アダルト チルドレン。 アダルトチルドレン|症状と回復とカウンセリング|孤独感、見捨てられ不安、毒親を許せない、自信がない

アダルトチルドレンの克服なら

アダルト チルドレン

アダルト・チルドレンってなに? アダルト・チルドレンーテレビや雑誌などで近年よく聞かれるようになったこの言葉。 言葉ばかりがひとり歩きをしていて、実際どんな人たちのことを指す言葉なのか、よくわからないという人も少なくないようです。 他人との関係だけでなく家庭内の人間関係さえも希薄になっている昨今・・・・ アダルト・チルドレンは、これからの家庭のありかたを考えるキーワードなのです。 子どものころの家庭の経験をひきずり、現在生きる上で支障があると思われる人たちのことです。 それは、親の期待に添うような生き方に縛られ、自分自身の感情を感じられなくなってしまった人、誰かのために生きることが生きがいになってしまった人、よい子を続けられない罪悪感や、居場所のない孤独感に苦しんでいる人々です。 ACという言葉は、伝統的な精神医学や心理学の枠組みでの診断名ではありませんが、自分の育ってきた環境、親や家族との関係を振り返って自分自身を理解するための、1つのキーワードとしてとらえることができます。 ACの概念は1970年代にアメリカで提唱され始めました。 アルコール依存症の親をもつ子どもたち(COA:Children of Alcoholism)が大人になったとき「対人関係の問題」や「生きづらさ」に悩み苦しんでいる人が多くいることがわかってきたのです。 「大人になったCOA」つまりACOA(Adult Children of Alcoholism)が注目されるようになりました。 彼らの特徴は、相手の評価に過敏になり自分に自信がもてない/自分の存在価値を確認できず、酒・ドラッグ・仕事などに溺れてしまう/対人関係が上手くいかず、居場所のなさ、生きづらさを感じる/というものです。 また、たとえ外から見る限り健全な家庭でも、子どもに対し過剰に期待したり甘やかしたりする親や、仕事に依存する父親・夫に依存する母親なども、やはり「機能不全」ということになります。 このような機能不全家族のなかで育った人にも、アルコール依存症者を親として育った人と同様の特徴が生じていることがわかり、ACOD(Adult Children of Dysfunction family)と呼ばれるようになりましたが、最近では両者を区別せず、まとめてACということが多くなっています。 これらの家庭の子どもは、家庭を支えるために、例えば母親の愚痴の聞き役をしたり、幼い弟妹たちの親代わりになって面倒をみたりと、期待される役割を演じ「よい子」としてふるまいます。 「よい子でない私は捨てられる」という思いからこのような行動パターンを身につけいき、自分の感情を素直に表現できなくなっていくのです。 このような生き方は、子どもが機能不全家族のなかで適応するための方法なのですが、思春期以降に家から離れてひとりで生きるようになると、人間関係に行きづまってしまいます。 自分がなんのために生きているのか分からなくなったり、緊張で疲れてしまいます。 情報や知識を持つことも助けになります。 自分の置かれた状況について知ること(ACの自覚)からはじまり、自己の過去に直面するなかで、いままで感じてこられなかった怒りや抑うつ感などの感情を表現し、新しい人間関係をつくれるようになっていきます。 医者や専門家に相談したり、同じような悩みを持った人たちのグループに参加して語ることが、変化、成長への勇気づけになるでしょう。 つまりACとは、病名や診断名ではなく、自分が傷つけられていた側であることに気づき、自分自身の生きにくさを理解することで、楽になれる人たちのことだといえます。 自分がACであるという自覚をすることで、自分を責めることから解放され、この先の人生で新しい価値観を選択していくことで、人は変わることができるのです。 また「自分なしでは生きられないような無力な人物」の世話をすることに充実感を覚えることも多く、これを「共依存」といいます。 元来、共依存とはアルコール依存症の夫とその妻との関係を指していましたが、アダルト・チルドレン同様、アルコール依存症だけでなく機能不全家族にみられる関係にも広げられています。 このような人たちは「憎みながら離れられない」し、お互いに「軽蔑しながらも、相手がいないと寂しい」と感じてしまう、そんな人間関係を作ってしまうのです。 ご不明な点は最寄りの医療機関にご相談ください。

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アダルトチルドレンの解説と克服方法

アダルト チルドレン

アダルトチルドレン(英:Adult Children)とは、• 親がの家庭で育って成人した人。 Adult Children of Alcoholics(ACOA、ACA)の略語。 アメリカでアルコール依存症治療との関わりの中で生まれた言葉である。 親や社会によるや家族の不仲、感情抑圧などの見られるで育ち、生きづらさを抱えた人。 Adult Children of Dysfunctional family(ACOD)。 「で育ったことにより、してもなお(外傷体験)を持つ」という考え方、現象、または人のこと。 頭文字を取り、単に ACともいう。 どちらの意味も、医療における診断用語、病名ではない。 大人になっても子供の状態から抜け出せない人、親から自立しない人を指すこともあるが、元来の使われ方とは異なる。 なお、英語圏で単に「アダルトチルドレン」という場合、成人した(上の)子供を指す。 前者から後者の意味が派生しているため、本記事では両方に触れることとする。 区別が必要な場合、前者をACOA、後者をACODと表記する。 によるアルコール中毒の人々の絵、1751年 アルコール依存症治療における成り立ち [ ] 語の発祥は「Adult Children of Alcoholics(の親の元で育ち、成人した人々)」で、1970年代アメリカで、や依存症者の間でとして使われるようになった。 過剰で習慣的な飲酒が病気とみなされて治療の対象になると()、や精神科医の間で、アルコール依存症者の配偶者の病理性が知られるようになり、飲酒をコントロールできず妻に依存する夫と、「自分がいなければ相手はだめだ」と飲酒する夫の世話を焼き存在意義を確認する妻という関係性が、アルコール依存症治療の本質的問題だと考えられるようになった。 この問題は、「支え手()」「共・アルコール依存(コ・アルコホーリック)」という言葉を経て、「」という概念で捉えられるようになり、また、アルコール依存症に民間保険が適用されたことで、「患者」の範囲が拡大した。 アルコール依存症者の親子、家族全体の関係も注目され、アルコール依存症は臨床での経験から子供に伝播しやすいことが知られていたため、アルコール問題家族を切り抜けて成人した子がアルコール依存症になったり、アルコール依存症者と結婚したり、配偶者がアルコール依存症になったりするなど、共依存・(アディクション、悪い習慣)になぜ陥りやすいのか、関心がもたれた。 ACOAは家族がアルコール依存症者への対応で手いっぱいで情緒的な関心が向けられなかったため、低いと屈辱感を持つようになり、他人に必要とされることで自尊心を満たそうとしたり、他人を支配して自信を持つといった共依存的な傾向が形成され、「見捨てられることへの恐怖」から共依存・嗜虐の傾向があると言われた。 アダルトチルドレンの原因の拡張 [ ] アルコール依存は嗜癖であるが、などさまざまな嗜癖の源に、アルコール依存症同様に共依存があると考えられるようになった。 共依存・嗜虐する者のいる家庭の親子関係にはアルコール問題家族同様の問題が見られ、さまざまなで育った人(ACOD)も、ACOA同様の問題を抱えているだろうと考えられるようになった。 アダルトチルドレンという言葉は、機能不全家族で育ち、明らかな親の、を受けて育った人も指すようになり 、そうした人々は共依存・嗜虐の傾向があり、アルコールや薬物などの物質嗜虐、やなどの過程嗜虐、男女関係や親子関係などの関係嗜虐に苦しむ可能性があると考えられるようになった。 アダルトチルドレンの原因がアルコール問題家族に限定されなくなったことから、自分はアダルトチルドレンであると考える人が増えた。 日本でのさらなる広がり [ ] アダルトチルドレンという言葉は、日本には1989年に入り、1995年から注目されるようになった。 アルコール依存がアメリカほど問題になっていない日本では、のによって、アメリカの「機能不全家族で育った人」という意味のアダルトチルドレン概念よりさらに意味が拡大され、家族システムの危機や、親との関係での何らかのトラウマ、過度に「いい子」でいることを余儀なくされたなどの経験があり、他者の期待に過剰に敏感になるなどの状況に陥り、その結果、自己のの不安定さやある種の「生きにくさ」を感じる人、(心的外傷ストレス性障害)に悩む人を指すようになった。 斎藤らは、()の特性に家族の機能不全性を見いだし、でする父、夫の仕事依存を可能にする的なの母に育てられ、勉強依存の傾向がある子など、明らかな虐待を受けたわけではない人の多くにも、アダルトチルドレンの問題があると考えられるようになった。 斎藤は1996年時点で、一般的には「からの」「の親がいる家庭」「家庭問題を持つ家族の下」で育ち、その体験が成人になっても心理的外傷()として残っている人を言うとしており [ ]、2014年のインタビューでは「ACじゃない人なんていないからね。 大体の人の親は、変でしょう」と述べており 、彼の言うアダルトチルドレンにはかなり幅がある。 この語の持つ曖昧さと安易な使われ方が敬遠され、からは排除され、嗜癖問題関係者と一般大衆の用語となっており、嗜癖治療に関係する精神科医も使用を避ける傾向がある。 臨床単位・病名ではなく、客観的にアダルトチルドレンを定義・識別する試みは成功していないため、自己認定、自己申告だけが基準になる。 のは、本人が機能していなかったと考えればそれは機能不全家族であるとし、「私はACを『自分の生きづらさが親との関係に起因すると認めた人』と定義づけている」「自分がACと思えばAC」と述べ、アダルトチルドレンは自己認知の問題であり、医師やカウンセラーが一方的に診断して与えるレッテルではなく、病気でもないとしている。 斎藤の主導で作られた「日本トラウマ・サバイバーズ・ユニオン」や信田は、本来アダルトチルドレンとは、生きづらさという問題を解決するための自覚用語であると述べており 、治療概念として扱われている。 アダルトチルドレン言説の支持者は、当事者が「私はアダルトチルドレンだ」と自己認識することで、その人の「生きにくさ」の感覚、それにともなうさまざまな問題行動からの脱却につながることを期待した。 こうした考え方は、1990年代に台頭したによって強化されている。 癒しのプロセスのあとには、・文化でよく見られる、「肯定的な人生観を持ち、自分のことが好きであるがゆえに他者も愛することができ、何でも包み隠さずオープンに話して、他者と調和的なコミュニケーションが取れる人物」といった自己肯定感にあふれる自分になることが目指される。 日本でのアダルトチルドレンの定義の場合、良好なコミュニケーションが取れている家庭がそもそも少ないため、「自分はアダルトチルドレンだ」と納得する人は多い。 生きづらさを感じてアダルトチルドレンというフレームで過去を振り返ると、「普通の家族」で過ごしたという子ども時代の問題が発見され、自分はアダルトチルドレンであるという確信を得ることになるのである。 アルコール依存症の問題から離れた日本のアダルトチルドレン論には、ネガティブな自己認識を転換するための「わかりやすい」物語として過剰な単純化・短絡性があり、こうした言説が(専門家含め)再生産され流通し、大量の事例・体験談が消費された。 アダルトチルドレンを示すとされた特徴は、「他人からの肯定や承認を常に求める」「物事を最初から最後までやり遂げることが困難である」といった曖昧で非限定的なものであったため、「自分もアダルトチルドレンでは?」という疑問を多くの人に抱かせ 、それまでの自分を否定して「回復」する必要のない人にまで届くことになり、批判や反感も少なくなかった。 多くのアダルトチルドレンに関する議論では、子ども時代に家族内で自尊心が適切に育たないと、それがほぼそのまま大人になったときの「低い自尊心」となり、やにつながるとされており、自己と家族へのフォーカスが非常に強い。 成人するまでに家族以外のさまざまな環境が自尊心やパーソナリティに影響するが、そうした影響はほとんど議論されない。 アメリカでも日本でも「自分の物語」として消費されたが、クラウディア・ブラックによると(1998年時点)、アダルトチルドレンの自覚がある人は、アメリカでは30代から40代、日本では若者中心だった。 日本では若者に「自分の問題」かつ「大人になれない問題」として受容され、Adult Children(成人した続柄上の子ども)という英語の熟語が「おとな・こども」という語感であることから、日本では「子どもっぽい大人」「オトナ子ども」といった意味でも用いられ、「大人になり切れない大人」という意味の言葉だと思っている人も少なくなかった。 自助グループなどの当事者から見れば、「オトナ子ども」という意味は間違いであるが、機能不全家族のために必要な成長が阻害され、大人になっても傷ついた子どものような状態だったり、大人になりきれていないという意味で、「おとな・こども」のダブルミーニングでもある。 医師の竹村道夫は、アダルトチルドレン言説の功績として、負の影響の世代間連鎖に人々の目を向けさせたことを挙げている。 アダルトチルドレンの癒しに関わるような共依存・嗜虐「産業」、セラピー産業には、「共依存の文献は、ポップ心理学とポップフェミニズムの本を、ニューエイジのと伝統的で合体している」といった批判、共依存という概念に対しては、問題を個人の心理的・内面的問題に切り詰め、問題の政治的・社会的側面を無視するものだという批判がある。 歴史 [ ] アメリカ [ ] アダルトチルドレンの概念は、カナダのR. Margaret Corkの『The Forgotten Children: A Study of Children with Alcoholic Parents(忘れられた子供:アルコール依存症の両親の子供に関する調査)』(1969年)に始まった。 ただし、この本の時点では、アダルトチルドレンという言葉は使われていない。 Adult Children of Alcoholicsという言葉は、1960年代末ごろから、の社会福祉援助などケースワークの現場の人々が、自分たちの経験から作り出した比較的新しい概念であり、学術的な言葉ではなかった。 1774年、アメリカで「アルコール依存症とアルコール乱用国立研究所」がアルコール問題家族で育った子どもたちの研究を始め、1979年には同研究所が国内会議を主催し、関心が広まっていった。 1981年にはクラウディア・ブラックが本『It Will Never Happen to Me! こうした本の流行で注目が高まり、「アダルトチルドレン」という用語が定着し、1980年代にアダルトチルドレンが一大ブームとなっていった。 1980年代後半には、アルコール問題家族だけでなく、薬物・ギャンブルなどの依存症、過食、暴力、拒食、閉じこもりなどのという視点が加わり、さまざまな問題を抱え子どもが安心して生活できない(dysfunctional family)で育った人も、アルコール問題家族で育った人と同じような問題を抱えていると考えられるようになった。 そこで、このふたつの概念を区別するために、ACOA(Adult Children of Alcoholics、アルコール問題家族で育った人)・ACOD(Adult Children of Dysfunctional family、機能不全家族で育った人)などの用語が用いられるようになった。 1980年代には、アダルトチルドレンの治療グループや自助グループが多く作られた。 日本 [ ] 日本では1975年に、少女漫画家のが『』シリーズの連載を始め、親に虐待を受けて傷つき家出した少年たちの物語を描いた。 梅花女子大学の磯野理香は、本作品をアダルトチルドレンを描いたものとしている。 『はみだしっ子』シリーズの成功以降、少女漫画では児童虐待(を含む)、機能不全家族をテーマにした作品が増え、、、、らと呼ばれた実力派作家たちの作品が刊行され、虐待を受けたり機能不全家族で育ったりした人の苦悩の物語が広く読まれた。 1994年に看護学者の『アル中家庭と子供たち:Adult children』が出版された。 西山、斎藤、信田の本はそれぞれ10万部以上売れて注目を集め、アダルトチルドレンという言葉が一種の流行語になった。 アダルトチルドレン・ムーブメントは「」ブームの一端としても位置づけられる。 1997年にはの著作 、1999年にはカウンセラーの著作 など、アダルトチルドレン本が続いて刊行され、アダルトチルドレンという言葉が広く知られるようになり、アダルトチルドレンのグループワークへの参加者が急増した。 アダルトチルドレン・ブームにおいて、斎藤をはじめとした一般書を書きメディアに登場するスター精神科医・が果たした役割はかなり大きい。 社会学者の小池靖は、斎藤がアダルトチルドレン論においてを強調したこと、精神科医にはとの共通性が見られ、スター精神科医はさらにその傾向が強いことを指摘している。 アメリカではアルコール問題家族で育った成人という意味から、AC movementと呼ばれる市民運動にまで発展し、かなり広い意味を持つが、日本にはそうした過程を飛ばして導入されたため、さまざまな誤解が生じた。 一般雑誌と書籍での扱いは1997年がピークで、雑誌で1996年はアダルトチルドレン本や著者の紹介が主だったが、1997年にはアダルトチルドレンという概念を使って独自に取材をした応用系の記事も増え、それと同時に批判的な言説も増大した。 1999年にはアダルトチルドレンを「」として扱う記事が現れ、2000年になると取り上げられる機会も大幅に減った。 2002年時点で出版メディアでのブームはひと段落しており、講演会や講座が開かれる際も、アダルトチルドレンという言葉より、嗜癖(アディクション)、、などの言葉が多く使われている。 アダルトチルドレン・嗜癖の自助グループは、引き続き日本で活動している。 アダルトチルドレン・ムーブメントからは、親を毒であると責める糾弾の潮流が派生している。 アルコール問題家族で育った人(ACOA)の印象の類型 [ ] クラウディア・ブラックは1982年の著作で、ACOAの挫折や障害を、彼らが子ども時代に行っていた機能不全家庭でのふるまいにさかのぼって分析し、アルコール問題家族の子どもたちは暗黙のルールとして「しゃべるな。 信じるな。 感じるな」という信念を持っていることが多いと述べている。 またブラックは、ACOAの子供時代の家庭での役割を「責任を背負いこむ者」「順応者」「なだめ役」「行動化する子ども」の4タイプに 、アメリカのセラピスト、W. クリッツバーグは、6タイプに分けて分析している。 こうしたタイプ分けは、臨床におけるアダルトチルドレンの「印象」、当時のアメリカでアダルトチルドレンと呼ばれた人々の子ども時代の性格の傾向をとりあえずまとめたものであり、これらの妥当性や信頼性を確認した研究は少なく、臨床における確認も不十分である。 ヒーロー(英雄) 家族の内外で評価され、家族がさらなる活躍を期待することで、それに過剰に応え続けようとする。 自分の活躍で冷えた両親の関係が一時的によくなったりするため、がんばりすぎてしまう。 スケープゴート(いけにえ) 関心を引くために好ましくない行動をとる。 一家の負の部分を背負い込まされ、「この子さえいなければ、すべては丸く収まるのではないか」という幻想をほかの家族が抱くことで、家族の崩壊を防ぐ役割となっている。 非行に走っているように見えるが、実はこのタイプということもある。 ヒーローの逆のタイプ。 ロスト・ワン(失われた子供、いない子) 目立たず静かにふるまい、普段はほとんど忘れられている。 家族の人間関係から距離を取り、心を守るための行動である。 マスコット、クラン(道化師) プラケーターの亜種。 道化師のような行動で家族間の緊張を和ませる潤滑油的存在で、家族の目を問題からそらす。 表層的にはペットのようにかわいがられる。 プラケーター(慰め役) 家族の中で暗い顔をしているものを慰め助け、カウンセラーのような役をする。 イネイブラー(支え手、援助者) 家族のほかのメンバーに奉仕することで、自分の問題と向き合うことを避ける。 家族の中で親のような役割をするため偽親とも呼ばれ、第一子がこうした役目になることが多く、第一子が別のタイプになった場合はその下の子どもがイネイブラーとなることもよくある。 ダメな母親の代わりをすることで、父親と情緒的になることもある。 日本トラウマサバイバーズ・ユニオンは、クリッツバーグによる6タイプを、ACOAではなくACODの類型として紹介しているが、全タイプに共通して、自分の都合ではなく、親の機嫌や家の中の雰囲気を優先して行動すると述べている。 アダルトチルドレン(ACOD)に特徴的な徴候 [ ]• 医師の竹村道夫は、アダルトチルドレン に特徴的な徴候として以下を挙げている。 これらの根拠や、研究・検証の有無は不明である。 自分の判断に自信がもてない。 常に他人の賛同と称賛を必要とする。 自分は他人と違っていると思い込みやすい。 傷つきやすく、ひきこもりがち。 孤独感。 自己疎外感。 感情の波が激しい。 物事を最後までやり遂げることが困難。 習慣的に嘘をついてしまう。 罪悪感を持ちやすく、自罰的、自虐的。 過剰に自責的な一方で無責任。 自己感情の認識、表現、統制が下手。 自分にはどうにもできないことに過剰反応する。 世話やきに熱中しやすい。 必要以上に自己犠牲的。 物事にのめり込みやすく、方向転換が困難。 衝動的、行動的。 そのためのトラブルが多い。 他人に依存的。 または逆にきわめて支配的。 リラックスして楽しむことができない。 関連 [ ] 機能不全家族 [ ] 詳細は「」を参照 アダルトチルドレンが育つ家族には、家族の問題を認めない「否認」、予想できない事態に対し心を閉ざし身構える「硬直性」、悪い出来事やそのときの気持ちを家族にも誰にも話さない「沈黙」、問題が外部に知られないための「孤立」というルールが見られ、「否認」は正常と異常の判断の困難・自分の感情の否認を、「硬直性」は感情の未熟と乏しさを、「沈黙」「孤立」は親密な人間関係を築くことの困難を子どもにもたらすとも言われる。 家族機能の状態は、こどもの感、不安感、的傾向と関連があると指摘されている。 アダルトチルドレン研究はは不十分である。 は2007年に「家族機能認知とアダルトチルドレン傾向」で、Woititz が挙げたアダルトチルドレンの特徴に沿った傾向尺度を作成し、社会心理学関係の講義を受講している女子大生179名にアンケートを行って分析し、一般青年にアダルトチルドレンの特徴がどの程度当てはまるかを調べ、結果を次のように解釈した。 家族の凝集力が高い場合(家族の絆が強い場合)は自己への肯定的評価が育まれ、AC傾向が抑制される。 ただし、家族の絆の希薄さが直接に不全症候を発生させるわけではない。 柔軟性に乏しい家族は、状況に対する柔軟性も失わせ、変化する状況に対して自分の判断に確信が持てず、なりゆき任せになる。 家族間でが円滑に行われていないと、一般的な親密な対人関係の構築が難しくなる。 一方子どもは、学校や家族などそれぞれの環境に適応しパーソナリティを随時修正しながら成長することが知られており、広範な先行研究から、長期的なパーソナリティの発達において親の影響はほとんど残らないと結論づけられている(ただし、発達心理学における特定の問題や社会化の議論を軸に検討された結論である)。 子どもが両親から情緒的な関心を向けられないような非常に混乱した家族で育つことが、常に悪い結果になるわけではないというデータ(11歳から中年までの反復・追跡調査)もあり、子ども時代のネガティブな経験がそのままその後の人生を決定するとは限らないことが分かっている。 インナーチャイルド [ ] アダルトチルドレンの回復方法では、「インナーチャイルド」(内なる子供)という概念が広く採用されている。 心の傷を負う前の、純真無垢な自己の部分といった意味のメタファーで、・・スピリチュアル系でよく使われる用語である。 アダルトチルドレン論に大きく影響したウィットフィールドは、アダルトチルドレンの困難は「偽りの自己(共依存の自己)」のせいであり、「真の自己」である「インナーチャイルド」を成長させる必要があるとした。 「過去をさかのぼり、うろ覚えの、あるいは抑圧された幼児体験の記憶を呼び戻す過程」を通してインナーチャイルドを育てることができるとされ、これにより過去と決別できるという。 インナーチャイルドを育てる行為は「インナーチャイルドを癒す」とも表現され、「心の傷を癒す」行為も「インナーチャイルドを癒す」と表現される。 アダルトチルドレンの議論において、子どもは「手をかけられ、養育されることを望み、必要とする無力な幼児」であるとされる。 これは近代初期までの子ども観とはまったく異なるものであり、以降の「子どもが純粋無垢であるという理解」と親和的である。 癒されるべき、そして傷つきやすい「インナーチャイルド」が「真の自己」であるというレトリックでは、子どもの無力さと受動性が強調され、実際には存在する子どもの能動的な面、親や環境との相互作用や遺伝的要素は考慮されていない。 モラトリアム期間の出現によるライフコースのずれ [ ] 鹿児島国際大学の安藤究は、信田さよ子らアダルトチルドレン言説を広めた専門家たちが、時間軸上での自分の位置の確認に役立つと述べていることから、期間(脱青年期)の出現によって成人期が後ろ倒しになり、既存の年齢規範と新しいのパターンにずれが生じ、人生における今の自分の位置を確認する社会装置が「機能不全」に陥って、大人になる(青年期から成人期への移行)の際にうまく働かなくなったことが、アダルトチルドレン・ブームの一因ではないかと述べている。 このずれが、若者に「大人なのに大人になれない」不安感を生じさせ、彼らがアダルトチルドレンという言葉に触れた際に、その語感から「大人になれない」自分の問題をそこに重ねる。 社会的・経済的要因で長くなったモラトリアム期間における依存欲求・承認欲求と、アダルトチルドレン言説における低い自尊感情から生じた承認欲求は見た目では区別できないことから、背景が異なるにもかかわらず、自分にもアダルトチルドレンの特徴が当てはまるように見えるため、自分もそうではないかと感じる。 そして、アダルトチルドレンというフレームで過去を振り返り、近代家族という「機能不全家族」で育ったという問題を発見し、自分はアダルトチルドレンだと確信する。 安藤は、こうして治療手段だったアダルトチルドレンの物語は、若者に「自分の物語」として消費され、「真実」化され、社会の中で大量に流通し、ブームになったのではないかと指摘している。 心理学として [ ] アカデミックな心理学に対して、相対的にポップ心理学()の面がある。 医療の範疇に収まらない人生観やモラルにまで踏み込んでいるため、一部の人に強く支持され、ポップカルチャーにまで広がりを見せている。 社会運動として [ ] に、セガ(のちの)は「大人げない性格」を表現する意図で「アダルトチルドレン」と命名されたキャラクターが登場するゲームソフト「」を販売していたが、日本アダルトチルドレン協会(JACA)、アルコール薬物問題全国市民協会(ASK)、アディクション問題を考える会(AKK)がアダルトチルドレンを揶揄するものであると抗議し、セガ側はキャラクター名を「スパイおじさん」に変更し、通信販売サイトでの一時販売停止、一般店頭販売予定日の延期を行った事例がある。 このように、アダルトチルドレン・ムーブメントには、社会運動的な側面もある。 アダルトチルドレン・嗜癖からの回復を目指すムーブメントは、親や社会からの支配・からの解放を目指す面があり、被害者告白文化・カミングアウト文化と呼べる性質がある。 などの文化に共通する面もあり、同じ苦しみを分かち合い語り合うという面で、反運動やカルト2世信者ネットワークにも近い。 霊的な回復を目指す一面もある。 部外者が入っていくのは難しく、マイノリティ尊重という社会の流れもあり、アダルトチルドレン・嗜癖などのカミングアウト文化の社会学的な調査は非常に困難である。 アダルトチルドレンの癒し [ ] 医師の竹村道夫は、アダルトチルドレンの治療は、一般的な個人療法のほか教育的治療、、、、治療ネットワークやの利用などを組み合わせることが重要であり、虐待を受けている、または症状があるような中等度ないし重症例では、自助グループだけでなく専門家の治療を受ける方が安全であると述べている。 しかし、アダルトチルドレンは定義上病気ではないため、医療の対象となる何らかの疾患に当てはまらない場合は医療の枠組みで扱われず、非医療的なアプローチをとらざるを得ない。 生きづらさを抱え、アダルトチルドレンや嗜癖という概念を知った人は、本を読んだり、ネットの情報や掲示板を見たり書き込んだり、こうした見方に詳しいという医師やカウンセラーを訪れたり、自助グループやイベントに参加したりする。 このようにアダルトチルドレンや嗜癖のサブカルチャー世界が成立しているといえ、カウンセリング・セラピー文化の中でその存在感は非常に大きい。 アダルトチルドレン・嗜癖の運動にはグループ体験があり、大まかに次の3つである。 による「言いっぱなし、聞きっぱなしミーティング」• クリニックやセラピストが主催するアダルトチルドレン・嗜癖のためのイベント、ワークショップ、ツアーなど• 一部の私立の精神科開業医院で行われているデイケア、デイナイトケア 「言いっぱなし、聞きっぱなしミーティング」では、参加者が集まって、互いに批評したり質問したりせず、自分の問題を話す。 これは、低い自尊心を持っているかもしれない参加者が安全に語るためのルールであり、基本的に直接の「対話」は起こらないが、間接的なゆるやかな交流はあり得る。 ミーティングの最後ではが唱えられることが多い。 神さま私にお与え下さい 自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを 変えられるものは変えていく勇気を そしてその二つのものを見分ける賢さを また、自助グループでは、アルコール依存症者の自助グループの(AA)のを翻案したプログラムも用いられている。 アダルトチルドレンや嗜癖をテーマにしたイベントでは、「サバイバー(生き残った人)」と名乗る人たちが自らの生き残りのストーリーを語ったり、専門家や作家の講演や対談が行われたりする。 小規模のグループ・ワークショップ、精神科医やセラピストが診断や助言を下すオープン・カウンセリング、やの体験のある海外ツアーなどもある。 などのニューエイジ系セラピーも、ワークショップではよく行われている。 斎藤学は自らの医院で行う「デイナイトケア・プログラム」で、アダルトチルドレンの癒しは次のようなプロセスを踏むべきであると説明している。 アダルトチルドレンは「親教」のを受けている。 斎藤は、「親教」とは子ども時代に取り込み内面化した「インナーマザー(内なる母)」であり、心の成長を阻むものとしている。 親その人そのものではない。 癒されることは魂の問題であり、霊的成長をしなければならない。 家系図を作り、家族・親族の病を再検討する。 心理劇、、などを利用して、トラウマの記憶に直面する。 最後に(力の賦活)をする。 それは「過去において『犠牲者』であった自分の悲惨な物語を、それでも何とか生き延びてきた『英雄』の冒険物語に書き換えること」である。 斎藤は、安全な場所でを得ることで霊的に成長し、人間関係の再構築を図ると述べている。 ただし、斎藤のように「霊的」「」という言葉をアダルトチルドレン言説で使う人は、日本ではあまり多くない。 アダルトチルドレンの言説では、虐待された私も、虐待する私も、いったんありのまま受け入れて楽になるというストーリーがよく見られるが、こうした一般社会とは異なる価値観が見られるのは、セラピー的なグループが、安全な語りのために外界の規範や決まりを一時的に横に置いておく「の真空地帯」として機能するためである。 そのため、共同体や社会に戻る際に困難が生じる場合もある。 回心的側面 [ ] アダルトチルドレンという概念は、生きづらさを抱えた人が、新たなを獲得するためのものである。 自己申告による新たなアイデンティティの獲得は、宗教における的な機能を持つ。 子供観への影響 [ ] ブームを主導した斎藤学らは、アダルトチルドレン論で近代家族にその病理の原因を求め批判したと同時に、無力な子どもを保護・監督する家族の役割の重要さ、その排他的影響力を強調した。 安藤究はその思惑とは逆に、典型的な近代家族への回帰というモーメントが生じ、子どもの成長に影響を与える家族以外の他者の範囲のイメージを狭めたと指摘している。 混乱と課題 [ ] アダルトチルドレンという概念は、本来は自己を認識し語るための実践上のツール、自分自身への理解を深めるための自覚用語であったが、客観的に定義できる概念のように扱われたり、他者のレッテル張りにも使われたりするなど、その語られ方には混乱が見られた。 茨城大学の加藤篤志は、アダルトチルドレンに肯定的な雑誌記事でも、アダルトチルドレンが主観的なものか客観的に定義しうるものか論理水準があいまいなものがあり、「ACは病名でもなければレッテルでもない」という主張を繰り返した斎藤学や信田さよ子といった専門家の言説の中にも、「アダルト・チルドレンと自己を規定する」ことと「アダルト・チルドレンであることを発見する」ことの混同がときどき見られると指摘している。 斎藤は1998年に「『悩んでいる人が手に入れやすい書籍を』と言われ、大手から出版したのが間違いだったかも。 万単位に売れたときの影響まで予想できなかった」と述べ、誤解が蔓延したアダルトチルドレンに換えて「トラウマ・サバイバー」の語を用いると宣言しているが、加藤は「どのような語を用いるにせよ、それが語られる議論の水準に敏感でない限り、同じ問題が繰り返されることになるだろう」と述べている。 アダルトチルドレン批判では、こうした混同がもたらす理論的あるいは実践的な困難が指摘されることが多かった。 医療関係者やマスコミ、知識人が批判を展開し、「何でも親のせいにするな」「流行だから名乗るのか」というようなAC概念をよく知らずにされたものから、の尺度をはかる指標がないなどのに関するものまで批判は多岐にわたった。 日本には、アメリカのような段階を得ずに導入されたため、生きづらさという問題を解決するための出発点であるものをゴールであると考え、「わたしはACなんだから、こういうことはできなくて当たり前」だという開き直りを招いたり、自分は被害者なのだと主張するために乱用したりするなど誤用が起こった。 こうした一種のは、アダルトチルドレン・ブームから派生した糾弾ブームでも繰り返されている。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• それ以前から『子供の愛し方がわからない親たち 児童虐待、何が起こっているか、どうすべきか』(講談社 1992)などでも関連する話題について著作がある。 [ ]• 小池靖は、精神科医とシャーマンの共通性を論じた論文には、精神科医のカリスマ性、クリニックという非日常空間、有名クリニックへの「巡礼」などが共通に論じられており、「遠くから押し寄せる支持者に「託宣」を下し、(心理劇)的空間をつかさどるカリスマ精神科医は、まさに現代のシャーマンである」と述べている。 (小池, 2003)• 竹村道夫はアルコール医療の関係者であり、アダルトチルドレンについて、「『酒害家庭に代表されるような機能不全家庭に育って、そこから何らかのネガティブな影響を受けて大人になった人』というほどの意味合い」で使っていると述べている。 (竹村, 1999)• ただし、井村文音、松下姫歌は論文でアダルトチルドレンの定義を明確にしていない。 出典 [ ]• 大辞林 第三版 コトバンク• 109. デジタル大辞泉 コトバンク• 17-180. , p. 108. 186. 日本メンタルサービス研究所• 185-187. 185-188. , p. 106. , p. 127. 181. , pp. 175-176. 190-191. 126. 武内砂由美 法政大学大原社会問題研究所• 製作責任者:立岩真也 arsvi. com 立命館大学生存研究センター• , p. 190. 127-128. 176-178. 製作責任者:立岩真也• 181-183. 183-185. 190-197. 134. Game Watch ニュース、2001年5月1日• 132. , p. 129. , p. 112. 113-116. , p. 116. , pp. 116-117. 118-119. , pp. 128-129. SYNODOS 2015年7月15日 参考文献 [ ]• Black, Claudia 1982. It Will Never Happen to Me! Children of Alcoholics: As Youngsters - Adolescents - Adults. Medical Administration Co• Reinhold, Margaret 1990. How to Survive in Spite of Your Parents:Coping with hurtful childhood legacies• マーガレット・ラインホルド『』朝長梨枝子 訳、朝日新聞社、1999年。 (1995年の邦訳を改題したもの)• 斎藤学『アダルトチルドレンと家族 心のなかの子どもを癒す』学陽書房、1996年。 信田さよ子『「アダルト・チルドレン」完全理解』三五館、1996年。 西尾和美『アダルトチルドレンと癒し』学陽書房、1997年。 斎藤学『インナーマザーは支配する: 侵入する「お母さん」は危ない』新講社、1998年。 柴田啓文「アダルト・チルドレンをめぐる諸概念の検討」 pdf 『四日市大学論集』第11巻、四日市大学、1998年、 137-149頁、。 加藤篤志「」『茨城大学人文学部紀要 コミュニケーション学科論集』第4巻、茨城大学、1998年、 165-180頁。 長谷川博一『たましいの誕生日-迷えるインナーチャイルドの生きなおしに寄り添う』日本評論社、1999年。 磯野理香「大島弓子少女マンガ論「ダイエット」に描かれたアダルト・チルドレン」 pdf 『梅花児童文学』第10巻、梅花女子大学、2002年、 135-149頁、。 小池靖、田邉信太郎・(編)、2002、「文化としてのアダルトチルドレン・アディクション・共依存」、『つながりの中の癒し セラピー文化の展開』、専修大学出版局• 安藤究、(編)、2003、「アダルト・チルドレン言説の「意図せざる結果」」、『子ども論を読む』、世界思想社• 塚原貴子、新山悦子、笹野友寿「アダルト・チルドレン特性と対人関係でのストレスの自覚の程度との関係 : 看護学生と他学科学生との比較」 pdf 『川崎医療福祉学会誌』第15巻第1号、2005年、 95-101頁、。 岩波明『狂気の偽装 精神科医の臨床報告』新潮社、2006年。 諸井克英「家族機能認知とアダルトチルドレン傾向」 pdf 『同志社女子大學學術研究年報』第58巻、同志社女子大学、2007年、 85-92頁、。 森川友子「現代日本における被害者像の変遷に関する一考察」 pdf 『九州産業大学国際文化学部紀要』第35巻、九州産業大学、2006年、 1-13頁、。 井村文音、松下姫歌「サブシステムに着目した家族機能とアダルトチルドレン傾向との関連について」 pdf 『広島大学大学院心理臨床教育研究センター紀要』第10号、2011年、 21-34頁、。 関連項目 [ ]• :アルコール問題家庭とその他の機能不全家族で育った人のための支援組織• 外部リンク [ ]•

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アダルトチルドレンの7種類のタイプって何?

アダルト チルドレン

比較的早くから家族内の問題に批判的な分析をしようとしたのは、フェミニズムの立場からでした。 社会的に女性の立場が低い時代が続き、それは家族内での母親役割にも大きな影響を与えている状況があったのです。 強者として支配者的に振る舞う父親と弱者として従属する母親という構図は、家族内での身体的、心理的暴力に発展するケースが多くありました。 その状態を目撃する子どもは心理的に安定して育つことが難しいといった状況があります。 この問題は過去の問題ではありません。 昔ほど露骨ではないかもしれませんが、現代においても深刻な問題といえます。 現代は暴力よりも心理的な傷を負うような追い詰め方が多いかもしれません。 暴力にせよ心理的虐待にしても、そのような家族の中では、母親は過度に過保護になったり逆に無関心になったりします。 特にしつけとして教え込まれた事柄に関しては、子どもは大人になってもその教えを覚えているものです。 そしてその子どもが大人になり親になったとき、同じしつけを子どもにする可能性が非常に高いです。 こうして、しつけという名で歪んだ価値観の連鎖がおこるのです。 また父親(母親)の存在が極端に薄い場合もあります。 仕事でいつも家にいない、不倫問題が生じている、両親が常に不仲といった状況で、子どもは親にその役割を期待できません。 機能不全家族を深刻にするのは家族の持つ 『密室性』という性質です。 「家族のことは自分たちで解決する」「家族のことを他人に口出しされたくない」といった意識がはたらきます。 また第3者の介入が少なく、どのような状態が健全で、どのような状態が機能不全なのか、家族構成員は 気がつけないことが多いのです。 アダルトチルドレンである本人自身も、家族から出るまで「何か変だ」ということに気が付かずに成長していくことになります。 このような状態の家族の中で成長すると、自分自身や他者や自分が生きる世界に対して 歪んだ価値観を持つようになります。 アダルトチルドレンの方の多くは大人になってから「あれ?なんだか周りと自分は違うな」「なんだかうまくいかないな」と違和感を感じることから、自分がACであることに気がつくことが多いようです。 子どもにとって家族とは最初の 『社会』となります。 人との関係構築の方法や、人から見た自分自身という価値観、自分の周りの世界が自分にとってどんなものか、女性とは?男性とは?といった性的価値観など、家族の中で様々なことを学びます。 生きていくうえで重要な知識の基礎を家族から得るといっても過言ではありません。 その家族が機能不全であった場合、当然生きていくうえで必要な基礎的な価値観が歪んでしまうことは言うまでもありません。 結果自分を否定的に捉えていたり、不安感を強く感じやすかったり、警戒心が強かったりと無意識的に様々な影響が出ます。 実生活の中では人間関係や仕事などでうまくいかなくなることが多くでてくることになります。 ACは子ども時代に家族の中で、様々なタイプを 演じることで家族や親を支えようとします。 家族の不完全な部分を子どもが補おうと無意識に演じるのです。 子ども時代に演じていたタイプが大人になっても残り、それが生きづらさとして感じていくことになります。 いわゆる 優等生タイプです。 家族や周囲の期待に一心に応えようとします。 例えば勉強でいい成績をとる、運動を頑張るなどで功績を得るため努力をします。 その功績によって家族に希望をもたらそうとするのです。 家族の中で踏ん張って頑張る存在で、別の言い方では 『小さな大人』『小さな保護者』など子どもだけど大人と同じ働きを期待される子どもともとれます。 ACのヒーロータイプの特徴は 『完璧主義』というところにあります。 自分の能力以上のことを自分に課して頑張ろうとし、できない自分を責めます。 家族の中では 『頼りになる存在』『完璧な人』『頑張り屋さん』として映りますが、当の本人は責任感や予期不安(できなかったらどうしよう?という不安)にいつも押しつぶされそうだったりします。 それでも心配をかけないように、笑顔で強気でいてしまったりするのです。 そうすると「できない」「わからない」「助けて」が言えなくなっていきます。 また上手に甘えられる人や簡単に諦めてしまう(ように見える)人のことが許せなくなったりします。 ACのヒーロータイプが強く影響を受けるのは、親のしつけの中でよく出てくる 『禁止』と『ねばならない思考』です。 『禁止』は例えば「絶対に〇〇してはならない」といった考え方で、『ねばらならない思考』は例えば「〇〇は確実にせねばならない」といった考え方です。 親のしつけに強くこの思考があると、そのうち自分自身の行動をこの考え方でコントロールしようとします。 結果的にヒーロータイプになってしまうのですね。 ACのスケープゴートは別名 『生贄(いけにえ)』ともよばれます。 家族の中で自分を犠牲にして耐えることで、家族を機能させようとします。 ACのヒーロータイプは親や家族にとって良いことをすることで認められようとしますが、このスケープゴートは逆で、冤罪だとしても家族の中の悪者役や良くないことを引き受けることでその役割を演じようとします。 あえて自分が悪者となることで、家族の結束を高めようとするのです。 また親の気持ちのはけ口になろうとする傾向も強くあります。 精神的に未成熟な状態の親の場合、子どもに八つ当たりをしたり、不当な仕打ちをしたりといったことが起きます。 そんな親に対して反感を感じながらも、あえてその辛い役割を引き受けるのです。 親のサンドバックにあえてなるようなものですね。 そんな環境の中で育ったACのスケープゴートタイプは、自分の周囲の人間や世界に対して「どうせ自分なんて愛されない」「いつ裏切られるかわからない」といった強い猜疑心(さいぎしん)を抱いています。 また自分自身に対しても「自分が何をしてもうまくいかない」「自分が全て悪い」「自分のせいだ・・」と自己否定感を強く感じる傾向にあります。 そのため周囲の人たちから見たスケープゴートタイプは 『かわいそうな人』『哀れな人』といった印象を持たれる場合と、 『問題児』『トラブルメーカー』『嫌われ者』といった印象を持たれる場合があります。 また常に罰を受け続けていないと落ち着かないため、自分で自分を傷つける自傷行為や、自暴自棄から依存症などに陥ってしまいがちな傾向も強くあります。 ACのロストチャイルドは別名 『ロストワン』ともよばれ、 『いない子』『迷子』といった意味があります。 非常に存在感が薄く集団の中でも 目立たないタイプといえます。 ACのロストチャイルドタイプはとにかく波風をたてず、静かにしておくことで家族の平和を保とうとしてきたタイプです。 ロストチャイルドは「迷惑をかけてはいけない!」「我慢しなければ!」と徹底的に自分を殺すことで、周囲から注目されないようにします。 そのため、周囲からの注目や波風をたててしまうことを何よりも恐れます。 ACの中でもロストチャイルドタイプは周囲からは 『おとなしい子』『目立たない』『印象の薄い』『考えていることがわからない』といった印象を抱かれやすいです。 なぜなら、ロストチャイルドタイプは本当の自分を表に出さずとにかく存在を消し周囲の負担を軽くすることで、存在価値を確立しようとするからです。 存在感の薄さがロストチャイルドタイプの大きな特徴といえます。 しかし最初からロストチャイルドタイプであったわけではなく、生まれ育った家庭環境の中で感情表現や意思表示をしたことを、親や家族から徹底的に抑圧されてきた背景があることが多くあります。 その環境の中で生きていくためには、自分の存在をとにかく消して自分の身を守るしか術がなかったといえます。 ACのロストチャイルドタイプは目立ちこそしませんが、非常に空気を読むのがうまいといった特徴があります。 反面会話などでの感情表現が非常に苦手なところも特徴です。 逆にロストチャイルドタイプは絵や音楽など、言葉ではないもので感情を表現する芸術的センスに長けていることがあります。 ロストチャイルドタイプの人は、とにかく自分のペースで1人で静かにしていることで落ち着く傾向にあります。 アダルトチルドレンの中でもロストチャイルドタイプは今までの背景から「自分のことなんてわかってもらえない」「本当の自分を出すと嫌われる」といった、本当の自分を隠そうとしてしまう苦しみを抱えています。 そのため相手が根気強く「自分が何か表現するまで待ってくれる」という、自分のペースを乱さず合わせてくれるという保証があると安心できます。 ACのピエロタイプは別名 『マスコット』ともよばれ、家族の中でおどけもの役をかってでます。 自分の気持ちを後回しにしてでも、いつも笑顔でいたり人を笑わせることで家族の平和を守ろうとするのです。 まさに家族のマスコット的な存在となることで、家族のメンバーの気持ちの平穏を保とうとするわけです。 ACのピエロタイプは家族の中の殺伐として雰囲気や、冷たさといった不安定な空気感に非常に敏感で、常に恐れを抱いています。 大きくなっても周囲の輪や、集団の空気感を常に気にしています。 少しでも不穏な空気を感じ取ると自ら周囲を笑わせることで、いつも明るく平和的な空気感を保とうとします。 そのため周囲は 『いい人』『人気者』『面白い人』『愛されキャラ』などといった印象を感じ、マスコット的な存在として認知します。 ACのピエロタイプは一見いつもニコニコしていて、悩み事などなさそうに見えますが、内面では不安や悲しみ、孤独、怒りなど負の感情を溜め込んでいます。 しかしその感情には蓋をして目を背け、ピエロの仮面をかぶることでその役割を担うのです。 ACのケアティカーは別名 『リトルナース』ともよばれます。 『世話をする人』『面倒を見る人』という意味で、家族の中で献身的に家族のサポートに回るタイプです。 献身的で忍耐強いことが特徴的で、反面自己主張が苦手であったり、自分自身には自信がないパターンが多いです。 献身的に誰かの世話を焼くことで自分の存在意義を感じるため、常に世話をする誰かを求め依存する傾向があります。 そのため周囲からは 『おせっかいな人』『過干渉な人』といった印象を受けがちです。 ケアティカータイプが親や恋人になると、なんでもしてあげてしまう為相手の自立の機会を奪うことになりがちです。 そして益々ケアティカータイプは世話をやき、その関係性から抜け出せなくなっていきます。 アダルトチルドレンの中でもケアティカータイプは、DVや依存症の問題が家族の中にある場合、その問題を終結させる方向に動くのではなく却って問題を助長させてしまうこともあります。 一見献身的でなんでも言うことを聞いてくれる存在ですが、その背景には自分の存在価値を感じるために身を捧げる相手が必要というケアティカータイプの心理があります。 そのためどんな相手にもとことん尽くしてしまうということになりがちなのです。 私が育った家庭は常に不穏な空気が流れていました。 家族の中で常に誰かと誰かが口論している環境で、家の中は落ち着ける場所ではありませんでした。 特に母親は私に対してしつけとして厳しく当たり、精神的に追い詰められることが多くありました。 完璧主義の母親は少しの失敗でも私を厳しく叱責し、常に私の容姿や能力を卑下し続けました。 今思えば両親の関係も常に悪く、母親はとにかく何かアラを探して、誰かに八つ当たりをしたかったのだと思います。 成人してからも母親の支配は続きました。 あまりにも罵倒され続けた私は自分の外見や能力に対して自信がもてなくなり、一時期は自殺も考えたことがあります。 人の愛情も信じることができず、優しくされても疑ってしまいます。 アダルトチルドレンを自分で治すことができるのでしょうか。 答えは 『努力すれば自分で治すことができる!』です。 アダルトチルドレンを克服するためには、まず自分がどのような状態であるかを認識することが必要です。 強い不安感、怒り、悲しみなどふとした時に様々な感情が発生します。 また他の人はそこまで強く反応しないようなことも、自分だけ強く反応してしまうことがあったりします。 うまく感情がコントロールできないのはどんな時でしょうか。 その時どんなことを考えているでしょうか。 その時の 状況、人、出来事が自分を知る手がかりとなります。 そしてそのような思考、感情となるまでには 過去、どんな体験があったでしょうか。 アダルトチルドレンにとって、幼少期から当たり前にしてきた行動や思考ですが、それこそが苦しみの根源です。 これらを知ることがアダルトチルドレンを自分で治すための一歩になります。 また親からの しつけは子どもにとって絶対的な価値観となりがちです。 「〇〇してはいけない」「〇〇すべき」といった考え方がしつけによって植え付けられてしまうのです。 親のいいつけを守ることで必死で親に気に入られようとするのです。 そのしつけの内容が子どもの存在を否定するようなものであると、自分の存在を親から植え付けられた価値観で認識するようになってしまいます。 そのため 大人になっても親のしつけの影響を受け続けることになります。 しつけや親のことばによって植え付けられた価値観が、今の自分の価値観に影響を与えていないかを知るためにも親との関係をしっかり認識する必要があります。 アダルトチルドレンを克服するためにも、親との関係を今一度捉え直してみましょう。 スーザン・フォワード 著 講談社 2001-10-18 アダルトチルドレン関連の本の中では非常に有名な本です。 アダルトチルドレンを克服したい方は読むと非常に勉強になると思います。 アダルトチルドレンを育てる親はどんな親なのか、虐待の種類なのかなどアダルトチルドレンが育つ環境について詳しく説明されています。 そしてタイプによって克服方法や克服のための考え方などがわかりやすく書かれています。 アダルトチルドレンを自分で治すことに成功し、克服するためには、自分がどのタイプのアダルトチルドレンとなるのかを把握する必要があります。 この本を読むと自分のアダルトチルドレンのタイプや原因がよく理解でき、すっきりできるはずです。 自分で治すことが難しいと感じた場合は、プロであるカウンセラーの元でカウンセリングを受け、アダルトチルドレンを克服するというのも一つの方法です。 カウンセリングの中で心理カウンセラーにしっかりと話しを聞いてもらい、自分の過去についてしっかり受け入れ、克服へ向けて進んでいきましょう。 またカウンセリングの中でワークなどを行うことで、より早く適切にアダルトチルドレンを克服するプロセスを踏んでいくことが可能です。 カウンセリングの利点は、 限られた時間の中で秘密が守れた安全な環境で行われることです。 今も家族と同居している人で、家の中で安心して本を読んだり、書いたりといったことができない人にとってはカウンセリングで克服することはとても有効だと思います。 自分で治すためには、 自分で自分の状態を把握する必要があります。 しかしトラウマ体験が深刻なほど、自分自身のことを客観視することは難しくなります。 また少し間違うとフラッシュバックを起こしてパニックになるなどの危険性もあります。 アダルトチルドレン専門のカウンセラーなどもいるため、危険性を感じたら迷わず専門家に頼り、カウンセリングを受けてみましょう。 アダルトチルドレンの克服への道のりも、先導してくれる人がいると少し安心して歩むことができそうですよね。 アダルトチルドレンは病気ではありません。 幼少期からの体験で得てきた価値観からくる精神状態です。 ですので風邪のように薬で治るものではありません。 自分で自分の 思考パターンや価値観を修正していくことで克服へと向かっていきます。 アダルトチルドレンが育つ背景には機能不全家族があると説明してきましたが、現代ではどの家庭も多かれ少なかれ機能不全を抱えているものです。 どんな人でも多かれ少なかれアダルトチルドレン的な要素を抱えていたりします。 しかし社会生活の中で困るほどのアダルトチルドレンであれば、やはり克服したほうが幸せに生きていくことができます。 アダルトチルドレンであるということに気が付かず、そのままの価値観や思考パターンを繰り返しているといつかは 限界がやってきます。 そしてつらい状態のまま克服できずにいると、二次的にうつ病や依存症などの精神疾患にかかってしまうことになります。 アダルトチルドレンを克服しないと、二次的に精神疾患のリスクが高まるといえるのです。 そうならないためにもアダルトチルドレンであることを自覚したら、克服する方法を考えることが必要となります。

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