田代 眞人。 岡田晴恵 不倫相手は誰? 田代眞人の経歴や顔画像が判明!?

教員紹介|教育学部|学部・大学院|白鴎大学

田代 眞人

風の匂いとか、水のせせらぎとか、名物の味とか、五感を通してのみ得ることができる、その土地の雰囲気としか言いようのないものがあるのである。 もっと言うと、その土地が独自に持っている根源的な力がそこには横たわっていると思う。 このたび拙著(岩波書店)を刊行した。 同書では、一般的に池というものが人の心を慰安する存在であること、不忍池が時代を追うにつれて、江戸的情緒を醸し出す名所から文明開化を象徴する場所へと変化したこと、しかし蓮が名物だという伝統的な美意識は継続していること、などを論じた。 そのこと自体興味深いし、広く知っていただけたら、とてもうれしい。 しかし冒頭に記したように、やはりその土地に行ってみないとわからないことがある。 その際大事なのは、すでに知識があった上で現地を体感してこそ理解が深まるということだ。 特に不忍池のように歴史と文化が豊かな所なら、なおさらである。 予備知識を蓄えた上で、実際にこの池を訪れて、清水観音堂からの眺望、弁天堂のたたずまい、ボートからの四方の光景、隣接する動物園の雰囲気など、感じていただけたら、著者としてこの上なくありがたい。 ちょうど今頃は渡り鳥がたくさん来ていることだろう。 場合によっては、広重が「名所江戸百景」で描いた雪景色を鑑賞できるかもしれない。 いずれもが、一〇〇年前の災厄が忘れ去られている現状を憂慮し、その教訓を生かして、いつか必ず起こる人類存亡のインフルエンザ危機に備えて、地球全体で準備・対応することの必要性を警告している。 一九一八-一九年のスペイン・インフルエンザの世界大流行(パンデミック)では、当時の世界人口約二〇憶人の三分の一が感染発症し、二千万-五千万人が死亡したと推計されている(中国、アフリカなどを含めると一億人との推定もある)。 犠牲者の多くが青壮年であった。 さまざまな資料や文献にも、世界中で起こった悲惨な実態と社会機能の停滞・破綻が数多く記録されている。 最近、ようやく旧植民地や低開発地域における被害の実態も明らかにされてきた。 一九一八年初春に米国カンザス州の新兵訓練所で、季節遅れのインフルエンザ流行により多数の兵士が入院した。 その後、各地へ拡大したが、症状や致死率は通常の季節性インフルエンザと大差なく、とくに注目されなかった。 一九一四年に始まった第一次世界大戦に途中から参戦した米国は、一八年春から多数の兵士を欧州へ派遣したが、それに伴って流行は欧州へ、さらに世界各地へ広がった。 前線の塹壕から毎日大勢の患者が後方へ移送されて戦力は低下し、後方の市民にも流行が拡大した。 しかし一般に健康被害は軽く、パンデミックの先ぶれである第一波の流行は八月までに終息した。 ところが九月、インフルエンザが再出現した。 この第二波は激烈で、三カ月のうちに欧州から全世界へと拡大し、壊滅的な大流行を起こした。 生存患者の多くも二次性の細菌性肺炎で死亡した。 原因も予防・治療法も不明であった。 医療体制は崩壊し、葬儀や埋葬も間に合わず、社会機能は破綻した。 そして多くの孤児が残された。 膠着状態に陥った世界大戦の最終局面で両陣営の戦力は激減し、パリに迫る西部戦線では、ロシア戦線から戦力を転用したドイツ軍の最終突撃は中止された。 それがドイツ降伏(一九一八年一一月)の原因ともいわれる。 第一次大戦の戦死者一千万人に対して、参戦国におけるスペイン・インフルエンザの死亡者はそれ以上、重症患者はさらに膨大な数に上り、総動員体制下での社会・生活基盤にも大きな影響が出た。 政府による報道管制にもかかわらず、国民の戦意は低下し、厭戦気分が広がった。 休戦後の一九一九年にも第三波が追い打ちをかけ、流行規模は減少したが死亡数はさらに増加した。 命をとりとめたウィルソン大統領は精神神経症状を呈して思考・意欲が低下し、病床でフランスによる強硬な講和条約案に無気力の状態でサインしたと伝えられている。 スペイン・インフルエンザの結果、労働人口不足で戦後の経済復興が遅れ、膨大な賠償金でドイツ経済は破綻し、世界はその後の大恐慌を克服できずに不安定化し、ファシズムの台頭と第二次世界大戦への伏線が敷かれたと指摘されている。 アウシュビッツをはじめとするナチス・ドイツの絶滅収容所や沖縄、広島・長崎などの惨事や、戦後から現在に至る多くの国際問題も、その延長線上にあるのだろう。 このように、一〇〇年前のパンデミックは、中世ヨーロッパの終焉を導いたペスト大流行と並んで、歴史に大きな影響を与えた感染症である。 しかしその記憶は視覚に強く残る多くの事件に隠され、貴重な教訓が感染症大流行への準備・対策に生かされることはなかった。 スペイン・インフルエンザの原因は何だったのか。 いつどこから来たのか。 なぜ大きな流行が起こり、病原性が高まって若い人に健康被害をもたらしたのか。 今後、再出現する可能性はあるのか。 予防や対策をどうすればよいのか。 多くの疑問が提起されてきた。 専門家にとってはこれらに対する回答を探ることが大きな課題となった。 スペイン・インフルエンザ流行当時は、ロベルト・コッホを頂点とする近代細菌学の全盛期で、インフルエンザの病原体はインフルエンザ菌という細菌であると信じられており、これに対するワクチンも開発された。 日本でもコッホの高弟の北里柴三郎らはこの説を支持し、対立する帝大学派は異論を唱えていた。 インフルエンザの病原体がウイルスであることは、一九三〇年代になって英米の研究者が初めて証明し、それに基づいて近年の研究発展がなされたと、一般には認識されている。 しかし、スペイン・インフルエンザ流行当時、山内保ら三人の日本人研究者が、スペイン・インフルエンザの病原体は細菌ではなく、ウイルスであることを証明し、英国の医学雑誌"Lancet"に発表していた。 被検者への感染実験など、現在では問題のある研究方法もあり、長く無視されていたが、最近、世界的に再評価されつつある。 詳細は、山内一也先生が岩波書店の雑誌『科学』(二〇一一年八月号、八〇七頁)に書かれている。 この一〇〇年間の研究によって、インフルエンザウイルスはヒト以外にもブタ、ウマ、鳥類などで伝播・維持される人獣共通感染症であることがわかった。 そして、すべてのインフルエンザウイルスは、カモなどの渡り鳥がもつ鳥インフルエンザウイルスに由来していること、これらのウイルスは激しい遺伝子変異を繰り返し、さらに異なるウイルス間での遺伝子の交換によって、頻繁に性状を変化させていること、そして、これらの変異ウイルスの中からスペイン・インフルエンザなどのヒトの新型インフルエンザが出現することが明らかになった。 近年、鳥やヒト、動物での感染・伝播・病原性を規定するウイルス側と宿主側の遺伝子の解明が進み、スペイン・インフルエンザを含むさまざまなウイルスの正体が分子レベルで明らかにされてきた。 特筆すべきは、一〇〇年前の犠牲者(病理解剖後の保存臓器および永久凍土に埋葬されていた凍結遺体)からウイルス遺伝子を回収し、その全塩基配列(遺伝情報)を決定したトーベンバーガーらの偉業である。 さらに、東京大学医科学研究所の河岡義裕教授らは、その遺伝情報に基づいて生きたスペイン・インフルエンザウイルスを再構成し、強い病原性の原因を示した。 しかし、スペイン・インフルエンザの起源、第二波が強毒化した場所と機序、第三波のあとに弱毒化した理由などは、各時期のウイルス遺伝情報がすべて得られない限り未解明のままである。 一方、ウイルスの性状が解明された結果、診断方法、ワクチンや抗ウイルス剤の開発が進み、細菌性肺炎の合併に対する抗生物質の導入などの医療の進歩と相まって、現在の状況は一〇〇年前とは別世界である。 しかし、それらの活用は政策次第であり、地球環境・生活様式の変化を考慮すると、決して楽観視はできない。 流行予知とリスク評価は依然、大きな課題である。 この一月、前記の研究のほとんどの局面で世界を牽引・指導してきた世界的インフルエンザ研究者R・G・ウェブスター博士の自伝的著書が、として、総勢一三人のウイルス学者の翻訳によって岩波書店から出版された(田代・河岡監訳)。 スペイン・インフルエンザに関する疑問の解明を目指し、常に世界各地の第一線に身を置いて経験してきた、成功と失敗に関する回想と教訓である。 インディー・ジョーンズ顔負けの科学冒険物語の中に、インフルエンザ研究の全体の足取りと、誰も予想しなかった自然界でのインフルエンザウイルスの驚異的な存在様式、将来への教訓と問題提起が平易に述べられている。 現在、H5とH7亜型の鳥インフルエンザウイルスがヒトでも大きな健康被害を起こし、パンデミックの出現が懸念されている。 博士はこれまでの知見に基づき、スペイン・インフルエンザを超える最悪のパンデミックの発生は時間の問題であり、これに対して十分な事前準備の必要を説いている。 感染症専門家はもちろん、一般読者や将来研究者・医療従事者を目指す若い人にもぜひ読んでもらいたい。 日本でも一九一八-二〇(大正七-九)年に、スペイン・インフルエンザによる甚大な健康被害(当時の内地の人口五五〇〇万人のうち四五万人が死亡)と、市民生活・社会機能に大きな影響が生じたが、その実態が解明されぬまま記憶が薄れている。 大正デモクラシーの楽観的な社会の雰囲気と、逆に昭和前期の軍事優先の流れによって、国民の士気を削ぐような健康被害と社会的影響は過小評価され意図的に隠された。 さらに映像に残る関東大震災の強烈な記憶の陰で、その五倍もの死者を出したスペイン・インフルエンザの惨劇は忘れ去られた。 著者の速水先生は、日本がスペイン・インフルエンザからほとんど何も学んでこなかったことを教訓として、その実態を解明し、今後必ず起こるパンデミックの災厄を「減災」するための事前準備と緊急対応の確立を強調している。 研究者には有効な対応手段の開発が喫緊の課題であり、行政には市民生活を維持するための行動計画を立て、実施可能に準備しておく責任がある。 しかし、現在の科学・技術と行政能力には限界があり、被害ゼロはあり得ない。 各自は、想定される最悪の事態における最善の対応方法と、自分はどのように行動すべきかを考え、普段から準備しておくことが必要である。

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【文春砲】岡田晴恵がデータ捏造?上司の田代眞人と不倫パワハラの噂も

田代 眞人

教員氏名 岡田 晴恵(オカダ ハルエ) 職名 教授 最終学歴・学位 共立薬科大学大学院薬学研究科前期 薬学修士 順天堂大学大学院医学研究科後期中退 医学博士 専門分野 感染症学、公衆衛生学、児童文学 学協会活動 日本公衆衛生学会、日本ペンクラブ、日本児童文学者協会 【主な著書・論文等】 1.HIV-1 Nef protein-induced apoptotic cytolysis of a broad spectrum of uninfected human blood cells independently of CD95 Fas Okada,H. , Takei R. , Tashiro M. FEBS Letter. , Takei R. , Tashiro M. , Takei,R. and Tashiro,M. FEBS Letter 422, 363-367, 1998 4.HIV-1 Nef binding protein expressed on the surface of murine blood cells Okada,H. , Morikawa,S. and Tashiro,M. Med. Microbiol. Immunol. 186, 201-207, 1998 5.Determination of pantropism of the F1-R mutant of Sendai virus: specific mutations involved are in the F and M genes Okada,H. , Seto,J. , McQueen,N. , Klenk,H. , Rott,R. and Tashiro,M. Arch. Virol. 11 9.感染症とたたかった科学者たち 岡田晴恵著 岩崎書店 2013. 10 10.エボラVS人類 終わりなき闘い 岡田晴恵著 PHP新書 2014.12 11.学校の感染症対策 岡田晴恵著 東山書房 2015.1 12.病いと癒しの人間史 岡田晴恵著 日本評論社 2015.10 13.感染症キャラクター図鑑 岡田晴恵著 日本図書センター 2016.1 14.知っておくべき感染症 21世紀型パンデミックに備える 岡田晴恵著 ちくま新書 【問題関心】 微小なウイルスや細菌などの病原体の動態、流行が、その時の社会や政治、文化に与えた影響についても、私たちの認識はどこかあやふやである。 たとえば、中世ヨーロッパ社会に壊滅的な打撃を与えたペストについても、なぜ始まり、どのように終わったかについて、はっきりとした結論が出ている訳ではない。 では、人類はその見えない恐怖にどう対処してきたのであろうか。 人類史を動かした感染症の歴史から、現代の人口過密、高速大量輸送時代の社会での感染症対策を研究している。 学校は感染症が流行しやすい場所である。 生徒や児童に感染症を正しく理解してもらい、予防の習慣を身に着けてもらうことは大切である。 うつる病気の絵本や感染症をテーマにした小説などの児童文学を通じて、感染症の理解を広めることを模索している。 また、学校保健安全法に則り、学校で予防すべき感染症について理解し適切な対応がとれるような感染症に強い教師を目指した「学校の感染症対策」の専門特講を2015年度に開講する。 【現在の研究テーマ】 ここ半世紀、世界人口は激増、人口密度も過密となった。 さらに、高速大量輸送時代に突入し、過去には風土病で留まって感染症も、SARSの例にあるように瞬く間にパンデミック(世界的大流行)となる場合もある。 このような新興再興感染症の出現にどう対応するのか。 被害を最小限度にとどめるための政策を具体的対策を研究し、立案提言している。 感染症をテーマにした絵本や小説を創作し、また、それを一歩進めて、その読み書きせや映像化などを通して、感染症の理解を効率よく正確に広めることを思考し、研究、実践している。 「学校の感染症対策」について、具体的に教育現場で実践できる行動計画の作成を行っている。 また、学校感染症への理解を持ち、適切な対応をとれる教師を目指した健康教育プログラムを考えている。 【学生へのメッセージ】 感染症の予防や感染してしまったときの適切な対処は、健康を守って生きていく上で大切な知識です。 日本ではあまり問題とされない伝染病も、ひとたび海外に出た時には、すぐに直面するリスクとなる場合もあります。 感染症やその予防について興味を持っていただけたら、幸いです。 【担当主要科目】 生物学A・B、教養特講 病と癒しの人間史 、専門特講 学校感染症の対処法 、ゼミナール、卒業研究.

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【文春砲】岡田晴恵がデータ捏造?上司の田代眞人と不倫パワハラの噂も

田代 眞人

今世紀になり次々と出現してきた動物由来ウイルスによる人への偶発的な感染・伝播事例と、致死率の高い新興感染症の発生・拡大が各地から報告されている。 特に、2003年の新型コロナウイルスによる重症急性呼吸器症候群(SARS)とその後の高病原性(強毒性)のH5N1型鳥インフルエンザ、2012年の新たなコロナウイルスによる中東呼吸器症候群(MERS)、さらに2013年からの低病原性(弱毒性)のH7N9型鳥インフルエンザでは世界的大流行(パンデミック)への進展が危惧された。 我々は、2013 年後半までの状況を背景に、を岩波書店から出版し、科学的解析結果に基づいて、懸念される新型ウイルスによるパンデミックの危機と、それへの危機管理体制の確立(事前準備と緊急対応計画の策定とその実施)の必要性を提起した。 それから6年が経ち、2019年末に新たに出現したSARS類似の新型コロナウイルスによるCOVID-19パンデミックが起こり、世界は大きな健康被害と甚大な社会・経済的な影響を被っている。 6年前に懸念していたパンデミック発生時の混乱した事態を目のあたりにして、当時提起した危機管理体制の確立がほとんど実施されていないことが明白となり、非常に残念な思いである。 一方、7年前にパンデミック発生が懸念されていた上記のウイルスは未だパンデミックを起こしていない。 では、その後状況はどう変化したのか。 本稿では、これらの推移を概説し、今回のパンデミックで露呈した感染症危機管理体制の不備と準備不足の背景について述べ、今後の感染症対策再構築への更なる警鐘としたい。 1.香港でのH5N1型強毒性鳥インフルエンザ 1997年香港で流行したH5N1型強毒性鳥インフルエンザは、18名の重症肺炎患者と6名の死者を出して終息したが、ヒト型に変化した強毒性インフルエンザウイルスによるパンデミックが危惧された最初の事例であった。 WHOを中心に各国は鳥インフルエンザの流行監視体制の構築や事前準備・対応計画の検討を始めたが、小中学生へのインフルエンザワクチン集団接種を中止後のわが国では、インフルエンザが軽視されて対応は鈍かった。 2.重症急性呼吸器症候群(SARS) 2002年末から翌年にかけて中国南部を起点とする新型コロナウイルスによる急性呼吸器症候群(SARS)が流行した。 コウモリのコロナウイルスに遺伝子変異が生じ、ハクビシンなどの野生動物を介して人の世界に侵入したと推定されている。 このウイルスは重症肺炎を起こした。 香港に侵入したウイルスは短期間に世界各地へ拡散し、パンデミックの危機が高まった。 そこで、発症者を早期に発見して隔離することで、短期間に感染の封じ込めに成功して、パンデミックの危機は回避された。 感染患者8427名と死亡813名(致死率10%)が出た後に、危惧された再流行は起こっていない。 SARSの教訓は、中国による初動対応の不備と感染流行情報が迅速に共有されなかったために、短期間に世界各国に流行が拡大し、大きな健康被害と社会・経済活動への影響が生じたことであった。 SARSの被害を受けた香港、中国、台湾、ベトナム、シンガポール、カナダ、米国などは、国(地域)の安全保障政策として、パンデミック対応準備を進めた。 今回の新型コロナウイルスの流行に際し、健康被害を最小に抑え、早期封じ込めに成功したこれらの国々と地域は、SARSの教訓から多くを学んだのだ。 一方米国は、当時は世界をリードしてパンデミック準備を進めたが、数年前から後ろ向きの経過をたどり、今回の新型コロナウイルス流行ではSARSの教訓は生かされなかった。 これに対して日本では、当時、一時的に緊張する事態もあったが、感染患者の発生はゼロに終始し、世界的に「奇跡」といわれている。 その後も少数の研究者が、SARSや関連ウイルスの再出現に備えた地味な研究を続けていたが、行政による特別な対応が執られることは無く、SARSの貴重な教訓も忘れ去られた。 3.中東呼吸器症候群(MERS) 2012年に、サウジアラビアを中心とする中東地域で、SARSウイルスに近縁な新たなコロナウイルスによる中東呼吸器症候群(MERS)が流行し、ヨーロッパにも波及した。 コウモリ由来のウイルスがヒトコブラクダに不顕性感染して土着し、ラクダに接触した人が重症肺炎を発症する。 毎年散発的な小流行を繰り返しており、現在までに2493人の感染患者と858人の死亡(致死率34. 毎年何百万人ものイスラム教徒のメッカへの聖地巡礼を制限して、世界各地への伝播とパンデミック出現が防がれている状況にある。 2015年5月に中東から韓国に帰国した感染者が持ち込んだMERSコロナウイルスが、韓国各地に広がった。 当初は診断がつかず、患者が複数の医療機関を「はしご受診」したために、多くの医療機関へ波及し、ソウルの大病院で院内感染が拡大した。 186名の患者と38名の死亡(致死率20%)が出たが、厳しい封じ込めによって市中感染には進展せず、年末には終息して、懸念されたパンデミックは回避された。 これを教訓として、韓国では、感染症対策・パンデミック対策(早期拡大PCR検査による陽性者の早期隔離、地域封鎖、渡航・入国制限など)などの幅広い危機管理体制を構築した。 今回のCOVID-19パンデミックにおいては、韓国は流行拡大と重症化・死亡例の抑制に成功したと評価されている。 日本では、厚労省を中心に事前対応が検討されたが、またしても「奇跡的」にMERSの侵入は無かったので、韓国の教訓を得ることも無く、忘れ去られてしまった。 4. H5N1型強毒性鳥インフルエンザ 1997年に香港で流行したH5N1型強毒性鳥インフルエンザは、翌年初旬には終息したが、その起源や香港への伝播・侵入経路は不明であった。 2003年前半のSARS流行が終息した後、冬季での再出現が懸念されて、香港を中心に早期検知するための監視が強化された。 2003年晩秋に、中国南部への帰省から戻った香港の家族内で重症肺炎の集団発生が起こった。 それはSARSではなく、H5N1型強毒性鳥インフルエンザの再出現だった。 膨大な家禽を斃死させる鳥インフルエンザは、ベトナム、インドネシア、韓国、日本などにも拡大し、さらに中国奥地から南シベリア、インド、中東、ヨーロッパ、北アフリカへと広がった。 流行地域では人への感染伝播例も増え続けた。 小児と若年成人が大半を占め、高齢者の感染は少なかった。 夏季に一旦流行は収束したが、冬季には再流行する。 ウイルスの性状解析からは、H5N1ウイルスは強毒性を規定する既知の遺伝子シグナルを全て兼ね備えており、遺伝子変異が蓄積して多様化が進み、徐々に鳥型からヒト型へ変化していった。 さらにわずか数か所の遺伝子変異が起これば、人から人への効率の良い感染伝播能力を獲得して、毒性の強い新型インフルエンザによるパンデミックを起こす可能性が示された。 この間に、H5N1ウイルスは、遺伝子変異によっていくつかの系統に分岐し、各々に抗原変異が起こっている。 さらに、他の鳥ウイルスとの間に遺伝子交雑を繰り返して、H5N2, H5N6, H5N8などの新たなH5亜型の強毒性ウイルスが誕生して世界各地に拡散した。 人への感染も起こっており、様々なウイルスによるパンデミックの可能性が増大してきた。 これに対して、WHO、国連食糧農業機関(FAO)、国際獣疫事務局(OIE)は協力して、家禽での伝播流行を断ち、人への感染を阻止してパンデミックの発生を未然に防ぐ努力がなされた。 各国は感染した家禽の大量殺処分や、汚染地域の消毒や移動制限などの厳しい対応を執った。 一部の国では家禽に対するワクチン接種戦略を採用したが、その結果、抗原変異ウイルスが派生して土着化が進んだ例もあり、ワクチン戦略には賛否両論がある。 鳥から人への感染が起きた際には、発生局所で流行を封じ込めて、パンデミックの発生を阻止する態勢を強化した。 さらに、初期対応に失敗してパンデミックに進展する可能性が高まった際には、感染拡大と健康被害を最小にとどめ、社会機能・経済活動の破綻を防ぐために、幅広い緊急対応計画と事前準備を確立しておくことを各国に勧告し、その指導・準備を進めた。 その中で、現在、鳥の間で流行しているH5N1ウイルスに基づいて、パンデミックの際に緊急使用する目的のプレパンデミックワクチンの備蓄戦略がある。 どのウイルスが実際にパンデミックを起こすのかを正確には予測できないが、WHOは年に2回、その時点での可能性の高いいくつかのワクチン候補株を選択・推奨している。 次の項目で説明するが、強毒性インフルエンザによる健康被害の増大とパンデミック出現の危機に直面した中国政府は、2017年9~11月に全国一斉に全家禽(50億羽以上で接種率89%以上)へのH7N9とH5N1混合ワクチンの接種を断行した。 膨大な予算と労力を投入した緊急対応は大きな賭けでもあったが、結果的には、接種後には中国での家禽におけるH5N1ウイルスの流行はほぼ完全に制圧され、感染患者の報告もほとんどなくなった。 強毒性のH5N1ウイルスによる最悪のパンデミックの可能性は、ひとまず減少したと言えよう。 しかし、中国以外ではH5N1ウイルスは依然流行を繰り返しており、また抗原変異を起こしたH5亜型の様々な交雑ウイルスは、中国、ベトナム、韓国、日本、バングラデシュ、インドなどのアジア諸国や、ヨーロッパ、エジプト、南アフリカなどで流行を繰り返している。 偶発的な人への感染例も報告されており、パンデミックへの懸念は残っており、WHOは警戒レベル3を継続している。 最悪の可能性をもつ強毒性パンデミックへの準備・対応体制を緩めてはいけない。 5.H7N9型弱毒性鳥インフルエンザ 2013年春に上海で感染患者が出現した後に、中国各地の家禽に拡大したH7N9型鳥インフルエンザウイルスは、その後、毎年冬季に流行を繰り返し、その度に人の感染例が増加してきた。 H5N1とは対照的に、感染者は中高齢者に多く、重症化・死亡も多いが、理由は不明である。 H5N1とは異なり、ウイルスは弱毒型の鳥型ウイルスであり、家禽には病原性を示さない。 人での感染は呼吸器に限局するが、患者はサイトカイン・ストームにより多臓器不全を起こして重篤化する。 出現時には既に多くのヒト型ウイルスの特徴を獲得しており、パンデミックを起こす可能性が高いと評価されている。 2014年以後、遺伝的に2系統に分岐して全国に拡大している。 2016年にはそのうちの1系統で、H7亜型ウイルスで危惧される強毒型への変化が起こり、これも全国に拡大した。 H5N1と同様に家禽に対する強い毒性を獲得するとともに、人に対してもより重篤な感染をもたらした。 さらに、NA遺伝子にも変異が生じ、ノイラミニダーゼ阻害薬に対する耐性ウイルスが出現している。 また、遺伝子変異の蓄積により抗原変異が起こり、2013年のウイルスを用いて作製したプレパンデミックワクチンの効果の減弱が判明し、WHOによりワクチン株の更新がなされている。 2015年の米国疾病予防管理センター(CDC)によるリスク評価では、H7N9ウイルスはH5N1ウイルスよりもパンデミックを起こす可能性が高く、健康被害もより大きいと判断された。 そこで、中国政府は、前項で述べたように、2017年秋に、国内の全家禽に対してH7N9とH5N1の混合ワクチンを接種した。 これによって、H7N9型鳥ウイルスに感染している家禽は2%未満にまで減少し、人の感染者もゼロとなっている。 日本ではほとんど報道されなかったが、中国による強力なパンデミック発生阻止行動により、H5N1型と並んでH7N9型インフルエンザについても、最悪のパンデミックの出現が回避されたと評価できよう。 しかし、弱毒性のH7N9ウイルスが感染した家禽は無症状に留まるので、その存在を完全に否定することは困難であり、また抗原変異ウイルスが選択されて生存している可能性もあるので、今後も監視とパンデミックの事前準備を続ける必要がある。 6.パンデミック準備へのインフルエンザH1N1pdm09パンデミックの影響 人の世界での新興感染症は、ほぼ毎年出現しており、そのほとんどは動物由来である。 これらの中に、パンデミックを起こす可能性を持つものがある。 地球上には未知のウイルスが数万種類以上存在すると推定されており、次々と出現してくる新興・再興感染症に対して、その出現を予想することは不可能に近い。 しかし、監視体制の整備による出現後の早期検知と早期対応体制を確立しておくことは可能であり、20年前から世界的に進められてきた。 更に、発生局所での封じ込めが成功しなかった場合にも、その後の拡大を阻止・抑制し、健康被害を最小限度にとどめるとともに、大勢の患者発生に続発する医療崩壊や社会機能・経済活動の破綻を防ぐことが、健康危機管理の目的として認識されている。 そこで、WHOなどの国際機関や各国は、パンデミックへの事前準備と緊急対応、さらに終息後の回復に関する計画とその実施が進めた。 少なくとも、2009年に出現した新型インフルエンザウイルスによるパンデミック(H1N1pdm09パンデミック)の出現までは、各国は、多かれ少なかれパンデミック対策計画に取り組んでいた。 しかし、このパンデミックの終息後、世界的にパンデミックへの危機意識が低下し、それまで進めてきた事前準備・緊急対応計画の実施が大幅に後退してしまった。 その第1の理由は、H1N1pdm09パンデミックが軽微であり、健康被害も社会・経済的な影響も大きくなかったことにある。 強毒性H5N1ウイルスなどの最悪の事態を想定した対応計画を、WHOや各国政府が不適切なリスク評価に基づいて硬直的に実施したこと、これはWHOの専門家と医薬品業界との癒着に基づく過剰対応であったなどの批判が生じ、その結果、世界的にパンデミックを軽視する風潮が拡大した。 いつ起こるか予想できないパンデミックへの危機感や緊張感を維持することへの疲労感、パンデミックによる被害想定は誇張されており、パンデミック準備計画への予算措置は無駄であるとの批判などが、パンデミック対策への向かい風となり、多くの国で準備・対応対策が後退した。 その結果、パンデミックへの危機感の欠落と油断が生じた。 経済回復・発展への政策の偏重により、健康危機管理・社会福祉への予算の削減、医療・公衆衛生体制の合理化と削減・縮小が実施されたのである。 日本でも同様の政策変更が見られた。 第2の理由は、多くの国における自国ファースト(国内優先・孤立・利己主義)の勃興である。 国際協力精神に代わって、国家間の利害対立や敵対感の増大と信頼・協力関係の後退が生じている。 その結果、SARSの教訓やH5N1パンデミックへの危惧を基盤に構築された、地球レベルのパンデミック対策や国際協力体制への協調・連携が後退している。 他国の感染症流行についても、対岸の火事として傍観される傾向にある。 日本では、2009年のH1N1pdm09パンデミック対応に関する評価・反省が十分になされなかった。 そもそもパンデミックへの包括的な準備・対応に関する法律が存在せず、政府による一連の危機管理対応には法的根拠が無かった。 そこで、2012年に新型インフルエンザ等対策特別措置法が制定され、これに基づいて政府から民間に至る各段階の危機管理行動計画が策定されて、毎年予行演習と改定が行われることになった。 しかし、上記の状況を背景に、日本においても、海外の感染症流行動向についてのアンテナは低くなり、ほとんど報道されなくなった。 また、「奇跡」が続いて国内への侵入もなかったために、危機感も薄れて油断が生じ、パンデミックへ事前準備も行われなくなっていた。 さらに、構造改革や医療費削減などの政策によって、全国の保健所や感染症病床が大幅に合理化・削減されるなど、感染症流行やパンデミックへの対応能力の低下が懸念される状況となった。 * * * ここに、2019年暮れから中国武漢で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が発生し、更に全世界への流行拡大(パンデミック)となった。 中国での春節(2020年1月24日から)の休暇で多くの観光客が来日していたが、それ以前から感染流行への種がまかれていたと考えられる。 さらに、2月初旬に横浜に来航したクルーズ船内で流行が発生し、想定外の特殊な環境での大人数の流行拡大に対する対応を経験することとなった。 これらの事態に対する政府の対応には、情報収集と情報処理の不備、不適切なリスク評価、初動緊急対応の遅れ、国民への説明における拙いリスクコミュニケーションなど、危機管理における多くの問題点が指摘できる。 何よりも、普段からの危機意識の欠落と油断が生じており、パンデミック危機における診断や医療提供および社会・経済活動への対処などの緊急危機対応能力が低下していたのだ。 半年後に予定されていた東京オリンピックに備えるはずの外来性感染症やバイオテロに対する事前準備の不備が露呈されたと言えよう。 日本のパンデミック計画の目的は、健康被害を最小限に抑えることと、社会・経済機能を破綻させないこと、の2点にある。 危機管理、危機対応の鉄則は、最悪の事態を想定し、それに対応できるように必要十分な事前準備計画と緊急対応計画を立て、これらを実施・準備しておくことである。 現在、我々は世界的にはパンデミックの真っただ中にいるが、国内の流行は小康状態になって緊張感が緩み始めている。 しかし、予想される第2波、第3波への必要十分な準備を確実に実施することが喫緊の課題である。 また、将来、パンデミックが終息した後には、今回の事態について、幅広い方向から、建設的な批判・反省に基づく評価を行い、それを教訓として、パンデミック政策の将来の方向性と展望を提示し、危機管理体制の再構築を確立する必要がある。 これらに関して、6年前に出版したで提起したパンデミックに対する危機管理の必要性を再認識し、参考にしていただければ幸甚である。 (2020年5月29日).

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