美智子さま。 どうぞ雅子さまにとっての「生きやすい」皇室を【2019年Yahoo!ニュースで人気1位(再掲)】|美智子さまという奇跡|斎藤環/矢部万紀子

雅子さまイジメの主犯は美智子さま…時系列で振り返る陰湿行為まとめ

美智子さま

私の記憶では、歌会始の儀は16日です。 講書始の儀は確か明日14日。 今日は美智子さまの皇后になられてからの豪華な着物の画像を沢山載せます。 上皇夫妻の引っ越しがなかなか進まない原因のひとつに美智子さまの衣装も 含まれているのではないか?と推測していますが、中でも高額な着物、帯、 これはマント、皿帽子お仕立てする金額どころじゃないくらい高額のお品です。 ネットだけでは満足できず、着物が好きということもあり朝日新聞出版写真集 「美智子さまの和のきこなし」を別館に書いた「振り袖美人」購入と一緒に 中古で安く買いました。 時代のせいか、古典的な模様が好きな私の好みか、 皇太子妃時代の美智子さまの着物はモダン系が多くあまり好きじゃなかったです。 皇后になられてからは、着物の柄、色は物凄くシック、落ち着いた色ですが 高いだろうな!と思わされます。 帯も同じくかなり高価だとわかります。 他に結城紬、紬の着物もお召しでしたが、紬も高いですよねぇ。 総絞りの着物は素人の私が見て、800万くらい、帯は300万くらいでしょうか。 着物に関してはお仕事上シロガネさんがとても詳しいです。 時系列になっていませんが、美智子さまの髪の色を見て、なんとなく 若い年齢順に載せます。 「美智子さまの和のきこなし」は全部載せられないので 豪華に見える、高そうな着物を数点デジカメで撮影しました。 (文字入れしています) 既にネットにもアップされている画像もあるかとは思いますが、衣装道楽、美智子さまの 豪華な着物のほんの一部を見てください。 上の着物と下の画像の帯は清子さんの結婚披露宴の時に清子さんがお召しになっていたと思われます。 清子さんが結婚式で着られた皇后の訪問着と帯です。 上の画像の着物は総絞りだそうです。 こちらは清子さんの披露宴でお召しになられた菊の三つ紋の訪問着。 尾形光琳の燕子花図屏風を写した帯は国宝級でしょう。 本疋田総絞りの着物、帯も逸品だそうです。 結城紬と紬の着物。 帯も素晴らしいです。 最後に納采の儀の時にお召しになった振り袖。 雅子さま、紀子さまに譲られたら良いのに・・と思う訪問着もありますが、今のところそういう画像は見つけられませんでした。 「美智子さまから雅子さま、紀子さまへ」と美談になるのに、若い時に着られた着物はどうしているのでしょうか。 gettyimages. こちらのブログは安全かどうかわからないのですが、とりあえずタイトルを御紹介しておきます。 「engram 記憶の痕跡」 「michiko Style 消えた「低頭」消えた「起立」の姿勢 1959年4月朝見の儀 入室される両殿下」 こちらのブログのトップ写真に、このお方のお首の按配がよくわかる写真が掲載されておりますので、ご興味のおありの方は一見を。 なお、また他の方のブログに、皇族方の美容師さんのお話が載っており興味深く。 ティアラを頭に乗せるのは、1時間かかるそうです。 美智子様は後半、頚椎ナンチャラのお病気で、ティアラはおかぶりになられなくなりました。 ティアラって短時間で乗せられるものではないということがわかりました。 やしまさん、 ティアラを頭に乗せるのに1時間かかるというので、 ビックリしてどうしてそんなにかかるのか検索してみました。 確かにティアラのお仕度に1時間かかりますと書かれてあるのですが、 同じ美容師の記事にこんな風に書かれていました。 >おすべらかしになった御髪を洗って鬢付け油を落とし、 >その濡れた髪を乾かしアップスタイルにして >ティアラをつけメイクをする、 >というところまでで時間は1時間半しかありません ティアラのお仕度に1時間というのは、メイク・ヘア・ティアラのセットかもしれませんよ。 雅子さまはもちろんのこと、紀子さまにしても 日本の看板なので、特別な時だけでなく 普段からこんな超一流の美容師に全てお任せするのも贅沢ではないと思うのですが… 記事と関係ない話ですみません。 女性自身 1月28日号 「小室さん母支える男性の影 午前4時のクリスマスイブ外出」 お久しぶりっ!の、圭与さん写真掲載されています。 去年の12月の撮影らしいです。 12月24日午前4時、自宅マンションから現れた圭与氏 マンションの前に車を止めて彼女を乗せた男性。 そして24日は、そのまま自宅に戻らず。 って、記者の方、大変ですねぇ。 極寒の中、午前4時から深夜まで、K宅マンションの前で張り込みですか。 探偵業でもなかなかそこまではできないですよ。 (今度テレビで「ハムラアキラ」というタイトルの女探偵ドラマがNHKで始まります。 原作は若竹七海氏の小説。 探偵業って過酷でけど、記者業もすごいです) まあとにかく、目がパチクリしそうです。 豪華絢爛というのでしょうか。 この方の亀首は、お若いときから洋装のときでも、首を前へ突き出した形なので、骨格の問題ではと思います。 最後のお若いころのお写真、「お月様」と言われていたと母は言います。 満月ですね。 このころの後ろ頭は絶壁。 後年の写真との比較だとよくわかると思います。 お召し物、光沢生地がお好きのような気がするのですが。 清子さんのお嫁入りに何着かお若いころのお着物をお分けになられたのでしょうか?(てか、それをしていいのかどうかはわからないのですが) あるとき、正田のご親戚に当たられる大原美術館関係の方(ウロ記憶ですみません)が、美智子様が過去お召しになられていたお着物をお召しで、「お下げ渡されたのか?」と、ちょっと話題になったことがあります。 これらのすばらしいお着物、あり得ないけどオークションに出したら、一体何億になることやら。 私は「美智子様秘蔵お着物」として、後々個人的な記念館でも建てたいのかと思ってしまいます。 美空ひばり記念館のようなもので。。 あ、あそこ閉鎖の危機らしいですね。 mayuさんこんばんは!記事の更新有り難うございます。 1度かいて送信できてない気がして、再度書きました ToT 重なってましたら申し訳ありません。 美智子さまのお着物は素人が見ても綺麗で高そうだな!と思うものが多いです。 昔皇室の特番で「佐賀錦」を仕立て直されて…と言うのを見たことがありますが、私の父が佐賀の出で、親類に佐賀錦に関わるひとがおり、高価で貴重なものを献上したと言う話を聞いたのを思い出しました。 各地での献上されるものや、ご自分の受け継がれたもの、新たに誂えたモノなど沢山の品々があると思いますので、是非お孫様がたにお譲りなさるとか、チャリティーにかけられるなどしていただきたいです! 南米や豪州では山火事の被害や被災者が出ているとのことですし、慈愛の美智子さまはこういう時こそ手を差しのべられるべきだろうと思います。 中身は皆、物凄くお高い最高級の振袖ばかりですが、シロガネの会社の振袖、1着載っています。 うちのご近所にも着物を作っているところがあるのですが、そこは2着ほど載っておりましたので少々残念な思いをしましたが、他の振袖の雑誌には、うちの振袖が表紙を飾っておりましたのでまあいいかと。 10年位前に買い求めまして良く見ておりました。 木村孝さんとみどり女史の解説ですのでなかなか詳しく、特に木村孝さんの解説は、とても良かったデス。 上皇后様だけでなく他の方々のお着物も解説なさっているのはさすがです。 シロガネもああいう風な上手い紹介をしたいものだといつも思います。 上皇后様のお着物、特に平成になってからは、これが訪問着なのか、付下なのか良く分からないものが多くて、しかももう完全に上皇后様独自のお着物といった感じで、これはもう「美智子さまブランド」というべきでしょうか。 ああいう独自なお着物は、多分もしかしたら、ご自身で着物のデザインでもされて、白生地から地色等あれこれ指示なさってお誂えになられていらっしゃるかもしれません。 もしかしたら帯のほうも・・・・。 だとすれば「美智子さまブランド」にお値段のつけようもないかも知れません。 (笑い)以前、皇室番組で上皇后様のお着物を特集していましたが、とにかく日本の伝統技術の最高レベルで制作されたお着物なのは、間違いないです。 もちろん京都で作られております。 とにかく最高レベルのお着物だなというのは、若い時から思っておりました。 生地からして違いますから。 その、物凄いお着物の数々行く末はどうなるのでしょうか? よもや、ご自身の御陵に巨大な衣装部屋を作り、勿論湿度は常に一定に維持をして、(国費で)その中に全部納めるおつもりではないかと危惧しております。 それとお帽子なども。 (もちろん冗談デスヨ) とにかく、素晴らしいお着物は次の世代へと受け継いで頂きたいです。 こんばんは。 更新ありがとうございます。 豪華なお着物と帯の数々ですね〜。 ごくごく一部なんでしょうけど。 美智子様は一体どれだけお着物をお持ちなんでしょう… 本当に、雅子様や紀子様に少しお譲りされたらいいのに。 皇后様には光モノのお着物を。 でも、皇后様には少しばかり身幅が足りなさそうですが -. -; 紀子様はお着物が似合われるから、ぜひ着ていただきたいです。 美智子様の、この豪華なお着物の数々。 全て内廷費から出ているのでしょうかね? 秋篠宮様は皇嗣殿下になられたとはいえ、内廷費でお暮らしになる天皇ご一家と上皇様上皇后様とは全然待遇が違うんでしょうね。 眞子様佳子様が鑑賞系の公務にお出ましの時、お車代やら謝礼やらたくさんもらってて、いい小遣い稼ぎだと盛んに叩かれてましたが、天皇家は全て税金で充分に賄われるけど、宮家は予算内で全てを賄わなければならない、と、どこかで読んだような。 生前退位はモヤモヤしましたが、秋篠宮様が皇太子待遇になられて、人員的にも金銭的にも余裕がお出になるのは、良かったな〜と思ってます。 ですから! 悠仁様にはもっと警護をつけて欲しいです! 小室親子には、まだ警護がついているのでしょうか? その辺りが、秋篠宮ご一家へのバッシングが止まない原因の一つでもありますよね。 素晴らしいお着物の写真をありがとうございます。 眼福ですね。 これだけあって各々思い出があるのは分かりますが、もういい加減にバイセルしましょ。 878787ですよ。 上から3番の写真、左側に天皇陛下(当時?)が何かお言葉を述べられていらっしゃる場面でしょうか。 美智子様が低頭されるのは珍しいので昭和の時代なのかしら。 香淳皇后がされていらした低頭の伝統を壊された美智子様。 雅子サマも同じで低頭なんてなさりません。 夫と妻は同じ地位だと勘違いしていそうです。 折々に献上されるものや、ご自分が受け継がれたもの、新たに誂えたモノなど、それはそれは沢山の品々があると思います。 是非お孫様にお譲りなさるとか、チャリティーにかけられるなどして、後の世代に役立ていただきたいです。 南米や豪州では山火事で、被災したり深刻な被害が出ていたり、中東では新たな戦争の危機に弱者syは逃げる先を探していると言います、今こそ慈愛の美智子さまの出番ではないかと思います 苦笑.

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美智子さま「愛子は一般人になり、眞子が即位したほうがよい」 高まる女性天皇論に“慈愛の釘”

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美智子さまと秋篠宮家 かつて美智子さまと紀子さまは蜜月が続いていた。 紀子さまは「過剰適応」と呼ばれるほど、美智子さまを慕い尊敬されてきた。 秋篠宮家の熱心な公務も、上皇陛下と美智子さまの姿を模倣された結果だ。 かつて美智子さまは、紀子さまを愛称で気軽に呼ばれていた。 このような関係は美智子さまと雅子さまの間には見られないものだった。 この対照的な関係は様々な憶測を呼び、「美智子さまは皇太子ご一家よりも、秋篠宮家に皇統を継いでもらいたいと願っている」といった噂をよぶこともあった。 その噂を勝手に忖度してだろうか。 かつて西尾幹二や山折哲雄といった論者が、皇太子殿下(現、天皇陛下)が秋篠宮殿下に譲位するように勧めていたことは記憶に新しい。 このように「秋篠宮家こそが理想の宮家であり、まさに皇統を受け継ぐにふさわしい」という論調がつい数年前まで主流であり、秋篠宮家も美智子さまから寵愛を受けてきたと報道されてきた。 風向きが変わった小室圭問題 ところが小室圭さんの問題が発覚が切っ掛けとなって、メディアの秋篠宮家への風当たりが強くなっている。 ツイッターや、当サイトへのコメントでも秋篠宮家への苦言が大変目立つ。 温和な批判から、当サイトでは掲載できないような激しい怒りまで様々だ。 この変化の原因は何なのか? 小室圭さん問題が大きな比重を占めることは間違いないが、その他にも秋篠宮家の問題を様々に指摘する声は多い。 様々な理由が重なり、リトマス試験紙が変色するが如く、秋篠宮家の「愛され」が失われてしまった。 かつて紀子さまと蜜月だった美智子さまも、今では秋篠宮家と距離を置いているという。 ある宮内庁関係者は次のように言う。 「小室圭さん関連報道が過熱するとともに、美智子さまのご発言がリークされ週刊誌に載ったことがありました。 宮内庁はこれに過敏に反応して、いつもなら無視するところを、わざわざ 『皇后さまが様々な発言をなさっているかのように記していますが,先にも述べたとおり,両陛下は,当初より,細心の注意を払って固く沈黙を守り続けておられ』 るという異例の反論を掲載しました。 もちろんこれは美智子さまが望まれて掲載されたものです」(宮内庁関係者) ではなぜこのような異例のコメントを述べたのか? その理由を次のように語る。 「美智子さまは今回の秋篠宮家の騒動について、『ご自身の発言で小室圭さんの問題が動いた』と判断されることがないように、あえて距離を置こうと配慮されています。 秋篠宮家が自力で問題を解決できず、美智子さまや周辺に頼ってい解決したと周囲に思われてはならないとお考えです。 そのような誤解が生じると、悠仁さまの資質まで疑問視されかねません」(同前) 秋篠宮家と距離を置くのは、配慮なのか本音なのか? 秋篠宮ご夫妻が、眞子さまの結婚問題をうまく解決できていないことは、秋篠宮家の教育問題にまで発展してしまっている。 ここで第三者の力を借りて解決とあっては、疑惑を深刻化させてしまうだけだろう。 確かに「秋篠宮家と距離を置く」というのは、 美智子さまの深謀遠慮なのかもしれない。 だがある皇室記者は、深謀遠慮だけではなく、ホンネとして「距離を置きたい」のだと指摘する。 「美智子さまと秋篠宮家の接触は極端に減っています。 5月25日に開かれた昼食会以来お会いしていません。 ほとんどお会いになっていないと言っても過言ではないでしょう。 それ以来、自身の影響力を大変気にされています。 ですから秋篠宮家との交流を抑えていらぬ噂を未然に防ぎたいというお気持ちも確かにあるでしょう。 ですが本心としては、小室圭問題について「もうどうしようもない」と嫌気がさして、秋篠宮家とは距離を置きたいといったところではないでしょうか。 少なくとも千代田周辺の関係者から漏れ聞こえる本音はそういったところです」(皇室記者) 長引く小室問題に嫌気がさしているのは、どうやら国民だけではないようだ。 はたして秋篠宮家の再び美智子さまから愛される日はくるのだろうか?.

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美智子さまの亡き母・正田富美子さんが生前語った「驚きの回想」 (沢田 浩)

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Contents• 文/菊ノ紋ニュース 斎藤弘毅(2019. 10) 大成功の国民祭典 令和の世となり、再評価が加速度的に進みつつある天皇家ご一家。 雅子さまの体調も順調に回復しており、公の場でお目にかかる機会も多くなった。 10月9日に開かれた「国民祭典」では、奉祝曲に雅子さまが涙をぬぐわれる一幕があり、多くの国民がもらい泣きした。 これまでの平坦ならざる雅子さまのことを考えれば涙を流されるのは当然だろう。 また「国民祭典」では、秋篠宮ご一家や愛子さまもお忍びで参加されており、そのエピソードも徐々に関係者の口通じてメディアに披露されていくことだろう。 まさに皇室と国民が一つになった素晴らしい祭典であった。 一方的に嫁姑バトルを仕掛ける美智子さま… 数年前まで猛威を振るっていた雅子さまバッシングは何処へ行ったのであろうか? 「雅子さまは離婚せよ」「愛子さまは障害児だ」「秋篠宮家に早々に皇統を譲って、皇太子(現、天皇)は引退せよ」などという驚くような文句が踊っていたが、今やそれは鳴りを潜めた。 むしろ今のメディアは、派手過ぎた平成流を反省したり、秋篠宮家の自由奔放すぎる家風に苦言を呈する論調が主流だ。 そしてこのような論調を面白く思わない筆頭が、美智子さまに他ならない。 上皇ご夫妻に近しい関係者は次のように語る。 「美智子さまは引退されてからというのも、雅子さまの報道が目立つことが面白くないようです。 10日には雅子さまのドキュメンタリー風ドラマが放映されますが、その中での自身の扱いがどうなるのかとても気にされていました。 雅子さまが美智子さまよりも目立っていることが面白くないのでしょう」(上皇ご夫妻に近しい関係者) 「はやく赤坂御所に帰れば?」との一幕も 仲の良い嫁姑というのは珍しいとはいえ、美智子さまの雅子さまへの感情は極めて複雑であるようだ。 本日10日は15時から「祝賀パレード」(祝賀御列の儀)が開催されるが、それにも美智子さまは気をとがらせているという。 ある宮内庁関係者がその前日の様子を教えてくれた。 「 美智子さまは、大手メディアが 「国民祭典涙をされる雅子さま」 の写真をトップに載せたことが面白くないようでした。 ああいうのは良くないわ』 などと終始ご批評なさっていました…。 明日(10日)の祝賀パレードについても、 『皇居から赤坂御所に帰るなんて変なパレードね。 わざわざ皇居に来て、自宅に帰るんでしょ? 変なパレードね。 皇居によらず、自宅を出発して自宅に早く帰ればいいのよ。 ここは私の家なんだし』 などとご不満な様子でした…。 職員にあたらないだけ秋篠宮家よりかは待遇が良いと思いますが、一日中愚痴ばかり聞かされて上皇職一同疲れ果てています。 国民の皆様には大変申し訳ありませんが、職員60人ではとても足りません。 つまりこれは『引っ越しません』と宣言しているのも同じなのです」(宮内庁関係者) どうも美智子さまにとっては、皇居に居座り続けるこそが、雅子さまへの「勝利」だと思っている節があるようだ。 なにがともあれ平穏無事に引っ越し作業が終わることを祈ってやまない。 そうなんですか。 見ていないので知りません。 当時は別に真剣にあのようなブログを見たこともなく、チラッと目にして直ぐ他へ。 一部の人達が盛り上がっていたんじゃないでしょうか。 あとは2ちゃんねるか5ちゃんねるか知りませんが、そういうところでもやっていたらしいですね。 それとマスコミがそんなブログや掲示板を見て、または美智子様や紀子様から使命を受けて書いていたんじゃないですか。 全く興味なかったですね。 実は私のような国民は多かったと思いますよ。 だから雅子様が復調してこられたのを見て、ホッとしました。 もともと能力が高いのは知っていましたから、トランプさんの接待を見ても驚きませんでした。 他国の王室の方々と、あそこまで親しくなさっていたのは知りませんでしたが。 どっちにしても、天皇も雅子様もずっと潜在的な人気はあったということです。 愚かな人達だけか盛り上がっていたんでしょう。

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