大崎会長 松本 関係。 吉本興業 岡本社長、口グセは「ウチの松本人志をなんだと!」高圧的な態度で知られた素顔|日刊サイゾー

吉本興業 岡本社長、口グセは「ウチの松本人志をなんだと!」高圧的な態度で知られた素顔|日刊サイゾー

大崎会長 松本 関係

ダウンタウンの松本人志さんが本日のワイドナショーで吉本の大崎洋会長は兄貴のような人なんで、 大崎さんが責任を取って吉本を辞めるぐらいなら俺も吉本を辞めると発言していました。 実際、大崎さんはこれ以上闇営業問題が大きくなるようなら、 自分も責任を取らないと!と発言しているらしく、松本さんが直接全力で引き留めたとか。 一体松本さんと大崎さんはどんな間柄だったのでしょうか? 松本人志と吉本大崎洋会長との信頼関係 まずダウンタウンがデビューして間もないころ、同期のハイヒールはトミーズはすでに売れていたのに、 ダウンタウンは芽が出ずくすぶっていた時代がありました。 ハイヒールやトミーズは需要があるから大阪のうめだ花月やなんば花月の出番もあったのに、 ダウンタウンは京都花月の出番があるぐらいで阪急電車で往復700円かけて河原町で通っていたそう。 交通費はさすがに出るものの、後払いなのでそれがキツくオカンが作った弁当持参で 尼崎から京都まで通ったとか。 スポンサーリンク そんな時に、いち早くダウンタウンの才能を見出したのが現在の吉本の会長である大崎洋氏。 一部で初代マネージャーとされていますが、当時のダウンタウンにはマネージャーすら つかない身分であり大崎氏は正式なマネージャーではなく、 大崎氏の好意によりダウンタウンの実質的マネージャーの役割をしていたという話。 大崎さんも東京から大阪のNSCに異動になったものの、すでに富井さんという人がいて仕事がない状況。 ダウンタウンが真っ白なスケジュールの中、定期的にダウンタウンを直接会社まで呼び、 ダウンタウンと2人3脚でコントや漫才の打ち合わせなどをしていたそう。 仕事だけでなく、プライベートでも松本さんと映画館に行ったり、サウナに行ったり、 プールに行ったりプライベートでも行動を共にしていたそう。 そんな時代が数年続いた後、大崎さんの会社への強い推薦もあり、ダウンタウンの笑いは一気に火が付きます。 大阪で注目されるようになり、4時ですよーだやMBSヤングタウンなど大阪を制覇。 デビューして8年で東京に進出するようになります。 もともと松本さんは大阪でそこそこ給料ももらえだして今の生活に不満もなく、 東京に誰一人知り合いもいなかったことから東京に行く気はなかったそう。 しかし、大崎さんに無理やり東京に進出させられ、家賃出したるから東京行け!と強制的に東京へ。 で、松本さんは東京の四谷にマンションを借りて大崎さんに家賃の件で相談したところ、 大崎さんは、悪い!家賃出したりたいのは山々やねんけど無理や! 当時の上司でやすきよのマネージャーだった木村さんに何ていうねんって言われたそう(笑) それで松本さんは腰を抜かしそうになったらしいです。 このようにダウンタウンは大崎さんに1番最初に才能を見出され、大阪で大スターになり 東京にも強制的に進出。 そのおかげもあり、ダウンタウンは今もずっと30年間トップで売れ続けているということです。 という訳で松本さんと大崎会長の絆は誰よりも深いと言えると思います。 スポンサーリンク.

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松本人志、涙こらえ吉本興業・大崎会長の進退に言及「大崎さんがいなかったら僕も辞める」

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「 松本動きます」 この言葉が分裂を呼ぶことになるとは 最初は思ってもみなかったです。 かっこいいなあとSNS上でも絶賛され 私も正直かっこいいなあと思っていました。 松本人志が動くってやっぱりすごいことなんですよね。 ところが、岡本社長の記者会見を挟んで、 この言葉が微妙な意味に変化してしまいました。 80年代の漫才ブームに売れた芸人と 今の時代に頑張っている芸人との意識の差が 激しく違う事がわかりますよね。 極楽とんぼの加藤がスッキリの番組で 大崎会長と岡本社長の退陣がない限り 自分は吉本を辞めると宣言しました。 その時、だいたいの人はかっこいいと 思ったと思います。 これぞ正論だと。 ところが、大崎会長との面談をする頃には 加藤が勝手に息巻いているだけだという声が ちらほら聞こえ始めました。 これには、80年代漫才ブームの頃に 売れた 大御所の芸人たちがコメントを するようになったからです。 宮迫と亮の会見から岡本社長の謝罪会見、 加藤の辞める宣言に、SNS上で不満を吐き出す 吉本の売れてない芸人たちが出てきたころ、 大御所が出陣です。 関西の女帝の上沼恵美子がコメントをしました。 吉本の若手芸人も出演する番組内で、 宮迫や亮の片を持ちつつ吉本興業への パワハラを発信したのです。 上沼恵美子が宮迫と亮の事件でSNSで 若手が 吉本批判をしていることに対してコメントを していました。 引用元:yahoo news 上沼は「今回の一件で宮迫さんへの思いみたいなのが変わったりするんですか。 好きだったのが嫌いになるとか」と尋ねたが、3人は「全くない」と否定。 むしろ「応援する」などと復帰を願った。 これに上沼が噛み付いた。 「すごいね。 なんかスポーツマンの仲間みたい」と切り出すと、「 ライバル違うの? そんなことなって『スッとしたわ。 消えるし』とか思わなかった?」と追及。 藤本は「そんなこと思ってる芸人いないんじゃないですかね」と返したが、「いてるわ。 芸能界はいす取りゲームやもん」とすぐさまツッコミを入れた。 上沼は「 私なら消えてくれてよかったなと思うかも。 私はそうだった。 お姉ちゃんと漫才やってた時に上が消えてってくれたらいいのにと思いました」とコメント。 さらに「私が若いときと時代が違ってる」と前置きした上で、「 だからいまの芸人はおもろないねん。 一つ頭でいようと思わないから」と指摘。 「みんなで一緒に『おもろないようにしよな』ってスクラム組んでんねやろ」と問いかけると、方正は「それぞれ分野がある。 僕は落語」と話し、原西も「宮迫さんがやってることは僕らはできない」と説明した。 引用元:サンスポ 芸人の世界はよくわかりませんが 頭一つになるために芸人をしているのでは?と いう上沼恵美子の発言に深く共感しました。 上沼恵美子が若い頃から漫才の世界で勝ち上がってきて、 今の地位があるのだというのがよくわかりますし、 実際現役で面白い 笑 それが芸事の世界と思ってました。 大平サブローもコメントしている中で、こう言っています。 「 若い人。 こいつらふぜいでこれを言うか。 気に入らんかったら辞めろと思うねん」 お笑い界で頭を取った人 売れた人 の言うことが 一貫して同じなんですよね。 ハングリー精神は芸を面白くするっていうのは満更 戯言ではないです。 見ている客が1番よく分かってることと思います。 島田紳助がインタビューに答えていました。 島田紳助は反社会団体と10回食事したことで、引退をしました。 その時の社長は、大崎洋でした。 引退をさせたくなかった大崎洋が戻ってくるというのを約束に 島田紳助の引退したいという気持ちを了承しました。 戻ってくるというのを信じて。 でも島田紳助は戻る気はなかったんですよね最初から。 大崎洋は立場上、 世間に向けて始末をしないといけない 立場だったので仕方ない事だったんですね。 そりゃそうでしょ。 男気があるならそう思うよね。 俺も木村さんのおかげでやってこれたけど、松本にとってはそれが大崎さんやから。 そりゃ恩義を感じてるし。 そりゃそうや。 引用元:週刊文春 結局の所、松本人志と吉本興業、特に大崎洋とは 本当の意味でもファミリー(身内)の固い絆があり、 ここまでのスターになるために苦労をともにした人物に 並々ならぬ恩義があるため、絶対に吉本興業を捨てることはないのです。 松本が動くというのは、丸く収めるための 発言だったんですね。 若いころのダウンタウンをよく見てました。 「4時ですよーだ」とか必死で見てました。 その影に大崎洋の存在があったんですね。 大崎会長がやめたら、そりゃやめますね。 吉本の若手のためといいながら、本当は 吉本興業を守りたいのだと思います。 それは松本人志だけでなく昔からいる大御所の 吉本芸人はみんな同じ気持ちだと言うことです。 結局、大崎会長も岡本社長も退陣はまず ありえないでしょうね。 加藤もやめないでしょう。 丸く収まって終わるような気がします。 SNSで告発していた若手はちょっと分が悪いと 思うので自力で売れてくださいね! 引用元:産経新聞• 氏名:大崎 洋(おおさき ひろし)• 生年月日:1953年7月28日• 出身地:大阪府堺市• 職業:吉本興業代表取締役会長• 出身大学:関西大学社会学部卒業 経歴• 1978年 吉本興業株式会社に入社• 1980年 吉本興業東京支社(当時は東京事務所)へ上司の木村政雄と共に異動• 1982年 吉本興業東京支社(当時は東京事務所)から大阪の吉本総合芸能学院の担当社員へ異動• 2000年 株式会社ファンダンゴの取締役に就任• 2001年 吉本興業の取締役、株式会社アール・アンド・シーの取締役に就任• 2002年 株式会社有明スタジオの取締役に就任• 2006年 吉本興業取締役副社長に就任• 2009年 吉本興業代表取締役社長に就任• 2019年 吉本興業代表取締役会長に就任 大学を卒業してから吉本興業に入社して ずっと吉本興業一筋でやってきた方です。 80年代は漫才ブームで今聞いても 実績のある漫才師がたくさんいます。 そんな時代に吉本で吉本総合芸能学院(NSC)の 立ち上げの担当となり、ダウンタウンと出会いました。 その頃ダウンタウンは無名の漫才師で 大崎洋がマネージャーとしていろんなことを 教えたと言われています。 ダウンタウンを東京へ進出させ不動のお笑いキングに 育てたと言っても過言ではないでしょう。 出世をしたいという野心を持っていた大崎洋は、 もともとのセンスがあったのか、野望どおり 吉本興業の社長に成り上がります。 東京支社長就任後には、劇場の建設や 若手育成に力を注いでいました。 しかし会社の方針に合わない芸人たちを リストラや契約解除などスパッと切り捨てるという 会社方針を実行しています。 極楽とんぼの山本圭一の事件が衝撃でしたが 大崎洋が解除をそうそうに決定したのでした。 会社方針として徹底していたことは、 不祥事、モラルに反する行為を起こした芸人やタレントには 徹底的に厳格な対処をするということです。 漫才を好きという吉本興業の門をたたく若者に 門をとざしたくないという気持ちで受け入れている スタイルのため、今では6000人という大所帯となっています。 それが大崎洋のスタイルですが、心底お笑いの世界に 生きていてお笑いというのを理解している人物と 私は受け取りました。 まとめ• 大崎洋会長は大学卒業後、吉本興業に入社し、NSCを担当し、ダウンタウンのマネージャーを得て、社長、会長へと昇進している。 ダウンタウンが無名の頃からマネージャーとして歩んできているため、松本人志が慕うのは当たり前。 吉本興業は本気でお笑いのための門をひらいており、大崎洋は本気でお笑いのために尽力してきた人物。 大崎洋がいないと吉本興業はつぶれてしまうほどの実力者.

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吉本興業の岡本社長・大崎会長と松本人志の関係って?宮迫・亮謝罪会見後の動きとは

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松本人志 お笑いコンビ・雨上がり決死隊の宮迫博之、ロンドンブーツ1号2号の田村亮は20日、都内で開いた会見で一連の闇営業騒動を謝罪。 一方で、吉本興業の岡本社長から、「全員連帯責任でクビにするからな。 それでもええんやったら記者会見やれ。 俺にはお前ら全員クビにする力がある」など圧力があったことを告発した。 同番組は通常収録放送で、21日の放送分は吉本興業が宮迫との契約解消を発表した19日に収録していたが、会見で状況が大きく変わったことから、急きょ生放送に変更。 松本と東野幸治の2人は、前日に岡本昭彦社長、大崎洋会長と会談したという。 岡本社長の圧力発言疑惑について、東野は「にわかに信じがたい発言」「吉本側の反論もまだ聞いていないので何とも言えないですけど、印象としては、そんなに驕り高ぶった言い方で、いつからそんなに偉そうになったのか」と憤りをあらわにした。 松本も、「そうです。 いつからあいつらが偉そうになったのかという思いは僕もあって」と同調し、「昨日も会社に行って言ったんですけど、とにかく芸人ファーストじゃないと何の意味もない。 『芸人いてのあんたたちでしょ』ということだけは絶対に言わないといけない」と主張。 一方で、「大崎会長と岡本社長と4人で結構長いことしゃべりましたけど、やっぱり真摯に話を聞いてくれるし、僕の意見はほとんど可能なところまでやってくれているので、絶対に悪い会社ではないはず」と擁護しつつ、「ただね」と続ける松本。 「岡本」と呼び捨てにし、「僕のマネージャーでもあったんですけど、彼が20年ぐらい前から気にはなってて大崎さんにも『たまに言葉づかいが横暴であったり、そういうところが気になります』と言ったことがあって」と相談していたことを告白。 「やっぱりそういう部分が出てしまう時がある。 今回も悪いところが出たんだろうなと思うんです」とその不安が的中したようだが、「この時代、それは絶対にありえないし、絶対にそれはやめろということを、彼にも昨日散々言いましたし、分かってくれたと思います。 明日の会見に期待したいと思います」と岡本社長が明日行う予定の会見に期待を寄せていた。 予めご了承ください。 関連記事•

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