頻 ( しき )りに受合った。 「男子志を立てて郷関を 出 ( い )ず……」 と長谷川さんが 吟 ( ぎん )じ出した時、私は涙がこぼれた。 「僕達は駅まで送る。 君は 晩 ( おそ )くなるといけないから、もう帰り給え。 それから君はこの会に出たことを誰にも話しちゃいけない」 と北村さんが言った。 四年間の中学生活で一番身に 沁 ( し )みているのはこの三名とその晩の送別会である。 殊に長谷川さんの苦学が成功したから印象が深い。 私達は今でも落ち合うと必ずこの晩の話になる。 「河原君、それじゃ来年東京で会うぞ」 と長谷川さんは重そうな鞄を提げて料理屋を出た。 「君は早く帰れ。 一切黙ってろ」 と小松さんが念を押した。 長谷川さんは十一時の終列車で東京へ立った。 翌日、北村さんと小松さんは学校で幾度も教員室へ呼ばれた。 翌々日、二人の姿が見えないと思ったら二週間の停学処分を受けていた。 長谷川さんの退校届を級監督に出して 経緯 ( いきさつ )を説明する 序 ( ついで )に、料亭で送別会をやったことを公明正大に告白したのだった。 私は誰にも言うなと二人から断わられた意味が分った。 あの頃の中学生は 豪 ( えら )かった。 [#改ページ] 郷里から東京まで五時間、私は新橋で下りた。 東京駅のなかった昔である。 もうソロソロ三十年になる。 私は当時 流行 ( はや )ったズックの鞄を提げて、胸を轟かしながら、プラットフォームを辿った。 改札口まで二三町あったように覚えている。 手荷物を取ると直ぐに、 俥屋 ( くるまや )を呼んで来た。 「明治学園」 と、これが私の四年間待ち 焦 ( こが )れた行先だった。 「へえ?」 「明治学園」 「何処ですか?」 「 基督教 ( キリストきょう )の学校だよ」 と私は新橋駅頭、先ず 田舎漢 ( いなかもの )を発揮した。 東京は広い。 中学校と言えば直ぐ分る郷里の町と違う。 「何区ですか?」 「赤坂区青山だ」 「青山は練兵場の近所ですか?」 「初めてだから知らない。 七丁目だ」 「遠いですな」 と俥屋は渋った。 幾らで 定 ( き )めたか覚えていないが、郷里からの汽車賃五時間分と大差なかったように記憶する。 何処まで行っても町だった。 「東京は大きいね」 と私はつい口走った。 「大きいですとも」 と俥屋は自分の東京のように答えた。 「神田区ってのは 何方 ( どっち )だね?」 「まるで見当が違いまさあ」 「神田の夜学校ってのは君知っているか?」 「神田は学校の巣ですよ」 「ふうむ」 と私は又々後悔した。 黙っているに限る。 神田を訊いた 理由 ( わけ )は長谷川さんを思い出したのだった。 去年事情あって半途退学をした同級の年長者長谷川さんは神田で牛乳配達をしながら夜学校へ通っている。 人間の記憶は不思議なものだ。 私は唯今筆を執りながら、 犬殺 ( いぬころし )が犬を殺すところを頭に描いている。 それは新橋から青山までのこの初めての車上で目撃した光景だ。 或商家の天水桶の 側 ( そば )だった。 一人の男が、尾を振っている犬に近づいて何か与えたと思うと、背後に 匿 ( かく )し持っていた棒でガクンとやった。 犬は ( のめ )った。 犬殺は幾つも続けさまに撲った。 私は無論、俥屋もその方へ注意を 惹 ( ひ )かされた。 折しもあれ、 「はあい!」 という声がかゝった。 馬車だ。 而も二頭立てだ。 私は初めてこんな立派なものを見た。 内 ( なか )には 容貌 ( ようぼう ) 魁偉 ( かいい )の将軍が乗っていた。 日清戦争実記以来写真銅版でお馴染の 痘痕面 ( あばたづら )だった。 「大山大将だね」 と私は直ぐに分った。 「 然 ( そ )うですよ」 と俥屋が言った。 犬殺と将軍、何年も忘れていたことを 不図 ( ふと )今目の前に思い浮べたのである。 それは然うと、一時間近くも乗って、この車賃必ずしも高からずと合点が行った頃、私は年来の目的の明治学園に着いた。 煉瓦造りの西洋館ばかりだとは 占部 ( うらべ )牧師から聞いていたが、建物の素晴しいのには実際驚いた。 私は門から取っつきのに下して貰った。 その折、 一足 ( ひとあし ) 後 ( おく )れて着いた俥から矢張り私ぐらいの青年が下りた。 服装も私と同じように和服の 袴穿 ( はかまば )きで、腰に手拭をぶらさげていた。 私が鞄と行李を玄関に片寄せた時、青年も同じような荷物を持ち込んだ。 同じ目的で来たのだと思ったら、妙に懐しい心持がした。 しかし青年は肩を怒らせて私を睨んだ。 そればかりでない。 私が受附へ行って占部さんからの紹介状を出した時、私を押し退けるようにして、 「これを何うぞ 猪股 ( いのまた )先生へ」 と自分を先にして貰おうとした。 私は癪に障って、 凝 ( じ )っと顔を見てやった。 相手は 屹 ( きっ )と構えて、いつまでも私を睨んでいる。 生意気な奴だと思った。 その頃の学生は荒っぽかった。 東京の書生は直ぐに喧嘩を売りかけるから気をつけろと言われて来た。 私達の紹介状を持って引っ込んだ受附の老人は間もなく廊下に現れた。 「何うぞ 此方 ( こちら )へ」 と招いた。 二人は事務室へ通った。 「こゝでお待ちなさい」 と老人は隅っこの狭いところへ私達を残して行った。 手近の机で事務員に何か 口授 ( くじゅ )しているのが幹事の猪股先生だった。 私は先生の眼鏡に注意を取られた。 幾度見ても 蔓 ( つる )がない。 鼻眼鏡だ。 箱馬車と共に初対面だったから、好奇心が動いた。 私達はかなり長く待たされた。 真直ぐに立っているのが苦しくなって 一寸 ( ちょっと )姿勢を変えた時、私の肩が例の青年の肩に触った。 すると青年は肘でグイッと私の胴を小突いた。 私も今度は堪忍出来ない。 利息をつけて小突き返してやった。 奴が機会を覗って又小突く。 私も小突き返す。 二人の間に肘鉄砲の交換が数回あった。 「君、君」 と猪股先生が呼んだ。 「はあ」 と青年は私を差し置いて進み出た。 何処までも横着な奴だ。 序に一つ小突いて行ったんだから、私の方が借越になる。 「君は 何誰 ( どなた )ですか?」 「野崎です」 「丸尾君の御紹介ですね?」 「はあ」 「丸尾君はお達者ですか?」 「はあ、先生に宜しくと仰有いました」 「有難う」 「高等学部へ入学したいんで、郷里から願書と履歴書を出して置いたんですが、もう着いていましょうか?」 「待ち給えよ」 と猪股先生は 机辺 ( きへん )の棚から書類の綴りを取り出して、 撥 ( はぐ )りながら、 「野崎喜三郎。 これですね?」 「はあ」 「浜松中学校と。 卒業は去年じゃありませんか?」 「はあ」 「今まで何をしていたんですか?」 「家で遊んでいたんです」 「去年何処か他の学校を受けたんじゃないですか?」 「高商を受けてしくじりました」 と青年は頭を掻いた。 私は好い 気味 ( きび )だと思った。 「 何 ( ど )ういう理由で今回学園の高等学部を志望しますか?」 「矢張り、その、何です、将来実業界に 雄飛 ( ゆうひ )したいと思いまして」 「成程」 「大変好い学校で、語学をやるにはこゝに限ると丸尾先生が仰有いました」 「中学校の成績は何んな具合でしたか?」 「可もなく不可もないところでした」 「何番で卒業しましたか?」 「中どころです。 二十九番でしたから」 「何人中の?」 「さあ。 三十四五人いました」 「はゝあ」 と猪股先生は感心したようだった。 私も変な中どころがあればあるものだと思った。 見す/\ 矛盾 ( むじゅん )したことを平気で言っている。 「五年の時に三週間ばかり休んだのが 利 ( き )いているんです」 「こゝの高等学部は主として西洋人が教えますから、英語の力が足りないと、苦しいですよ」 「はあ。 それは丸尾先生からも、承わりました」 「英語の成績は何んな具合でしたか?」 「中どころでした」 「この履歴書の賞罰のところに停学三週間とあるのは一体何をしたんですか?」 「さあ」 と青年は行き詰まって、又頭を掻いた。 「 匿 ( かく )さずに言って見給え」 「ストライキを起そうとした形跡があったんです」 「成程」 「もう決して致しません」 「 操行 ( そうこう )は何うでした?」 「中どころでした」 「操行の中どころというと?」 「要するに乙です。 尤もその罰を受けた為め丙ですけれども」 「 何方 ( どっち )です? 本当のところは」 「丙です。 中どころです」 「宜しい」 「入れて戴けますか?」 「君は又 他 ( ほか )の学校を受ける気じゃありませんか?」 「いゝえ」 「こゝを腰掛にして高商を受ける積りじゃないですか?」 「そんなことは絶対にありません」 「何処までもこゝで勉強する気なら、喜んで入学を許可します」 「 何 ( ど )うぞ願います」 「この手紙を見ると、君は寄宿舎へ入りたいんですね?」 「はあ」 「それではそこで待っていて下さい」 と猪股先生は青年を片付けて、 「君、 此方 ( こっち )へ」 と私を呼んだ。 「はあ」 「君は 占部 ( うらべ )君からの御紹介の河原君ですね?」 「はあ」 「占部君はお達者ですか?」 「はあ。 私の入学願書と履歴書が拡げてあった。 「中学校の卒業席次は」 「十七番です」 「何人中の?」 「三十四人の級でした」 「それでは本当の中どころですね。 この学園が年来の志望でしたか?」 「はあ。 実は中学部から入りたかったんですが、家庭の都合で今回初めて上京致しました」 「 洗礼 ( せんれい )はいつ受けました?」 「三年の時でした」 「お父さんお母さんも信者ですか?」 「いゝえ、僕一人です」 「将来の志望は?」 「 未 ( ま )だ 決 ( き )めてありません」 「結構です。 まあ/\、勉強しながらゆっくり考えるんですな」 「はあ」 「 斯 ( こ )うっと」 と猪股先生は占部さんの手紙を読み直して、 「働いて学資を補う必要があるんですか?」 と訊いた。 「いゝえ」 「占部君は何を言っているんだろうな」 「それは占部先生が御親切に仰有って下すったんでしょう。 学資は全部都合がついたんです」 「働きながら勉強ってことはナカ/\むずかしいです」 「はあ」 「しかし成績の好いものには 奨学金 ( スカラーシップ )の規定があります」 「僕は 迚 ( とて )も駄目です」 「寄宿舎へ入るんですね?」 「はあ」 「それではそこで野崎君と一緒に待っていてくれ給え」 「はあ」 と私は引き退って、以前の通り隅っこに、例の青年と二人立ち並んだ。 一つ小突かれ越しているから、機会あり次第返済しようと思っていたら、 「君」 と奴が 囁 ( ささや )いた。 「何です?」 「同級になるんだから、宜しく頼む」 「僕は知らん」 「君」 「それじゃこれで」 と私は 肘 ( ひじ )で小突いてやった。 敵は 甘受 ( かんじゅ )した。 もう味方になったのだった。 猪股先生は事務員を呼んで又 先刻 ( さっき )の続きを 口授 ( くじゅ )した後、帽子を手にして、 「それでは河原君と野崎君、寄宿舎へ案内しよう」 と言って歩き出した。 「君」 と野崎君が私を促した。 もう先を争わない。 「恐れ入ります」 と私は先生自らを 煩 ( わずら )わすのを気の毒に思った。 「何あに、家へ帰る序です。 私のところは丁度寄宿舎の裏になっています」 と、先生は学園内に住んでいるのだった。 私達は行李を受附へ頼んで、鞄丈け提げてお供をした。 「広いですなあ!」 と野崎君が感歎の声を洩らした。 「三万坪からあるそうです」 「銀座のと同じ時計台がある」 「あれはいつも五分 後 ( おく )れているそうです」 「ふうむ」 「時計台の向うに五階の塔の 聳 ( そび )えている三階が寄宿舎でしょう」 と私が言った時、猪股先生は、 「河原君は 能 ( よ )く知っているね」 と 訝 ( いぶか )った。 「 占部 ( うらべ )先生から始終聞いていたのです」 「成程」 「写真を見せて戴きました」 「道理で詳しい。 寄宿舎で思い出したが、占部君はヤンチャンで困ったよ」 「はゝあ」 「誰かと 天麩羅蕎麦 ( てんぷらそば )の 賭 ( かけ )をして、あの三階の窓から飛び下りた」 「危いことですな。 怪我はなさいませんでしたか?」 「何ともなかったが、鼻血を流した。 余り神さまを試み過ぎるといって、ジョンソン博士からひどく叱られた」 「そんな乱暴な方でしたかな」 「この頃は何うだね?」 「 聖人君子 ( せいじんくんし )のようです」 「年を取って、おとなしくなったんだろう」 「矢張り先生からお習いになったんですか」 「中学部の一年からさ。 出来は悪くなかったが、いたずら小僧だったよ」 「丸尾先生は 如何 ( どう )でしたか?」 と野崎君が訊いた。 この紹介者も矢張り卒業生と見えた。 「あれは活気のない男だった」 「今でも 然 ( そ )うです」 「浜松の中学校へ行ったきり動かないが、評判は好いのかね?」 「中どころでしょうな」 「君と同じかい? ハッハヽヽ」 と 猪股 ( いのまた )先生は朗かに笑った。 「野崎君は浜松ですか?」 と実は私は 先刻 ( さっき )も浜松と聞いて耳よりに思っていた。 「 然 ( そ )うです。 宜しく願いますよ」 「 何 ( ど )うぞ」 「僕は君が東京だと思って用心したんです」 と野崎君は弁解した。 用心よりも 挑戦 ( ちょうせん )のようだったが、三十四五人中の二十九番を中どころと信じている男だから仕方がない。 折から 風采 ( ふうさい )堂々たる中老半白の西洋人が通りかゝって、 「グッド・アフタヌーン」 と挨拶した。 猪股先生は立ち止まって話し込んだ。 私は英語を習い始めて 満 ( まる )四年になるが、舶来のは初めて耳にする。 グッド・アフタヌーンが分った丈けで、 残余 ( あと )は 些 ( ち )っとも歯が立たない。 野崎君も同感らしく、ポカンとして首を傾げていた。 猪股先生は最後に私達の入学のことを知らせたのだろう。 「ドクター・ジョンソン、 云々 ( うんぬん )」 と言いながら、私達を指さした。 これがジョンソン博士かと思って、私はお辞儀をした。 「Very glad to see you. お芽出度う」 と博士は毛だらけの手を出して、私達の手を握った。 握手だ。 これも初めてだった。 「 総理 ( そうり )です。 ドクター・ジョンソンです」 と猪股先生が紹介した。 博士は、 「この明治学園、他の学校と違う。 神の道を教えるの学校」 「イエス」 と私は生れて初めて英語を使って見た。 「金儲け教えるの学校でない」 「イエス」 「 明後日 ( あさって )入学式。 チャペルで又話しましょう。 グッド・バイ」 「グッド・バイ」 と今度は野崎君が使った。 間もなく寄宿舎に着いた。 猪股先生は中へ入らずに、 「 音 ( おと )さん!」 と呼んだ。 「はあい!」 と答えて、小使が出て来た。 「この二人を頼むよ」 と申渡して、猪股先生は、 「この寄宿舎は自治制です。 舎監 ( しゃかん )ってものがない。 上級生がモニトルを勤める。 未 ( ま )だモニトルは誰も帰って来ていないから、差当り音さんに部屋を 定 ( き )めて貰い給え」 と言って行ってしまった。 こんな 次第 ( わけ )で、私達は同じ部屋へ入った。 他に知合がないから、直ぐ懇意になった。 同県人ということが嬉しかった。 話し合って見ると、二人は同じ汽車に乗って来たのだった。 弁当まで同じのを 国府津 ( こうづ )で買っている。 「それじゃ腹の中まで君と同じですよ」 と野崎君は打ち興じた。 「これは 因縁 ( いんねん )が深い」 と私も 肯定 ( こうてい )した通り、お互は 未 ( いま )だに親友だ。 始終 往来 ( ゆきき )をしている。 何方 ( どっち )も成功しないから、殊に話が合うのかも知れない。 初めて 賄 ( まかない )の飯を喰べて、近辺へ散歩に出掛けた時、 「君、明治学園ってのは耶蘇学校らしいね?」 と野崎君は今更発見したように口を切った。 「無論ですよ」 「丸尾って奴はひどい奴だ」 「君の先生でしょう?」 「先生のくせにして嘘をつく。 耶蘇学校ってことは 些 ( ち )っとも言わなかった」 「はゝあ」 「僕は英語学校だと思って来た」 「ミッション・スクールじゃないって仰有ったんですか?」 「ミッション・スクールって何だろう?」 「耶蘇学校のことですよ」 「そんなことは一切言わないで、唯、英語の力をつけるのなら明治学園に限ると言ったんです」 「それじゃ嘘でも何でもない」 「いや、結局嘘になる。 僕はミッション・スクールだとは夢にも思わなかった。 これは考えものだ」 「何故?」 「耶蘇になるんじゃ困る」 「ならなくても 宜 ( い )いんです」 「君は耶蘇か?」 「えゝ」 「生徒は皆耶蘇だろうか?」 「そんなこともないでしょう?」 「それなら宜いけれど」 「信仰は自由です」 と私はこの問題について野崎君よりも一日の長があった。 「君、モニトルって何だろう?」 「知りません」 「あの西洋人がチャペルで話すと言ったが、チャペルって何だろう?」 「それも分らなくて考えているんです」 「今も門のところで別の西洋人に会いましたね」 「西洋人の先生が大勢いるそうです。 小さい西洋館は皆その家ですよ」 「それじゃ英語の力がつく。 矢っ張りいようかな?」 「君は入学したんじゃないんですか?」 「入学はしても、退学も出来るでしょう」 「それじゃ先刻同県人だから 刎頸 ( ふんけい )の 交 ( まじわり )を結んで行動を共にしようと言ったのは 何 ( ど )ういう意味です?」 「あれはミッション・スクールってことを知らなかったからです。 何 ( ど )うも驚いた」 と野崎君はその頃から 頓狂 ( とんきょう )な男だった。 「君は耶蘇がそんなに嫌いですか?」 「さあ、僕は何うでも 宜 ( い )いんですが、僕の家は商売柄耶蘇が敵です」 「 遊廓 ( ゆうかく )ですか?」 と私はつい思い浮んだまゝを訊いた。 「失敬な」 「何です? それじゃ」 「酒屋ですよ」 「成程」 「耶蘇は禁酒会ですからね」 「 然 ( そ )うにも限りませんよ」 「いや、大敵です。 迚 ( とて )も両立しない」 「君は酒が好きですか?」 「嫌いです。 その代り煙草が好きです。 この通り」 と野崎君は懐ろから取り出した。 この頃は 天狗煙草 ( てんぐたばこ )というのだった。

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【ぴっくんとChinatu】MILU晒しスレ63匹目【ババ専RMTer】

さえこ いんす た

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