やるやらクエスト。 やるおクエストシリーズ ゲームページ リンク一覧

やる夫がドラゴンクエストの開発者になるようです

やるやらクエスト

音波でブレイク、電撃が弱点。 「対空攻撃」がないと少しミスしやすいがそれだけ。 あまり強くない。 シャッターが上がり、奥に進めるようになっている。 奥から 屋上へ進むと マングロネル戦()。 人間戦になるので注意。 パーティによっては苦戦する可能性あり。 戦闘後、 少佐の認証キー回収。 シブ廃の西側の敵シンボル「 甲羅ドーラ」を倒して奥へ()。 こいつを倒すと砲撃が止まる。 奥のシャッターを 認証キーで開けてへ。 横のパネルは小さいので見逃さないように。 内部にと設計図(22式対空ヌエ)あり。 U-Tシブヤサウスを抜けてへ。 シブヤサウス内の ・右上からに行ける。 ・右下からに行ける。 防衛軍三宿基地到着でテクスコア+100 防衛軍三宿基地エリア攻略• 少し進むとイベント。 周囲に 賞金首シンボルが3体いるので注意。 三宿クレーター内: アホドナルド()• 三宿ゲート周辺: グリフトロ()• ミシュクベース周辺: ゲヘナウォーカー()• 周辺にいる レモラボット(小シンボル)を全滅させる。 数体倒すと「 ボットブレイン」を入手(後で必要になる)。 周囲の ボーリングマシンを停止させる。 停止スイッチは周囲の リメインズ奥(3箇所)にある。 3箇所のスイッチ停止で自動帰還なので宝箱の回収に注意。 スポンサーリンク U-Tシナガワ突破• アイアンベースから出ようとするとイベント。 シブヤサウスの壊れた認証扉が通れるようになっている。 認証扉の奥からへ。 品川臨海到着でテクスコア+100 品川臨海~埠頭(ラスボス攻略)• 品川臨海を目的地に向けてある程度進むとイベント。 港南砂丘のティラノドローンがいるあたりを越えるとイベント。 さらに奥に進み、天王洲モールの隣からへ。 天王洲モールの中に入る必要はない。 品川埠頭に入るとエンディングまで引き返せないので注意。 いちおう全滅で拠点に戻れるので詰むことはないが・・・• 品川埠頭の奥(目的地)へ進む。 品川埠頭内ではセーブ不可。 ザコは出現しないが 中ボスがいる( レアドロップなし)。 II号ガンタウロス(ブレイクなし、電撃弱点)• ザマンザ(ブレイクなし、火炎弱点)• ザッパー・オメガ(ブレイクなし、全属性耐性)• 最奥で ラスボス:カタストロプス戦()。 ボス撃破でクエストクリア&エンディング。 クリア時に経験値10万• エンディング後にを開始するかどうかの選択肢。 周回プレイをしない場合、再度ラスボスを倒せばまた周回の選択肢がでる。 スポンサーリンク コメント.

次の

やるやら

やるやらクエスト

概要 [ ] 1990年4月から半年間放送された『』の好評を受け、時間枠を移動してリニューアル。 と以下、前番組のレギュラーやコーナーが引き継がれ、とゲームコーナーで構成された。 オープニングは「コケる男」で始まり、南原が「 はじまるよ! 」の一言でスタートするのが定番だった。 『』の終了後、しばらく迷走を続けていたフジテレビの土曜20時台で久々の本格的なバラエティ番組ということもあり、キャラクター名義でのCD発売や、による『ナン魔くん』・『やるやらクエスト』の『』誌での漫画化など、大々的な展開が行われたことでも知られる。 多くの名物キャラクターが生まれ番組は大人気を博したが、が原因でわずか2年半で打ち切りとなってしまった。 放送開始時は最末期だったこともあり、映画・ドラマのパロディコントでは1本に何百、何千万もの制作費を使い惜しみなく使ったセットはたいそう豪華なもので、映画好きの内村は気に入っていたという。 主な出演者 [ ]• (・) メインキャスト• (現・代表)• (・)• (コント赤信号)• (・・)• (当時フジテレビアナウンサー)• 主なコーナー [ ] コーナードラマ [ ] ナン魔くん 小学生のナン魔くん(南原)と使い魔メフィスト()【後期ではメフィストに代わってコロボックル()】が、悪玉マモー(内村)・ミモー()【後期からはムモー()】が遣わす手下の妖怪(内村)と戦う。 原作の漫画『』の。 マモーは劇場映画『』からの引用。 登場BGMはの『』。 「恐怖のズンドコ! 」「ちがーう! 」が口癖で、ミモーとともに人気キャラクターとなった。 マモー・ミモーは『』のタイトルをパロディにしたシングル『』を発売した。 ナン魔くんには、いつも蹴りばかりかましてくるいじめっ子のキック、眼鏡をかけたインテリ・いじられキャラのハカセという2人の友人がいる。 では『天空の勇者 ナン魔クエスト』と題し漫画連載も行われた。 最終回は前編・後編であったが、当時映画「七人のおたく」の撮影などで、忙しくなっていたウッチャンナンチャンのスケジュールの確保と他のコーナーの編集と放送の絡みで、2週間後に最終回の後編を放送した。 後編は全編1時間スペシャルで、実はナン魔くんはマモーの息子・モモー、マモーは銀河皇帝プリプリ(内村)の部下だった、という映画『』シリーズを思わせる幕引きとなった。 なお、コーナー内で起こったハプニングにより「マモーくん」、の「トダーくん」というタイトルになったことあった。 「もう一つの」など秀逸なパロディの回もあった。 マモー・ミモーは『』2015年6月11日放送分のコント「宇宙人総理」にて復活を果たした。 ハイスクールナン魔くん 「ナン魔くん」の続編。 中盤ではナン魔くんが時間旅行をしさまざまな時代へ飛ばされ、タイトルも「ハイスクールナン魔くん」や「ナン魔くんの」などと毎回変わった。 番組打ち切りのため未完となった。 スーパー2 アメリカのアニメ『』のパロディ。 オカマキャラのチェン(内村)と若ハゲキャラのナンチャキ(南原)の2人は普段ホットドッグスという音楽グループで活動しており、そのボーカルであるチェリー小泉()の正体は怪盗キョンキョン。 「ナン魔くん」の最終回に登場した皇帝プリプリも登場した。 ウチムラセブン 『』のパロディ。 ウチムラ警備隊のモノホシラン隊員(内村)が、「ウチムラノーズ」でウチムラセブンに変身し、怪獣や宇宙人と戦う。 本家『ウルトラセブン』で主演を務めたが、オネエ口調のキリカブ隊長役で出演した。 他には(アンズ隊員)、、入江雅人が隊員として出演。 内村が歌う『ウルトラセブン』そっくりの主題歌もあった。 番組の打ち切りにより未完となったが、後日お蔵入りになっていたエピソードを特番枠で放送、それを最終回とした。 また別番組ではあるが、『』で名称復活を遂げた。 やるやらクエスト テレビゲーム『』のパロディ。 大掛かりなセットを組んだゲームを中心とし、メンバーやゲストが身体を張ったアクションを繰り広げる。 魔王ジャマー()とその子分コジャマー(、松尾伴内)によって連れ去られたサーエ姫()を救出するため、主人公である勇者ナンバーラ(南原)とその仲間である戦士チャチャ()、僧侶デガワ()、魔法使いチハル(ちはる)、遊び人マキノ(内村)が冒険に挑む物語。 やるやらクエストII 『やるやらクエスト』の冒険から早100年の月日が流れ、勇者ナンバーラに敗れた魔王ジャマーは闇に封印されていた。 コジャマー(松尾)は封印を解くための王家の剣を手に入れ、以前よりパワーアップした大魔王グレートジャマー(渡辺)として復活させることに成功。 コジャマーもグレートコジャマー(小宮、松尾)に進化してしまう。 勇者ナンバーラの血を引く勇者バラナン(南原)は国王の命を受け、大魔王グレートジャマーを倒して王家の剣を取り戻すため、召使いサンチョ(内村)、ビアンカ(ちはる)、兵士チャチャ(勝俣)、モンスターミニデーモン(出川)とともに旅に出る。 1993年6月12日の第1回では渡辺が「久々にこの局に帰ってきた」南原が「やっぱり裏番組は終わってしまった」と発言し、敵役リーダー渡辺正行の(1992年10月 - 1993年3月)がコーナー休止の理由であることをネタにしていた。 しかし、同コーナー収録中に香港のロックバンドのメンバーが転落事故で死亡したため、『II』の放送が1回のみとなるばかりか、番組自体がとなってしまった(後述の『』を参照)。 テレビドラマのパロディ [ ] 『やるやら』では同局のテレビドラマパロディがしばしば行われ、内村扮するや南原扮するなど、なりきりぶりが評判となった。 また、実際のドラマで登場する一部の俳優、タレントなども出演した。 約101回目のプロポーズ(『』)• もっと素顔のままで(『』)• もうひとつ屋根の下(『』)• ふぞろいの林檎たちに愛をこめて(『』)• ずっとあなたが好きだったスペシャル(『』)• 女は度胸スペシャル(『』)• ふたたび振り返れば奴がいる(『』)• 世にも微妙な物語(『』 )• もうひとつの並木家の人々(『』)• LIGHT HEAD(『』)• リミツド(『』) その他 [ ] クイズよし! わかった! アナウンサー司会のクイズコーナー。 「 ナンチャンを探せ! 」は『誰かがやらねば』時代からの人気コーナーで、街中の風景に変装した南原が溶け込み、映像のどこに南原が隠れているかを当てるクイズで、絵本『』が元ネタ。 色白の内村が街中の白いものに紛れる「ウッチャンを探せ! 」や、出川哲朗が危険な状況で物に扮する「テッチャンを探せ! 」という発展形も生まれた。 前述のように、バブル崩壊時であったため、の大通り、前他撮影に多くの許可を取る所にロケに出たり、大規模な特殊メイクを用いた。 特番時は、大規模なロケを慣行。 南原の大仕掛けに驚かされた。 ほかに「ウッチャンの3つのマチガイ」など。 レギュラー回答者は(「よし! わかった! 」の台詞の元になった)、、など。 「ナンチャンを探せ! 」のLV70で、のの中から南原を探すというのがあった。 山瀬が「ひょっとして!? 」と言ってしまったため場内は騒然とし(実は正解)、狼狽する菅井に内村は「菅井さん、自分の名前を言えばいいんです! 」と言うが、菅井は「そんなこと…、言えるわけないじゃない! 」と叫んでいた。 コケる男 内村演じる気弱な男が様々なシチュエーションに登場するが、うまく事が運ばずに自分への嫌悪感が極に達した途端、次々と盛大にコケながらセットを壊していく。 番組のオープニングに登場し、男を止める役として南原が現れ「始まるよ〜」と言うのが定番になっていた。 「コケる男」という名称が付いたのは後になってから。 シリーズでも似たようなコントがある。 加納さんの屈辱 深夜番組『』のパロディ。 毎回様々なテーマにちなんだショートコントを数本放送。 冒頭では(内村)の講義中、正体不明の中年男・加納さん(南原)が邪魔をする。 加納さんの茶々を、笑いをこらえながら淡々と進行し、時々「加納! 」と突っ込む内村が見物だった。 加納さんは好きで、普段はおちょぼ口で頻繁にうなずき、「いいんじゃないっスか」「つきぬけろ〜! 」などが口癖。 加納さん名義の『加納さんのいいんじゃないっスか』というシングルCDも発売されたほど、プチブレークした。 加山雄三ショー(くわやまゆうぞうショー) 『』しか歌えず、ギターも全く弾けない南原扮する加山雄三(くわやまゆうぞう)が、司会役の内村を相手に、明らかに合成と分かるのポスターを見せたりしながら自慢話をするコーナー。 バックバンドとしても出演。 本物のがサプライズゲストとして出演した際には、南原は素で驚き、本物の加山に「くわやま君とはデビュー以来親友だったんだよ」となだめられたが、気持ちを整理できず苦笑いするのみだった。 本来であれば、歌の中盤に登場した本人に早々に気付くはずだったが、中々気付かず、結果的に歌が終了してから本人に話しかけられてようやく気付くという奇跡が起きた。 この時にはワイルドワンズのメンバーも司会役の内村も、その気付かない様子に爆笑しながら演奏を続けていた。 クイズ5、6人に聞きました 『』のパロディ。 内村扮する関ロ宏(「せきろひろし」または「せっきぐちひろし」)が司会・進行役。 屋根裏のアナウンサーは(フジテレビアナウンサー)。 本家との相違点は答えの数が4・5個であり、解答席の高さが低く、トラベルチャンスがなかった。 くわやま一家チーム(南原、一色紗英、ほか)、・チームらが対戦。 くわやまチームは全員服装が同じで、全員で答えをで調べるという、加山雄三が出演したCMに由来するギャグもあった。 一度だけ本人が登場し、司会を務めた。 さらには最終問題で桂子・好江チームに加わり解答席に立った。 関口が内村扮する関ロに対して出題中に行うひじを付く姿勢と司会進行ぶりとカツラなどのダメ出しを行った。 また、ナレーションも本家のが登場した。 その後、1992年2月17日放送の本家『100人に聞きました』にレギュラー出演者(ウンナン、ちはる、、名古屋章)が出場し、『』チームと対決。 見事勝利し、ハワイ旅行1人分を獲得した。 NJ(ナンチャン・ジャーナル) 奮立伊知郎(内村)、くわやま雄三(南原)、が司会。 音楽番組『』のパロディ。 子丑虎卯辰巳琢郎(ねうしとらうたつみたくろう)のくいしん坊! 万々歳 当時が担当していたミニ番組『』のパロディ。 オープニングは辰巳の顔部分を内村に差し替えたものであるが、テーマ曲は時代のものが使用されていた。 親方とサブのカ〜ッチョイイ〜 大工の親方(南原)とその弟子のサブ(内村)が毎回あらゆる難題に挑戦。 成功すると「マイムマイム」の音楽に乗って踊りだし、相手が「カ〜ッチョイイ〜! 」と誉めるというもの。 後に小サブ()、さらにサブコ()が参加し、タイトルも「親方・サブ・小サブのカ〜ッチョイイ〜」になる。 また100回記念として、・・などのかつて土曜20時台に放送されていた『』のメンバーが軍服姿で登場し、かつて同番組で行っていた明石第三小隊のコントを披露しながらウンナンとマシュマロキャッチゲームに参加した。 当時はウンナンとさんまメンバーが絡むのは珍しく、話題になった。 ちなみにコントの終了後、エンディングでは一緒にトークも行った。 異種格闘技戦・格闘王への道 プロレスラーのビューティー南原(南原)と、キックボクサースタイルのボボ出川(出川)によるタッグチーム「ビューティフル・サンデーズ」(入場曲はの)が、本物のプロレスラーと一発ギャグや椅子取りゲームなどで対戦するコーナー。 しかし判定を巡り猛抗議になり、プロレスラー側がキレて南原、出川に技(主にその選手の必殺技)を掛け結局没収試合、無効試合になりビューティフルサンデーズの反則勝ちになる。 そのうち出川自身の知名度が高まるにつれ当時の嫌いな男キャラが確立され視聴者から邪見に扱われ始めた。 そこでテコ入れとしてボボ出川が技を喰らい死んでしまい、次回から息子のポポ(Popo)出川・力士のアケボボなどいろんなキャラクターになっていく。 実況を、解説を内村が担当した(ほかにレフェリー役として入江雅人が参加)。 など大物も出演した。 トニー南原の出張メイク メイクアップアーティストのトニー南原(南原)が一般企業などを訪れ、女性に奇抜なメイクを施す。 一度、河田町時代のフジテレビに出向き、色々なアナウンサーの顔にメークを施した。 このコントはが元ネタで、トニー本人とメイク対決をした回もあった。 北神田三郎のニュー演歌流れ旅 北神田三郎(神田利則)が流しの演歌歌手として巡業するコント。 師匠の鬼ヶ島三十郎(内村)とともに演歌『涙の停車場』を歌う。 『涙の停車場』は実際にシングル発売された。 内村が最も好きなコントであったが、あまりにマニアックすぎた為人気はなかった。 居酒屋の大将である南原の妻兼女将役には女優の高橋ひとみが演じ、お客には勝俣や出川がレギュラーを努めていたが、一度、ヒロミがゲスト出演している。 後に『』内の「笑わせ王」のコーナーで久々に復活した。 ハエ男 さまざまなシチュエーションに現れるハエ男(内村)のコント。 ハエ男は上の人間にゴマをする人間を指す事で、このようなシーンに必ず登場し奇妙なダンスを踊りながらハエ男シールを貼っていく。 このコントについてはがテーマソング『』を担当した。 また、このコーナーには森高がゲストとして出演したり、テレビドラマに多く出演する前のメンバーが参加していた(これはDVDに収録されている)。 FNN NEWSCOM SPECIAL ニュース番組『』のパロディ。 土曜ワイドスペシャルスペシャル・ドリフ大爆笑'92 『・』 のオープニング のパロディ。 のメンバーに扮した男性レギュラー陣が、テーマ音楽にのって派手に踊りだす。 おかあさんといっしょスペシャル 子ども番組『』のパロディー。 非教育番組でっきるかな? 子ども番組『』のパロディー。 ナッポさん(南原)が毎回をする「」を行う。 テーマに合わせて『できるかな』の替え歌(「口説けるかな」「四股踏めるかな」など)が歌われる。 ナレーションは本家と同じく。 全身タイツ隊 南原率いる全身タイツ隊によるパフォーマンス。 「んんんんん~、んんんんん~、ん~~! 」と歌いながら奇妙なダンスを踊る。 唯一の女性メンバー、プルプルプリン(通称「PPP」、)は「全身タイツの一種」とされるを着用。 しかし彼女が余り前面に出すぎると、他のメンバーが してしまうため 立ち上がれなくなる。 ナンバラバンバン 「ナンチャンを探せ! 」の屋外ロケ版。 BGMにはの『』の替え歌が流れていた。 人気キャラクター [ ] 『やるやら』からは数々の人気キャラクターが生まれ、不特定のコーナーに登場した。 満腹 太(まんぷく ふとる、内村) 『誰やら』の食いしん坊刑事が原型の、が好物で、ふてぶてしい性格の中学生。 「勝手だね~」が口癖。 富裕層で拝金主義者。 コント「くいしん坊がゆく」や、映画『』や『』、『』のパロディコントで主役を務めた。 ジャーナリストの息子という設定。 父親のことを馬鹿にされると激怒し独特のステップを踏んだ後に別人のように喧嘩が強くなる。 九州 男児(きゅうしゅう だんじ、内村) 『誰やら』の阿蘇山燃太郎が原型。 ほっぺは赤く、恰幅がよい。 モヒカン狩りで「どすん、どすん、どっすんどすどす、どすどすどすどすどすぴゅー! 」(歩く際の擬音)と言いながら登場し、熊本弁を話す。 やが好物。 前期は九州と東京のギャップのコント。 後期は全国の女性を求めて旅をする。 一度はのNYロケでこのキャラクターのNY旅行バージョンの撮影し、金髪美女を連れ去るというコントを演じている。 その際、同行していたのもコントに参加している。 後に『LIFE! 〜人生に捧げるコント〜』放送分にて、内村光良によるの被災者へのメッセージ映像「」内で、ひさびさに登場した。 ドンナトキモ槇原(内村) の物真似。 槇原を思いっ切りデフォルメしたメイクで『』をキーボードで演奏するふりをする。 歌は口パクで基本的にしゃべらない。 後に単発番組『ウチムラ7』で復活し、その時は『』が演奏された。 妖怪がモデル。 後に『』の生中継で、内村の実家を勝俣が訪問した際に焼酎(内村の実家は酒屋)の容器からこの格好をした内村秋好(内村の父)が登場し、スタジオにいる内村が悶絶する映像が流れた。 南原 パンツ郎(みなみはら ぱんつろう、南原) ブリーフの上から海パンを履いた状態で登場し、「パンツ大作戦」と称し着替えようとするが、毎回をはみ出させてしまう。 また、この収録には女性客も多く、その度に騒ぎになる事が多い。 命 影郎(いのち かげろう、内村) 古典の名作『』から。 昆虫の蜻蛉のごとく極端な虚弱体質である。 カメラの前などでしばしば貧血や吐血を起こし、「ヒーッ! 」と叫んで息絶えては息を吹き返すことを繰り返す。 前身『誰やら』からのキャラクターであり、妹の「命 わずか」・弟の「命 無蔵(いのち ないぞう)」も登場した。 ちなみにDVD発売時、初回封入特典として、命影郎のお守りが付いていた。 殺し屋 レーベン(南原) 暗殺武器を手にカメラ目線で「説明しよう! 」と解説するが、内村に簡単に殴り返され、結局は自分自身を傷つけてしまう。 「殺す! 」「野っ郎~! 」が口癖。 基本的には一人芝居、一人ノリツッコミを繰り返すキャラ。 ほとんどがリハーサルなしのぶっつけ本番で行われており、南原には内緒で武器にスタッフがさまざまな仕掛けがしてあり、素で徐々に追い詰められていく南原が一つの見物。 内村をはじめ、ちはるや入江雅人などがお気に入りキャラとして上げている。 映画『』の敵役「レイヴェン」がモデル。 黒いオーバーオール姿を、「魚屋さん?」とイジられるのが定番。 宇井くん(南原) 人気タレントを撮ろうとカメラのシャッターを連射する、無口で無表情な。 シャッター音が大きいため、当然撮られたタレントにとっては大迷惑でしかなく、見かねた役員役の内村に注意されると泣きながら逆上する。 この他に、『』のキャラがモデルの『小夏』(南原)、『追っかけギャル』(内村)、『ロシア人夫婦』(内村との)などが登場した。 スタッフ [ ]• 構成協力:• 音楽:重村正道• タイトル音楽:(初期)、(第2期)• 美術プロデューサー:鈴木武治、永本充• セットデザイン:水上啓光• 美術進行:小野秀樹、古賀飛• 大道具:原田和久• 装飾:上原康生、畠田和良• 持道具:栗原美智代• 衣裳:石井久美子• スタイリスト:大江宏明• メイク:牧瀬典子、柴田利恵• かつら:太田修• 電飾:昌山真也、谷口雅彦、桐ヶ谷幸雄• アクリル装飾:川島正義• 視覚効果:中溝雅彦• ぬいぐるみ:佐藤むさく• タイトル:岩崎光明• CG:岩下みどり、大村卓• CG協力:秋山貴彦・浅野秀二(リンクス)• TD・SW:島本健司• カメラ:• VE:水野博道、塚本修• 音声:石井俊二• PA:牧野正、姫野義和、高橋克明• 照明:春日叔之、根建勝広• 音響効果:、笠松広司• VTR編集:石附順一、菅野邦大• ペイント:大沢宏次郎、後藤和夫• MA:植松巌、円城寺暁• TK:土屋佳子、長井千鶴、矢野綾子、山口美香• 広報:山本政己• スチルカメラ:関興一• AP:• ディレクター:、伊戸川俊伸• ディレクター・プロデューサー:• プロデューサー:• 技術協力:• 制作協力:• 制作:フジテレビ第二制作部(現・バラエティ制作センター) 主題歌 [ ] すべてエンディングテーマ。 『』のように、番組は完全に終了して曲のみを流し、その日のダイジェストをCG映像内の小さい映像で流しながらテロップを縦に流すという手法だった。 後に『』でも、初期のエンディングで同様の手法をとっている。 「千の夜と一つの朝」• 「一歩ずつの季節」• 「君がいたholy night」• 「土曜日の落書き」• 「」 ネット局 [ ] 系列は放送終了時(途中打ち切りの場合は打ち切り時点)のもの。 放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考 制作局 同時ネット 遅れネット フジテレビ系列 同時ネット 1991年4月開局から 1993年3月打ち切り TBS系列 遅れネット フジテレビ系列 同時ネット TBS系列 遅れネット フジテレビ系列 同時ネット フジテレビ系列 遅れネット 同時ネット フジテレビ系列 日本テレビ系列 遅れネット フジテレビ系列 同時ネット ネット局に関する備考 [ ]• 1993年6月の番組打ち切り後は、FNS加盟26局のうち、同時ネットのフルネット23局とテレビ宮崎では同年7月3日以降はフジテレビ側と同一のつなぎ番組を、遅れネットのテレビ大分・鹿児島テレビでは各局別につなぎ番組をそれぞれ放送した。 『』を遅れネットで放送していた(日本テレビ系列)では、初回以外未放送だった。 ウォン・カークイ死亡事故とその影響 [ ] 、フジテレビ第4スタジオで人気コーナー「やるやらクエストII」の収録中、ゲストとして参加していたのロックバンドのメンバーがセットから足を滑らせて転落して頭部を強打し、重体(急性硬膜下出血、頭蓋骨骨折、脳挫傷)となってに搬送される事故が発生した。 この事故では内村も転落しており、全治2週間の打撲傷を負った。 スタジオには狭いゴンドラのようなセットが約3メートルの高さに釣り上げられ、当時現場にいた関係者によればそのセットは水浸しになっていたといい、セットの下に緩衝材を設置するなどの安全対策は何らとられていなかったという。 内村はこの時のことを「後ろから崩れるような音が聞こえ、気がついたら転落していた」と振り返っている。 、番組冒頭に「先日、番組収録中に事故があり、皆様にご心配をおかけしましたことをおわび申し上げます。 負傷されたウォン・ガークゥイさんの一日も早い回復をお祈り申し上げます。 」とのテロップを表示し、通常通り放送された。 番組の最後には、内村が「来週のやるやらはまたでお休みでございます。 再来週にお会いいたしましょう」 と予告した。 しかし、この日の放送が 事実上の最終回となる。 16時15分、黄家駒が収容先の病院で死亡した。 その夜にフジテレビの編成局長(当時)が緊急記者会見を開き、番組の今後について「当面、放送自体がですとかですとか、 といったようなことで、たまたま休みが入りましたので、その間にしかるべき結論を出したいという風に思っています」と発言した。 、フジテレビの記者会見で番組の打ち切りが正式に決定され、『』で詳細を公表した。 、この日の日中に黄家駒の遺体を納めた棺が香港に無言の帰国を果たす。 夜には有楽町のでウッチャンナンチャンの2人による謝罪の記者会見が行われ、「彼の分まで頑張っていきたい。 残されたメンバーも僕らで役に立つことがあったら、また仕事をしたい」と涙ながらに謝罪した。 会見後の25時(7月3日1時)、内村が『』で仕事復帰。 番組冒頭より今回の事件に関して二人の口から語られ、黄家駒への追悼としてBEYONDの曲をかけ、リスナーから届いた励ましの便りなどを紹介した。 、ナイターが雨で中止となるも『やるやら』は放送されず、特番「あなたの心のスター大全集!! 」(司会:、、鷲見利恵 制作:)が放送された。 上述の6月26日の放送で予告された7月10日にJリーグ中継、7月17日に上記の「あなたの心のスター大全集!! 」を再度放送。 『平成教育テレビ』を挟んで2週間後の、土曜20時枠は『人気バラエティ最終回 感動の大特集』が生放送され、冒頭で特番司会の(当時フジテレビアナウンサー)による本番組打ち切りのお詫びと黄家駒への追悼の挨拶がなされた。 この際、露木が「秋から形を変えてウッチャンナンチャンには頑張ってもらいます」と説明し、秋からフジテレビでのウンナンの新たなレギュラー番組が予定されているのを示唆するものだったが、それは製作会社・スタッフの異なる『』のレギュラー出演だった。 そして半年後の1994年春から改めてウンナンの新たなレギュラー番組として『』が開始する。 12月、被害者側への賠償問題などを経てコーナーの収録に携わった番組のプロデューサー以下スタッフ数名が書類送検(後日、不起訴)された。 その後 [ ] この事件をきっかけとして、しばらくの間出演者・内容を含めた『やるやら』全体に対するバッシングがマスコミによって行われ、これについてのは自身の著書「遺書」の中で、「ウンナンもスタッフも番組を面白くするために必死に頑張った。 そこはきちんと認めてあげなきゃいけない」「(謝罪会見やバッシングなど)ウンナンだけに責任を押し付けようとしたマスコミや偉い人にも責任がある」と述べている。 死亡の知らせに病院に駆け付けた内村は、「自分のせいだ」と泣き崩れたが、BEYONDの他のメンバーに「あれは事故だった」と励まされた。 大きなショックを受けた内村と南原は引退も考えたが、黄家駒の遺族らから慰留され、復帰を決意した。 死亡事故による打ち切りという不本意な幕切れとなった番組だが、番組の存在がなかったことにされることはまったくなく、同局の過去に放送された番組を振り返る番組や、ウンナンが出演するバラエティ番組(前述の『ありがとやんした!? 』や『笑う犬』)では番組の映像を交えて紹介されることがあったり、放送のフジテレビ50周年記念特番『』でも当番組が紹介された。 また、2009年12月25日には、『ウッチャンナンチャンのやるやらフォーエバー』として、『誰かがやらねば! 』時代の映像とともにDVDボックスが発売された。 そして、2009年に実に16年半ぶりに特番(南原曰く宣伝)としてで放送された。 このとき、過去の思い出などをちはると語った。 から始まった『』のサブタイトルには「YARANEVA!! 」と付けられている。 その背景には、不慮の事故で終わってしまったこの番組への、出演者・スタッフの想いがある。 このサブタイトルは、相方の南原に許可をもらって、内村が付けたものである。 ビデオ・DVD [ ] 『ウッチャンナンチャンのビデオもやらねば! vol. 1(1991年9月29日発売)• vol. Disc1:『誰かがやらねば! Disc2:ウッチャンセレクション• Disc3:ナンチャンセレクション• Disc4:もう一度みたい! ベストコントセレクション• Disc5:もう一度みたい! ベストパロディセレクション• 初回限定封入特典:特製「命影郎身代御守」 脚注 [ ] []• 2フジテレビ出版P. 123より。 ただし序盤でそのパターンは終了し、それ以後は映画やドラマ等のパロディの後にマモー自らと戦うパターンに変更された。 『』や『』でも同パロディ企画があった。 番組打ち切り時(遅れネットの為、放送自体への影響はなかった。 )は、後続番組を繰り上げる措置を行った。 なお後に同時刻では『』の遅れネットを開始した(初期は同時刻での放送で、末期は月曜深夜に放送。 テレビ朝日系列へのに伴い打ち切り。 ただし、などで近隣のフジテレビ系列局(仙台放送・福島テレビ・秋田テレビ・新潟総合テレビ)を受信できた場合は4月以降も引き続き視聴可能だった。 火曜17:00 - 17:55に放送していた。 放送開始当初は8ヶ月程の遅れが生じていたが、番組打ち切り時点では遅れ幅は3ヶ月程度に縮まっていた。 なお、打ち切りまでの経緯を説明したつなぎ番組については当局でも放送された。 その後は、つなぎ番組として『』(日本テレビ)などを放送していた。 なお『生ダラ』は、テレビ大分がテレビ朝日系列を脱退した1993年10月にレギュラー放送開始・同時ネット化された。 商業放送主催、取材無綫電視. 1993年7月4日. とのニュース. 1993年7月5日. 無綫電視のニュース. 1993年7月5日. 7月10日はJリーグ中継で休止。 実際は7月17日に予定していた。 当時の『』は20時または21時から23〜24時間の放送が主流で、『FNS24時間テレビ』という通称もあった。 1993年の実際の放送は7月24日の土曜21時から22時間58分。 同日の土曜20時台は野球中継「 - 」の予定だったが台風4号の接近で、試合が中止となっている。 エントピ. 2015年7月10日. 2019年9月17日閲覧。 系 土曜20:00枠 前番組 番組名 次番組.

次の

やる夫がドラゴンクエストの開発者になるようです

やるやらクエスト

概要 [ ] 1990年4月から半年間放送された『』の好評を受け、時間枠を移動してリニューアル。 と以下、前番組のレギュラーやコーナーが引き継がれ、とゲームコーナーで構成された。 オープニングは「コケる男」で始まり、南原が「 はじまるよ! 」の一言でスタートするのが定番だった。 『』の終了後、しばらく迷走を続けていたフジテレビの土曜20時台で久々の本格的なバラエティ番組ということもあり、キャラクター名義でのCD発売や、による『ナン魔くん』・『やるやらクエスト』の『』誌での漫画化など、大々的な展開が行われたことでも知られる。 多くの名物キャラクターが生まれ番組は大人気を博したが、が原因でわずか2年半で打ち切りとなってしまった。 放送開始時は最末期だったこともあり、映画・ドラマのパロディコントでは1本に何百、何千万もの制作費を使い惜しみなく使ったセットはたいそう豪華なもので、映画好きの内村は気に入っていたという。 主な出演者 [ ]• (・) メインキャスト• (現・代表)• (・)• (コント赤信号)• (・・)• (当時フジテレビアナウンサー)• 主なコーナー [ ] コーナードラマ [ ] ナン魔くん 小学生のナン魔くん(南原)と使い魔メフィスト()【後期ではメフィストに代わってコロボックル()】が、悪玉マモー(内村)・ミモー()【後期からはムモー()】が遣わす手下の妖怪(内村)と戦う。 原作の漫画『』の。 マモーは劇場映画『』からの引用。 登場BGMはの『』。 「恐怖のズンドコ! 」「ちがーう! 」が口癖で、ミモーとともに人気キャラクターとなった。 マモー・ミモーは『』のタイトルをパロディにしたシングル『』を発売した。 ナン魔くんには、いつも蹴りばかりかましてくるいじめっ子のキック、眼鏡をかけたインテリ・いじられキャラのハカセという2人の友人がいる。 では『天空の勇者 ナン魔クエスト』と題し漫画連載も行われた。 最終回は前編・後編であったが、当時映画「七人のおたく」の撮影などで、忙しくなっていたウッチャンナンチャンのスケジュールの確保と他のコーナーの編集と放送の絡みで、2週間後に最終回の後編を放送した。 後編は全編1時間スペシャルで、実はナン魔くんはマモーの息子・モモー、マモーは銀河皇帝プリプリ(内村)の部下だった、という映画『』シリーズを思わせる幕引きとなった。 なお、コーナー内で起こったハプニングにより「マモーくん」、の「トダーくん」というタイトルになったことあった。 「もう一つの」など秀逸なパロディの回もあった。 マモー・ミモーは『』2015年6月11日放送分のコント「宇宙人総理」にて復活を果たした。 ハイスクールナン魔くん 「ナン魔くん」の続編。 中盤ではナン魔くんが時間旅行をしさまざまな時代へ飛ばされ、タイトルも「ハイスクールナン魔くん」や「ナン魔くんの」などと毎回変わった。 番組打ち切りのため未完となった。 スーパー2 アメリカのアニメ『』のパロディ。 オカマキャラのチェン(内村)と若ハゲキャラのナンチャキ(南原)の2人は普段ホットドッグスという音楽グループで活動しており、そのボーカルであるチェリー小泉()の正体は怪盗キョンキョン。 「ナン魔くん」の最終回に登場した皇帝プリプリも登場した。 ウチムラセブン 『』のパロディ。 ウチムラ警備隊のモノホシラン隊員(内村)が、「ウチムラノーズ」でウチムラセブンに変身し、怪獣や宇宙人と戦う。 本家『ウルトラセブン』で主演を務めたが、オネエ口調のキリカブ隊長役で出演した。 他には(アンズ隊員)、、入江雅人が隊員として出演。 内村が歌う『ウルトラセブン』そっくりの主題歌もあった。 番組の打ち切りにより未完となったが、後日お蔵入りになっていたエピソードを特番枠で放送、それを最終回とした。 また別番組ではあるが、『』で名称復活を遂げた。 やるやらクエスト テレビゲーム『』のパロディ。 大掛かりなセットを組んだゲームを中心とし、メンバーやゲストが身体を張ったアクションを繰り広げる。 魔王ジャマー()とその子分コジャマー(、松尾伴内)によって連れ去られたサーエ姫()を救出するため、主人公である勇者ナンバーラ(南原)とその仲間である戦士チャチャ()、僧侶デガワ()、魔法使いチハル(ちはる)、遊び人マキノ(内村)が冒険に挑む物語。 やるやらクエストII 『やるやらクエスト』の冒険から早100年の月日が流れ、勇者ナンバーラに敗れた魔王ジャマーは闇に封印されていた。 コジャマー(松尾)は封印を解くための王家の剣を手に入れ、以前よりパワーアップした大魔王グレートジャマー(渡辺)として復活させることに成功。 コジャマーもグレートコジャマー(小宮、松尾)に進化してしまう。 勇者ナンバーラの血を引く勇者バラナン(南原)は国王の命を受け、大魔王グレートジャマーを倒して王家の剣を取り戻すため、召使いサンチョ(内村)、ビアンカ(ちはる)、兵士チャチャ(勝俣)、モンスターミニデーモン(出川)とともに旅に出る。 1993年6月12日の第1回では渡辺が「久々にこの局に帰ってきた」南原が「やっぱり裏番組は終わってしまった」と発言し、敵役リーダー渡辺正行の(1992年10月 - 1993年3月)がコーナー休止の理由であることをネタにしていた。 しかし、同コーナー収録中に香港のロックバンドのメンバーが転落事故で死亡したため、『II』の放送が1回のみとなるばかりか、番組自体がとなってしまった(後述の『』を参照)。 テレビドラマのパロディ [ ] 『やるやら』では同局のテレビドラマパロディがしばしば行われ、内村扮するや南原扮するなど、なりきりぶりが評判となった。 また、実際のドラマで登場する一部の俳優、タレントなども出演した。 約101回目のプロポーズ(『』)• もっと素顔のままで(『』)• もうひとつ屋根の下(『』)• ふぞろいの林檎たちに愛をこめて(『』)• ずっとあなたが好きだったスペシャル(『』)• 女は度胸スペシャル(『』)• ふたたび振り返れば奴がいる(『』)• 世にも微妙な物語(『』 )• もうひとつの並木家の人々(『』)• LIGHT HEAD(『』)• リミツド(『』) その他 [ ] クイズよし! わかった! アナウンサー司会のクイズコーナー。 「 ナンチャンを探せ! 」は『誰かがやらねば』時代からの人気コーナーで、街中の風景に変装した南原が溶け込み、映像のどこに南原が隠れているかを当てるクイズで、絵本『』が元ネタ。 色白の内村が街中の白いものに紛れる「ウッチャンを探せ! 」や、出川哲朗が危険な状況で物に扮する「テッチャンを探せ! 」という発展形も生まれた。 前述のように、バブル崩壊時であったため、の大通り、前他撮影に多くの許可を取る所にロケに出たり、大規模な特殊メイクを用いた。 特番時は、大規模なロケを慣行。 南原の大仕掛けに驚かされた。 ほかに「ウッチャンの3つのマチガイ」など。 レギュラー回答者は(「よし! わかった! 」の台詞の元になった)、、など。 「ナンチャンを探せ! 」のLV70で、のの中から南原を探すというのがあった。 山瀬が「ひょっとして!? 」と言ってしまったため場内は騒然とし(実は正解)、狼狽する菅井に内村は「菅井さん、自分の名前を言えばいいんです! 」と言うが、菅井は「そんなこと…、言えるわけないじゃない! 」と叫んでいた。 コケる男 内村演じる気弱な男が様々なシチュエーションに登場するが、うまく事が運ばずに自分への嫌悪感が極に達した途端、次々と盛大にコケながらセットを壊していく。 番組のオープニングに登場し、男を止める役として南原が現れ「始まるよ〜」と言うのが定番になっていた。 「コケる男」という名称が付いたのは後になってから。 シリーズでも似たようなコントがある。 加納さんの屈辱 深夜番組『』のパロディ。 毎回様々なテーマにちなんだショートコントを数本放送。 冒頭では(内村)の講義中、正体不明の中年男・加納さん(南原)が邪魔をする。 加納さんの茶々を、笑いをこらえながら淡々と進行し、時々「加納! 」と突っ込む内村が見物だった。 加納さんは好きで、普段はおちょぼ口で頻繁にうなずき、「いいんじゃないっスか」「つきぬけろ〜! 」などが口癖。 加納さん名義の『加納さんのいいんじゃないっスか』というシングルCDも発売されたほど、プチブレークした。 加山雄三ショー(くわやまゆうぞうショー) 『』しか歌えず、ギターも全く弾けない南原扮する加山雄三(くわやまゆうぞう)が、司会役の内村を相手に、明らかに合成と分かるのポスターを見せたりしながら自慢話をするコーナー。 バックバンドとしても出演。 本物のがサプライズゲストとして出演した際には、南原は素で驚き、本物の加山に「くわやま君とはデビュー以来親友だったんだよ」となだめられたが、気持ちを整理できず苦笑いするのみだった。 本来であれば、歌の中盤に登場した本人に早々に気付くはずだったが、中々気付かず、結果的に歌が終了してから本人に話しかけられてようやく気付くという奇跡が起きた。 この時にはワイルドワンズのメンバーも司会役の内村も、その気付かない様子に爆笑しながら演奏を続けていた。 クイズ5、6人に聞きました 『』のパロディ。 内村扮する関ロ宏(「せきろひろし」または「せっきぐちひろし」)が司会・進行役。 屋根裏のアナウンサーは(フジテレビアナウンサー)。 本家との相違点は答えの数が4・5個であり、解答席の高さが低く、トラベルチャンスがなかった。 くわやま一家チーム(南原、一色紗英、ほか)、・チームらが対戦。 くわやまチームは全員服装が同じで、全員で答えをで調べるという、加山雄三が出演したCMに由来するギャグもあった。 一度だけ本人が登場し、司会を務めた。 さらには最終問題で桂子・好江チームに加わり解答席に立った。 関口が内村扮する関ロに対して出題中に行うひじを付く姿勢と司会進行ぶりとカツラなどのダメ出しを行った。 また、ナレーションも本家のが登場した。 その後、1992年2月17日放送の本家『100人に聞きました』にレギュラー出演者(ウンナン、ちはる、、名古屋章)が出場し、『』チームと対決。 見事勝利し、ハワイ旅行1人分を獲得した。 NJ(ナンチャン・ジャーナル) 奮立伊知郎(内村)、くわやま雄三(南原)、が司会。 音楽番組『』のパロディ。 子丑虎卯辰巳琢郎(ねうしとらうたつみたくろう)のくいしん坊! 万々歳 当時が担当していたミニ番組『』のパロディ。 オープニングは辰巳の顔部分を内村に差し替えたものであるが、テーマ曲は時代のものが使用されていた。 親方とサブのカ〜ッチョイイ〜 大工の親方(南原)とその弟子のサブ(内村)が毎回あらゆる難題に挑戦。 成功すると「マイムマイム」の音楽に乗って踊りだし、相手が「カ〜ッチョイイ〜! 」と誉めるというもの。 後に小サブ()、さらにサブコ()が参加し、タイトルも「親方・サブ・小サブのカ〜ッチョイイ〜」になる。 また100回記念として、・・などのかつて土曜20時台に放送されていた『』のメンバーが軍服姿で登場し、かつて同番組で行っていた明石第三小隊のコントを披露しながらウンナンとマシュマロキャッチゲームに参加した。 当時はウンナンとさんまメンバーが絡むのは珍しく、話題になった。 ちなみにコントの終了後、エンディングでは一緒にトークも行った。 異種格闘技戦・格闘王への道 プロレスラーのビューティー南原(南原)と、キックボクサースタイルのボボ出川(出川)によるタッグチーム「ビューティフル・サンデーズ」(入場曲はの)が、本物のプロレスラーと一発ギャグや椅子取りゲームなどで対戦するコーナー。 しかし判定を巡り猛抗議になり、プロレスラー側がキレて南原、出川に技(主にその選手の必殺技)を掛け結局没収試合、無効試合になりビューティフルサンデーズの反則勝ちになる。 そのうち出川自身の知名度が高まるにつれ当時の嫌いな男キャラが確立され視聴者から邪見に扱われ始めた。 そこでテコ入れとしてボボ出川が技を喰らい死んでしまい、次回から息子のポポ(Popo)出川・力士のアケボボなどいろんなキャラクターになっていく。 実況を、解説を内村が担当した(ほかにレフェリー役として入江雅人が参加)。 など大物も出演した。 トニー南原の出張メイク メイクアップアーティストのトニー南原(南原)が一般企業などを訪れ、女性に奇抜なメイクを施す。 一度、河田町時代のフジテレビに出向き、色々なアナウンサーの顔にメークを施した。 このコントはが元ネタで、トニー本人とメイク対決をした回もあった。 北神田三郎のニュー演歌流れ旅 北神田三郎(神田利則)が流しの演歌歌手として巡業するコント。 師匠の鬼ヶ島三十郎(内村)とともに演歌『涙の停車場』を歌う。 『涙の停車場』は実際にシングル発売された。 内村が最も好きなコントであったが、あまりにマニアックすぎた為人気はなかった。 居酒屋の大将である南原の妻兼女将役には女優の高橋ひとみが演じ、お客には勝俣や出川がレギュラーを努めていたが、一度、ヒロミがゲスト出演している。 後に『』内の「笑わせ王」のコーナーで久々に復活した。 ハエ男 さまざまなシチュエーションに現れるハエ男(内村)のコント。 ハエ男は上の人間にゴマをする人間を指す事で、このようなシーンに必ず登場し奇妙なダンスを踊りながらハエ男シールを貼っていく。 このコントについてはがテーマソング『』を担当した。 また、このコーナーには森高がゲストとして出演したり、テレビドラマに多く出演する前のメンバーが参加していた(これはDVDに収録されている)。 FNN NEWSCOM SPECIAL ニュース番組『』のパロディ。 土曜ワイドスペシャルスペシャル・ドリフ大爆笑'92 『・』 のオープニング のパロディ。 のメンバーに扮した男性レギュラー陣が、テーマ音楽にのって派手に踊りだす。 おかあさんといっしょスペシャル 子ども番組『』のパロディー。 非教育番組でっきるかな? 子ども番組『』のパロディー。 ナッポさん(南原)が毎回をする「」を行う。 テーマに合わせて『できるかな』の替え歌(「口説けるかな」「四股踏めるかな」など)が歌われる。 ナレーションは本家と同じく。 全身タイツ隊 南原率いる全身タイツ隊によるパフォーマンス。 「んんんんん~、んんんんん~、ん~~! 」と歌いながら奇妙なダンスを踊る。 唯一の女性メンバー、プルプルプリン(通称「PPP」、)は「全身タイツの一種」とされるを着用。 しかし彼女が余り前面に出すぎると、他のメンバーが してしまうため 立ち上がれなくなる。 ナンバラバンバン 「ナンチャンを探せ! 」の屋外ロケ版。 BGMにはの『』の替え歌が流れていた。 人気キャラクター [ ] 『やるやら』からは数々の人気キャラクターが生まれ、不特定のコーナーに登場した。 満腹 太(まんぷく ふとる、内村) 『誰やら』の食いしん坊刑事が原型の、が好物で、ふてぶてしい性格の中学生。 「勝手だね~」が口癖。 富裕層で拝金主義者。 コント「くいしん坊がゆく」や、映画『』や『』、『』のパロディコントで主役を務めた。 ジャーナリストの息子という設定。 父親のことを馬鹿にされると激怒し独特のステップを踏んだ後に別人のように喧嘩が強くなる。 九州 男児(きゅうしゅう だんじ、内村) 『誰やら』の阿蘇山燃太郎が原型。 ほっぺは赤く、恰幅がよい。 モヒカン狩りで「どすん、どすん、どっすんどすどす、どすどすどすどすどすぴゅー! 」(歩く際の擬音)と言いながら登場し、熊本弁を話す。 やが好物。 前期は九州と東京のギャップのコント。 後期は全国の女性を求めて旅をする。 一度はのNYロケでこのキャラクターのNY旅行バージョンの撮影し、金髪美女を連れ去るというコントを演じている。 その際、同行していたのもコントに参加している。 後に『LIFE! 〜人生に捧げるコント〜』放送分にて、内村光良によるの被災者へのメッセージ映像「」内で、ひさびさに登場した。 ドンナトキモ槇原(内村) の物真似。 槇原を思いっ切りデフォルメしたメイクで『』をキーボードで演奏するふりをする。 歌は口パクで基本的にしゃべらない。 後に単発番組『ウチムラ7』で復活し、その時は『』が演奏された。 妖怪がモデル。 後に『』の生中継で、内村の実家を勝俣が訪問した際に焼酎(内村の実家は酒屋)の容器からこの格好をした内村秋好(内村の父)が登場し、スタジオにいる内村が悶絶する映像が流れた。 南原 パンツ郎(みなみはら ぱんつろう、南原) ブリーフの上から海パンを履いた状態で登場し、「パンツ大作戦」と称し着替えようとするが、毎回をはみ出させてしまう。 また、この収録には女性客も多く、その度に騒ぎになる事が多い。 命 影郎(いのち かげろう、内村) 古典の名作『』から。 昆虫の蜻蛉のごとく極端な虚弱体質である。 カメラの前などでしばしば貧血や吐血を起こし、「ヒーッ! 」と叫んで息絶えては息を吹き返すことを繰り返す。 前身『誰やら』からのキャラクターであり、妹の「命 わずか」・弟の「命 無蔵(いのち ないぞう)」も登場した。 ちなみにDVD発売時、初回封入特典として、命影郎のお守りが付いていた。 殺し屋 レーベン(南原) 暗殺武器を手にカメラ目線で「説明しよう! 」と解説するが、内村に簡単に殴り返され、結局は自分自身を傷つけてしまう。 「殺す! 」「野っ郎~! 」が口癖。 基本的には一人芝居、一人ノリツッコミを繰り返すキャラ。 ほとんどがリハーサルなしのぶっつけ本番で行われており、南原には内緒で武器にスタッフがさまざまな仕掛けがしてあり、素で徐々に追い詰められていく南原が一つの見物。 内村をはじめ、ちはるや入江雅人などがお気に入りキャラとして上げている。 映画『』の敵役「レイヴェン」がモデル。 黒いオーバーオール姿を、「魚屋さん?」とイジられるのが定番。 宇井くん(南原) 人気タレントを撮ろうとカメラのシャッターを連射する、無口で無表情な。 シャッター音が大きいため、当然撮られたタレントにとっては大迷惑でしかなく、見かねた役員役の内村に注意されると泣きながら逆上する。 この他に、『』のキャラがモデルの『小夏』(南原)、『追っかけギャル』(内村)、『ロシア人夫婦』(内村との)などが登場した。 スタッフ [ ]• 構成協力:• 音楽:重村正道• タイトル音楽:(初期)、(第2期)• 美術プロデューサー:鈴木武治、永本充• セットデザイン:水上啓光• 美術進行:小野秀樹、古賀飛• 大道具:原田和久• 装飾:上原康生、畠田和良• 持道具:栗原美智代• 衣裳:石井久美子• スタイリスト:大江宏明• メイク:牧瀬典子、柴田利恵• かつら:太田修• 電飾:昌山真也、谷口雅彦、桐ヶ谷幸雄• アクリル装飾:川島正義• 視覚効果:中溝雅彦• ぬいぐるみ:佐藤むさく• タイトル:岩崎光明• CG:岩下みどり、大村卓• CG協力:秋山貴彦・浅野秀二(リンクス)• TD・SW:島本健司• カメラ:• VE:水野博道、塚本修• 音声:石井俊二• PA:牧野正、姫野義和、高橋克明• 照明:春日叔之、根建勝広• 音響効果:、笠松広司• VTR編集:石附順一、菅野邦大• ペイント:大沢宏次郎、後藤和夫• MA:植松巌、円城寺暁• TK:土屋佳子、長井千鶴、矢野綾子、山口美香• 広報:山本政己• スチルカメラ:関興一• AP:• ディレクター:、伊戸川俊伸• ディレクター・プロデューサー:• プロデューサー:• 技術協力:• 制作協力:• 制作:フジテレビ第二制作部(現・バラエティ制作センター) 主題歌 [ ] すべてエンディングテーマ。 『』のように、番組は完全に終了して曲のみを流し、その日のダイジェストをCG映像内の小さい映像で流しながらテロップを縦に流すという手法だった。 後に『』でも、初期のエンディングで同様の手法をとっている。 「千の夜と一つの朝」• 「一歩ずつの季節」• 「君がいたholy night」• 「土曜日の落書き」• 「」 ネット局 [ ] 系列は放送終了時(途中打ち切りの場合は打ち切り時点)のもの。 放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考 制作局 同時ネット 遅れネット フジテレビ系列 同時ネット 1991年4月開局から 1993年3月打ち切り TBS系列 遅れネット フジテレビ系列 同時ネット TBS系列 遅れネット フジテレビ系列 同時ネット フジテレビ系列 遅れネット 同時ネット フジテレビ系列 日本テレビ系列 遅れネット フジテレビ系列 同時ネット ネット局に関する備考 [ ]• 1993年6月の番組打ち切り後は、FNS加盟26局のうち、同時ネットのフルネット23局とテレビ宮崎では同年7月3日以降はフジテレビ側と同一のつなぎ番組を、遅れネットのテレビ大分・鹿児島テレビでは各局別につなぎ番組をそれぞれ放送した。 『』を遅れネットで放送していた(日本テレビ系列)では、初回以外未放送だった。 ウォン・カークイ死亡事故とその影響 [ ] 、フジテレビ第4スタジオで人気コーナー「やるやらクエストII」の収録中、ゲストとして参加していたのロックバンドのメンバーがセットから足を滑らせて転落して頭部を強打し、重体(急性硬膜下出血、頭蓋骨骨折、脳挫傷)となってに搬送される事故が発生した。 この事故では内村も転落しており、全治2週間の打撲傷を負った。 スタジオには狭いゴンドラのようなセットが約3メートルの高さに釣り上げられ、当時現場にいた関係者によればそのセットは水浸しになっていたといい、セットの下に緩衝材を設置するなどの安全対策は何らとられていなかったという。 内村はこの時のことを「後ろから崩れるような音が聞こえ、気がついたら転落していた」と振り返っている。 、番組冒頭に「先日、番組収録中に事故があり、皆様にご心配をおかけしましたことをおわび申し上げます。 負傷されたウォン・ガークゥイさんの一日も早い回復をお祈り申し上げます。 」とのテロップを表示し、通常通り放送された。 番組の最後には、内村が「来週のやるやらはまたでお休みでございます。 再来週にお会いいたしましょう」 と予告した。 しかし、この日の放送が 事実上の最終回となる。 16時15分、黄家駒が収容先の病院で死亡した。 その夜にフジテレビの編成局長(当時)が緊急記者会見を開き、番組の今後について「当面、放送自体がですとかですとか、 といったようなことで、たまたま休みが入りましたので、その間にしかるべき結論を出したいという風に思っています」と発言した。 、フジテレビの記者会見で番組の打ち切りが正式に決定され、『』で詳細を公表した。 、この日の日中に黄家駒の遺体を納めた棺が香港に無言の帰国を果たす。 夜には有楽町のでウッチャンナンチャンの2人による謝罪の記者会見が行われ、「彼の分まで頑張っていきたい。 残されたメンバーも僕らで役に立つことがあったら、また仕事をしたい」と涙ながらに謝罪した。 会見後の25時(7月3日1時)、内村が『』で仕事復帰。 番組冒頭より今回の事件に関して二人の口から語られ、黄家駒への追悼としてBEYONDの曲をかけ、リスナーから届いた励ましの便りなどを紹介した。 、ナイターが雨で中止となるも『やるやら』は放送されず、特番「あなたの心のスター大全集!! 」(司会:、、鷲見利恵 制作:)が放送された。 上述の6月26日の放送で予告された7月10日にJリーグ中継、7月17日に上記の「あなたの心のスター大全集!! 」を再度放送。 『平成教育テレビ』を挟んで2週間後の、土曜20時枠は『人気バラエティ最終回 感動の大特集』が生放送され、冒頭で特番司会の(当時フジテレビアナウンサー)による本番組打ち切りのお詫びと黄家駒への追悼の挨拶がなされた。 この際、露木が「秋から形を変えてウッチャンナンチャンには頑張ってもらいます」と説明し、秋からフジテレビでのウンナンの新たなレギュラー番組が予定されているのを示唆するものだったが、それは製作会社・スタッフの異なる『』のレギュラー出演だった。 そして半年後の1994年春から改めてウンナンの新たなレギュラー番組として『』が開始する。 12月、被害者側への賠償問題などを経てコーナーの収録に携わった番組のプロデューサー以下スタッフ数名が書類送検(後日、不起訴)された。 その後 [ ] この事件をきっかけとして、しばらくの間出演者・内容を含めた『やるやら』全体に対するバッシングがマスコミによって行われ、これについてのは自身の著書「遺書」の中で、「ウンナンもスタッフも番組を面白くするために必死に頑張った。 そこはきちんと認めてあげなきゃいけない」「(謝罪会見やバッシングなど)ウンナンだけに責任を押し付けようとしたマスコミや偉い人にも責任がある」と述べている。 死亡の知らせに病院に駆け付けた内村は、「自分のせいだ」と泣き崩れたが、BEYONDの他のメンバーに「あれは事故だった」と励まされた。 大きなショックを受けた内村と南原は引退も考えたが、黄家駒の遺族らから慰留され、復帰を決意した。 死亡事故による打ち切りという不本意な幕切れとなった番組だが、番組の存在がなかったことにされることはまったくなく、同局の過去に放送された番組を振り返る番組や、ウンナンが出演するバラエティ番組(前述の『ありがとやんした!? 』や『笑う犬』)では番組の映像を交えて紹介されることがあったり、放送のフジテレビ50周年記念特番『』でも当番組が紹介された。 また、2009年12月25日には、『ウッチャンナンチャンのやるやらフォーエバー』として、『誰かがやらねば! 』時代の映像とともにDVDボックスが発売された。 そして、2009年に実に16年半ぶりに特番(南原曰く宣伝)としてで放送された。 このとき、過去の思い出などをちはると語った。 から始まった『』のサブタイトルには「YARANEVA!! 」と付けられている。 その背景には、不慮の事故で終わってしまったこの番組への、出演者・スタッフの想いがある。 このサブタイトルは、相方の南原に許可をもらって、内村が付けたものである。 ビデオ・DVD [ ] 『ウッチャンナンチャンのビデオもやらねば! vol. 1(1991年9月29日発売)• vol. Disc1:『誰かがやらねば! Disc2:ウッチャンセレクション• Disc3:ナンチャンセレクション• Disc4:もう一度みたい! ベストコントセレクション• Disc5:もう一度みたい! ベストパロディセレクション• 初回限定封入特典:特製「命影郎身代御守」 脚注 [ ] []• 2フジテレビ出版P. 123より。 ただし序盤でそのパターンは終了し、それ以後は映画やドラマ等のパロディの後にマモー自らと戦うパターンに変更された。 『』や『』でも同パロディ企画があった。 番組打ち切り時(遅れネットの為、放送自体への影響はなかった。 )は、後続番組を繰り上げる措置を行った。 なお後に同時刻では『』の遅れネットを開始した(初期は同時刻での放送で、末期は月曜深夜に放送。 テレビ朝日系列へのに伴い打ち切り。 ただし、などで近隣のフジテレビ系列局(仙台放送・福島テレビ・秋田テレビ・新潟総合テレビ)を受信できた場合は4月以降も引き続き視聴可能だった。 火曜17:00 - 17:55に放送していた。 放送開始当初は8ヶ月程の遅れが生じていたが、番組打ち切り時点では遅れ幅は3ヶ月程度に縮まっていた。 なお、打ち切りまでの経緯を説明したつなぎ番組については当局でも放送された。 その後は、つなぎ番組として『』(日本テレビ)などを放送していた。 なお『生ダラ』は、テレビ大分がテレビ朝日系列を脱退した1993年10月にレギュラー放送開始・同時ネット化された。 商業放送主催、取材無綫電視. 1993年7月4日. とのニュース. 1993年7月5日. 無綫電視のニュース. 1993年7月5日. 7月10日はJリーグ中継で休止。 実際は7月17日に予定していた。 当時の『』は20時または21時から23〜24時間の放送が主流で、『FNS24時間テレビ』という通称もあった。 1993年の実際の放送は7月24日の土曜21時から22時間58分。 同日の土曜20時台は野球中継「 - 」の予定だったが台風4号の接近で、試合が中止となっている。 エントピ. 2015年7月10日. 2019年9月17日閲覧。 系 土曜20:00枠 前番組 番組名 次番組.

次の