ユ ヴァル ノア ハラリ。 ユヴァル・ノア・ハラリ「コロナでも“人類の死生観”は変わらない」

ユヴァル・ノア・ハラリ「コロナでも“人類の死生観”は変わらない」

ユ ヴァル ノア ハラリ

2018. 29追記: 「ユヴァル・ノア・ハラリ」で検索してこのページにアクセスする方が多いので、ハラリ関連の過去記事まとめを末尾に作りました。 当記事とあわせてぜひどうぞ。 「サピエンス全史」の著者であるイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリが、自身のYoutubeチャンネル (なんてものが実はあるのです)にて、ゲイである事についてQA形式で語っている。 7分程度の動画の発言を以下に和訳してみた。 ハラリは自身のセクシュアリティについて過去の講演動画などでもたまに言及していたけれど、直接このテーマについて喋っているのはおそらく初めてだ。 相変わらずミもフタもない言い回しで、自身のセクシュアリティを入り口にしながら、科学研究において何が重要であるかを語っている。 枝葉を省いて語っているので、メッセージが強い。 和訳を読んで気になったら、元動画を是非どうぞ。 なお、彼の2作目の著書"Homo Deus"()は、2018年の9月に日本語版が発売予定()。 そして3作目の著書であるが、同じく18年9月に英語版 (やドイツ語版やフランス語版やイタリア語版)から発売予定である。 では和訳をどうぞ。 はい、とても。 ゲイの男性にとって、人が作り出したストーリーと、リアリティとの違いを理解することは極めて重要です。 Very much so. As a gay man, it is crucial to know the difference between stories invented by humans and reality. 同じ能力が、科学研究にとっても極めて重要なのです。 The same ability is also crucial for scientific research. 私が若い頃、男の子はみんな女の子を好きになるものだと言われました。 そして、私はそれを信じていました。 When I was young, I was told that all boys are attracted to girls. And I believed that. それは人間が作り出したストーリーに過ぎないのだと気付くまで、長い時間がかかりました。 男を愛する男もいるのがリアリティーで、たまたま私もその一人だったのです。 It took me long time to realize that this is just a story invented by humans and the reality is that some boys love other boys and I happened to be one of them. たとえ、ほとんどの人が信じているストーリーと矛盾しているとしても、リアリティを受け入れることはすばらしい知恵です。 It is a great wisdom to accept the reality as it is even if it contradicts the story most people believe. 似たような話として、「空には巨人がいて、男同士が愛し合うと激怒する」のだと言う人がいます。 Similarly, many people say that there is a great big man in the sky who gets very angry if two men love one another. でも、これも人が作り出した想像上のストーリーに過ぎません。 もし2人の男が愛し合い、誰も傷つけないのならば、何が間違っているというのでしょうか。 But, this is just another imaginary story people invented. 空には怒れる巨人などいません。 怒り出すのは、神父やラビ (訳注:ユダヤ教の聖職者)たちだけです。 No big man in the sky becomes angry about it. The only ones who get angry are all kinds of priests and rabbis. 科学研究も、全く同じ洞察に基づいています。 Scientific research is based on exactly the same insights. 科学者として、私は自分に常に問いかけます。 「リアリティは何だ。 人が作り出したストーリーは全て忘れろ。 世界の真実は何だ」と。 As scientist, I constantly ask myself what is reality. Forget all the stories people invented about the world. What is the truth about the world. ゲイとして、私は学びました。 もし人の言うストーリーとリアリティがくい違うなら、リアリティを信じるべきだと。 この教訓は、私をより優れた科学者にしたと思います。 As gay man, I learned if reality collides with the story people tell, it is best to believe reality. I think this lesson has made me a much better scientist. Q: あなたの科学研究は性的なアイデンティティに影響していますか? Q: Did your scientific research affect your sexual identity? 科学は、自分のセクシュアリティをそのまま受け入れる手助けをしてくれました。 Science certainly helped me to accept my sexuality as it is. ゲイであることは「不自然」だと言う人がいます。 男が女を愛し、女が男を愛することを自然は望んでいて、ゲイの人は自然のルールを破っている、と。 それは完全な間違いであると科学が私に教えてくれました。 Scientific research taught me that this is utter nonsense. 「不自然な」振る舞いなどというものは存在していないのです。 この世に存在するものは何であれ、文字通り、自然なものです。 There is no such thing as unnatural behavior. Anything that exists is, by definition, also natural. 人は自然のルールを破れません。 自然のルールは、交通ルールとは違うのです。 The laws of nature is not like the laws of traffic laws. 交通ルールでは、時速100キロ以上で運転してはならないと政府が言います。 そして、もし誰かがそのルールに違反したら、交通警察官が車を止めに来て、チケットを渡します。 With traffic laws, the government says you cannot drive a car more than a hundred kilometers per hour. And if people break the rule and drive a hundred twenty kilometers per hour and a traffic policeman stops them and give them a ticket. 自然のルールは、光の速度よりも速く動くことはできないといいます。 でもそれは、もしあなたが光の2倍の速さで運転したら銀河交通警察がやって来てチケットを切る、という意味ではありません。 単に不可能なのです。 The laws of nature say that you cannot move faster than the speed of light. But, that does not mean if you drive at twice the speed of light, a galactic traffic policeman stops you and gives you a ticket. It is just impossible to do it. もしあなたがどうにかして光よりも速く動くことができたとしたら、それは単に、我々が自然の本当のルールを理解していなかったということです。 そして、ある状況では、光よりも速く移動することが「自然」だった、ということです。 何かが存在するならば、それは、文字通り、「自然」なのです。 If something exists, it is, by definition, natural. もし女性同士が愛し合うならば、それは自然なことです。 それを禁じる自然のルールは存在しません。 そして実は、ホモセクシャリティは人間だけでなく多くの動物に共通して見られるのです。 If two women love each other, it means that it is natural. No laws of nature prohibits it and the fact is that homosexuality is quite common among many animals, not just among humans. 例えば、我々の自然界の隣人であるチンパンジーには、同性愛の行動が多く見られます。 For example, among our closest relatives in nature, the chimpanzees, homosexual behavior is quite common. チンパンジーの性行動の多くは、繁殖を目的として行われるだけではありません。 チンパンジーは、政治的なつながりを強固にして、親密な関係を築き、緊張を緩和するために、セックスを使います。 それは不自然なことでしょうか? Most sexual activities among chimpanzees are not done in order to procreate little chimps. Rather, chimpanzees use sex to cement political alliances to establish intimacy and to defuse tensions. Is there anything unnatural about it? セックスが子どもを作るためだけに存在しているという考えは、神父やラビたちが生み出した、全くのでたらめです。 The idea that sex exists only for the purpose of procreation is complete nonsense invented by priests and rabbis. 自然と不自然という考えは、生物学から生まれたものではありません。 キリスト教の理論から生まれたものです。 In truth, our concept of natural and unnatural are not taken from biology. They are taken from Christian theology. 「自然であること」の理論的な意味は、自然を創造した神の意向に沿っている、という意味なのです。 The theological meaning of natural is in accordance with the intentions of the God who created nature. キリスト教の理論家は、手足や体の器官を特定の目的で使うように人間の体を神が創造したと論じます。 神が望んだ目的のためにこれらを使うならば、それは「自然」だとみなします。 神の意志に背いてこれらを使うことは「不自然」だとみなします。 Christian theologians argued that God created the human body intending each limb and organ to serve a particular purpose. If we use our limbs and organs for that purpose envisioned by God, this is natural activity. To use them differently than God intends is unnatural. でも、これらは全て神話です。 But, all this is mythology. 神が人間や他の動物を創造したのではありません。 自然淘汰の結果、生物は進化したのです。 そして、進化には目的がありません。 They evolved by natural selection. And, evolution just has no purpose. 体の器官は特定の目的があって進化したのではありません。 そして、各器官の使われ方は、絶えず変動しています。 Organs have not evolved with a particular purpose. And the way organs are used by animals and humans is in constant flux. 数億年前に生まれたプロトタイプと同じ役目だけを果たしている器官は、人間の体にほとんどありません。 There is hardly a single organ in human body that only does the job its prototype did when it appeared hundreds of million years ago. 体の器官は、特定の機能を果たすために進化しました。 けれど、一度できあがったら、別の用途に適応させることが自然なのです。 Organs evolved to perform a particular function. But, once they exist, it is totally natural to adapt them for other usages. 羽は、爬虫類が温かさを保つために生まれました。 鳥は飛ぶためにそれを使っています。 それは不自然なことでしょうか? Feathers first appeared to keep ancient reptiles warm. Now birds use them to fly. Is that unnatural? 指は、私たちの祖先が木に登ることを助けました。 私たちはそれでピアノを弾いています。 それは不自然なことでしょうか? Fingers appeared to help our ancestors climb the trees. Now we use them to play the piano. Is that unnatural? 口は、食べ物を体に取り込むことを可能にしました。 そして私たちは会話をしてキスをするためにそれを使っています。 それは不自然なことでしょうか? Mouth appeared to enable organisms to take food into their bodies. And now we use them to speak and to kiss. Is that unnatural? 同じように、セックスは最初は子孫を残すために生まれました。 けれど私たちは、親密な関係、友情関係、恋愛関係を築くためにそれを使います。 それは何か不自然なことなのでしょうか? Similarly, sex first appeared for the purpose of procreation. But, now we use it to establish intimacy and friendships and relationships. Is there anything unnatural about that? Q: ヌードや、性を隠していないことを理由にゲイ・パレードに反対をしている人に何か言うことはありますか? Q: What would you say to people who object to gay parades because of the nudity and open sexuality often on display? 歴史を通して、ヌードが人を殺したことはほとんどありません。 けれど、宗教的な狂信主義は何百万人も殺しています。 だから、ゲイ・パレードでのヌードを気にかける前に、宗教的な狂信主義を心配すべきではないでしょうか。 Well, throughout history, nudity killed very few people. But, religious fanaticism killed millions. So before we worry so much about nudity in gay parade, we had better worry about religious extremism. 2018. 29 追記 ハラリ関連過去記事まとめ(読んでもらいたい順) (2018. 9さらに関連記事を追加) kaseinoji.

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ユヴァル・ノア・ハラリ『21世紀のための21のレッスン』

ユ ヴァル ノア ハラリ

ハラリ(2013) 生誕 1976-02-24 (44歳) , 居住 , 国籍 研究分野 研究機関 出身校 博士課程 指導教員 Steven J. Gunn 主な業績 『』 『』 影響を 受けた人物 主な受賞歴• Polonsky Prize for Creativity and Originality 2009 and 2012• Society for Military History's Moncado Award• Young Israeli Academy of Sciences• 学部の終身雇用教授。 世界的ベストセラー『 』、『』の著者。 著書では、、について検証している。 略歴 [ ] 1976年、ので生まれた。 その後にてとをルーツに持つ家庭で育った。 2002年に、現在彼のであるイツィク・ヤハフ(Itzik Yahav)に出会い、彼はヤハフのことを「私の『すべてのモノのインターネット』(my internet of all things)と語っている」。 ヤハフは個人的なマネージャーでもある。 ので結婚し 、その後イスラエルにほど近い地の(農業共同体の一種)で生活している。 2000年、オックスフォード在住中にを開始し 、それが「人生を変えた」と語っている。 著書『』では献辞として「に捧げる」とされている。 経歴 [ ] 1993年から1998年の間、ヘブライ大学で地中海史と軍事史を学んだ。 その後オックスフォード大学のジーザス・カレッジに進み、Steven J. Gunnに師事して2002年に博士の学位を取得した。 2003年から2005年にかけてのフェローとしての立場で歴史学を研究した。 その頃から、主として軍事に関する多くの著書や記事を執筆するようになる。 現在の専門は世界史とマクロ・ヒストリー(歴史の究極的な法則性を探求し、長期的・巨視的な傾向を見いだそうとする学問)である。 著書『』は2011年にヘブライ語で出版された。 2014年には英語版が出版され、その後30に迫る数の言語に翻訳された。 本書においてハラリはの全域に渡る調査を行った。 その領域は石器時代から始まって、21世紀における政治的・技術的な革新にいたるまでの進化全域を対象としている。 ヘブライ語版はイスラエルでベストセラーとなり、学界のみならず一般の人々の関心もかき立てたためハラリは一躍名声を得た。 で公開されているヘブライ大学における世界史講義(ヘブライ語)は、視聴回数が数十万回という人気を誇っている。 またハラリは『A Brief History of Humankind(人類史概論)』という英語での無料オンライン講座を開講しており、全世界で10万人以上の受講者がいる。 2009年から2012年にかけていくつかの有名な賞を受賞して名声を固めていった。 さらに2015年、の創始者であり現CEOでもあるによってサピエンス全史が紹介され一躍世界的に有名になった。 ザッカーバーグは本書を「人類文明の壮大な歴史物語」と評してフォロワーに紹介した。 主な著書 [ ]• Harari, Yuval Noah 2014. Sapiens: A Brief History of Humankind. London: Harvill Secker. Harari, Yuval Noah 2015. Jerusalem: Dvir publishing• ユヴァル・ノア・ハラリ、訳 『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福』 河出書房新社、2016年。 Sapiens: A Brief History of Humankindの翻訳)• Harari, Yuval Noah 2016. Homo Deus: A Brief History of Tomorrow. London: Harvill Secker. ユヴァル・ノア・ハラリ、柴田裕之訳 『ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来』 河出書房新社、2018年。 Homo Deus: A Brief History of Tomorrowの翻訳)• ユヴァル・ノア・ハラリ;柴田裕之訳『21 Lessons トゥエンティワン・レッスンズ :21世紀の人類のための21の思考 』 河出書房新社、2019年。。 (21 LESSONS FOR THE 21st CENTURYの翻訳) 動物福祉 [ ] 彼は(乳製品等も摂らない完全な菜食主義者)でもあり、動物(とりわけ家畜)の置かれている深刻な状況に対しても見解を述べている。 2015年、英国ガーディアン紙に寄稿した記事『は歴史上最悪の犯罪のひとつである』において「工業的に飼育されている動物たちの運命は(中略)我々の時代における最も逼迫した倫理上の問題のひとつである」と述べている。 出典 [ ]• Cadwalladr, Carole 2015年7月5日. 2016年11月2日閲覧。 Adams, Tim 2016年8月27日. the Guardian. 2018年3月17日閲覧。 Haaretz 2012年4月25日. 2018年3月17日閲覧。 2018年3月17日閲覧。 The Times Group 2015年10月14日. 2018年3月17日閲覧。 2017年4月25日. 2018年11月5日閲覧。 2014年8月31日. 2015年7月25日閲覧。 Reed, John 2014年9月5日. com. 2015年7月25日閲覧。 2018年3月17日閲覧。 Adams, Tim 2016年8月27日. 2018年11月5日閲覧。 Hebrew University 2008年. 2017年2月19日閲覧。 , in the channel in in 外部リンク [ ]•

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ユヴァル・ノア・ハラリ

ユ ヴァル ノア ハラリ

是非ご一読下さい。 世界的ベストセラー『』、『』、『』著者) 柴田裕之=訳 多くの人が新型コロナウイルスの大流行をグローバル化のせいにし、この種の感染爆発が再び起こるのを防ぐためには、脱グローバル化するしかないと言う。 壁を築き、移動を制限し、貿易を減らせ、と。 だが、感染症を封じ込めるのに短期の隔離は不可欠だとはいえ、長期の孤立主義政策は経済の崩壊につながるだけで、真の感染症対策にはならない。 むしろ、その正反対だ。 感染症の大流行への本当の対抗手段は、分離ではなく協力なのだ。 感染症は、現在のグローバル化時代のはるか以前から、 厖大 ぼうだい な数の人命を奪ってきた。 14世紀には、飛行機もクルーズ船もなかったというのに、黒死病(ペスト)は10年そこそこで東アジアから西ヨーロッパへと拡がり、ユーラシア大陸の人口の四半分を超える7500万~2億人が亡くなった。 イングランドでは、10人に4人が命を落とし、フィレンツェの町は、10万の住民のうち5万人を失った。 1520年3月、フランシスコ・デ・エギアという、たった1人の天然痘ウイルス保有者がメキシコに上陸した。 当時の中央アメリカには電車もバスもなければ、ロバさえいなかった。 それにもかかわらず、天然痘は大流行し、12月までに中央アメリカ全域が大打撃を受け、一部の推定によると、人口の3分の1が亡くなったとされている。 1918年には、ひどい悪性のインフルエンザウイルスが数か月のうちに世界の隅々まで拡がり、5億もの人が感染した。 これは当時の人口の4分の1を超える。 インドでは人口の5%、タヒチ島では14%、サモア諸島では20%が亡くなったと推定されている。 このパンデミック(世界的大流行)は、1年にも満たぬうちに何千万(ことによると1億)もの人の命を奪った。 これは、4年に及ぶ第1次世界大戦の悲惨な戦いでの死者を上回る数だ。 1918年以来の100年間に、人口の増加と交通の発達が相まって、人類は感染症に対してなおさら脆弱になった。 中世のフィレンツェと比べると、東京やメキシコシティのような現代の大都市は、病原体にとってははるかに獲物が豊富だし、グローバルな交通ネットワークは今日、1918年当時よりもずっと高速化している。 ウイルスは、24時間もかからないでパリから東京やメキシコシティまで行き着ける。 したがって私たちは、致死性の 疫病 えきびょう が次から次へと発生する感染地獄に身を置くことを覚悟しておくべきだった。 ところが実際には、感染症の発生率も影響も劇的に減少した。 エイズやエボラ出血熱などの恐ろしい感染爆発はあったものの、21世紀に感染症で亡くなる人の割合は、石器時代以降のどの時期と比べても小さい。 これは、病原体に対して人間が持っている最善の防衛手段が隔離ではなく情報であるためだ。 人類が感染症との戦いに勝ち続けてきたのは、病原体と医師との間の軍拡競争で、病原体がやみくもな変異に頼っているのに対して、医師は情報の科学的分析を拠り所としているからにほかならない。 14世紀に黒死病が猛威を振るったときには、何が原因で、どんな手が打てるのか、人々は見当もつかなかった。 近代以前、人類はたいてい病気を、怒れる神や悪意に満ちた魔物や汚い空気のせいにし、細菌やウイルスが存在するなどとは考えもしなかった。 天使や妖精がいると信じていたものの、たった一滴の水に命の略奪者の恐ろしい大軍が潜んでいようとは、想像もできなかった。 したがって、黒死病や天然痘が襲ってきたとき、為政者が思いつくことと言えば、大規模な 祈禱 きとう の催しを行ない、さまざまな神や聖人に救いを求めることぐらいのものだった。 だが、効き目はなかった。 それどころか、大勢の人が集まって祈りを捧げると、集団感染を招くことが多かった。 20世紀には、世界中の科学者や医師や看護師が情報を共有し、力を合わせることで、病気の流行の背後にあるメカニズムと、大流行を阻止する手段の両方を首尾良く突き止めた。 進化論は、新しい病気が発生したり、昔からある病気が毒性を増したりする理由や仕組みを明らかにした。 遺伝学のおかげで、現代の科学者たちは病原体自体の「取扱説明書」を調べることができるようになった。 中世の人々が、黒死病の原因をついに発見できなかったのに対して、科学者たちはわずか2週間で新型コロナウイルスを見つけ、ゲノムの配列解析を行ない、感染者を確認する、信頼性の高い検査を開発することができた。 感染症の大流行の原因がいったん解明されると、感染症との戦いははるかに楽になった。 予防接種や抗生物質、衛生状態の改善、医療インフラの充実などのおかげで、人類は目に見えない襲撃者よりも優位に立った。 1967年には依然として、1500万人が天然痘にかかり、そのうち200万人が亡くなった。 だが、その後の10年間に天然痘の予防接種が世界中で推進されてこの対抗策は大成功を収め、1979年には世界保健機関が、人類の勝利と天然痘の根絶を宣言した。 そして2019年には、天然痘にかかったり、天然痘で命を落としたりした人は、1人としていなかった。 この歴史は、現在の新型コロナウイルス感染症について、何を教えてくれるのだろうか? 第一に、国境の恒久的な閉鎖によって自分を守るのは不可能であることを、歴史は示している。 グローバル化時代のはるか以前の中世においてさえ、感染症は急速に広まったことを思い出してほしい。 だから、たとえ国際的なつながりを1348年のイングランドの水準まで減らしたとしてもなお、不十分だろう。 隔離によって本当に自分を守りたければ、中世にさかのぼってもうまくいかない。 完全に石器時代まで戻る必要がある。 だが、そんなことが可能だろうか? 第二に、真の安全確保は、信頼のおける科学的情報の共有と、グローバルな団結によって達成されることを、歴史は語っている。 感染症の大流行に見舞われた国は、経済の破滅的崩壊を恐れることなく、感染爆発についての情報を包み隠さず進んで開示するべきだ。 一方、他の国々はその情報を信頼できてしかるべきだし、その国を排斥したりせず、自発的に救いの手を差し伸べなくてはいけない。 現時点で、中国は新型コロナウイルスについて重要な教訓の数々を世界中の国々に伝授できるが、それには高度な国際的信頼と協力が求められる。 国際協力は、効果的な検疫を行なうためにも必要だ。 隔離と封鎖は、感染症の拡大に歯止めをかける上で欠かせない。 だが、国家間の信頼が乏しく、各国が自力で対処せざるをえないと感じていたら、政府はそのような思い切った対策の実施をためらう。 もし国内で新型コロナウイルスの感染者が100人見つかったら、ただちに都市や地方をまるごと封鎖するだろうか? それはおおむね、他国に何が期待できるか次第だ。 自国の都市を封鎖すれば、経済の崩壊を招きかねない。 そのときには他国が援助してくれるだろうと思っていれば、封鎖のような大胆な措置も取りやすくなる。 だが、他国に見捨てられると考えていれば、おそらく躊躇し、手遅れになるだろう。 こうした感染症について人々が認識するべき最も重要な点は、どこであれ 1国 ・・ における感染症の拡大が、 全人類 ・・・ を危険にさらすということだ。 それは、ウイルスが変化するからだ。 コロナのようなウイルスは、コウモリなどの動物に由来する。 それが人間に感染すると、当初は、人間という 宿主 しゅくしゅ にはうまく適応していない。 だが、人間の体内で増殖しているうちに、ときおり変異を起こす。 ほとんどの変異は無害だ。 だが、たまに変異のせいで感染力が増したり、人間の免疫系への抵抗力が強まったりする。 そして、このウイルスの変異株が人間の間で今度は急速に広まる。 たった1人の人間でも、何兆ものウイルス粒子を体内に抱えている場合があり、それらが絶えず自己複製するので、感染者の1人ひとりが、人間にもっと適応する何兆回もの新たな機会をウイルスに与えることになる。 個々のウイルス保有者は、何兆枚もの宝くじの券をウイルスに提供する発券機のようなもので、ウイルスは繁栄するためには当たりくじを1枚引くだけでいい。 これはただの臆測ではない。 リチャード・プレストンは著書『レッドゾーンの危機( Crisis in the Red Zone)』で2014年のエボラ出血熱の感染爆発における、まさにそうした一連の出来事を描き出している。 この感染爆発のきっかけは、コウモリから人間へのエボラウイルスの感染だった。 感染者は重症になったが、ウイルスは依然として人体よりもコウモリの体内での生息に適応していた。 エボラウイルスが比較的稀な病気から猛威を振るう感染症に変化したのは、西アフリカのマコナ地区のどこかで、たった1人に感染したあるエボラウイルスの、たった1つの遺伝子の中で起こった、たった1度の変異のせいだった。 この変異のおかげで、「マコナ株」と呼ばれるエボラウイルスのこの変異株は、人間の細胞のコレステロール輸送体に結びつくことができるようになった。 こうして、この輸送体はコレステロールの代わりにエボラウイルスを細胞内に引き入れ始めた。 この新しいマコナ株は、人間への感染性が4倍も高まった。 みなさんがこの文章を読んでいる間にも、テヘランかミラノか武漢の誰かに感染した新型コロナウイルスの、たった1つの遺伝子の中で、それに似た変異が起こりつつあるかもしれない。 もしそれが本当に起こっているとしたら、それはイラン人やイタリア人や中国人だけではなく、みなさんの命にとっても直接の脅威となる。 新型コロナウイルスにそのような機会を与えないことは、全世界の人にとって共通の死活問題なのだ。 そしてそれは、あらゆる国のあらゆる人を守る必要があることを意味する。 1970年代に人類が天然痘を打ち負かすことができたのは、すべての国のすべての人が天然痘の予防接種を受けたからだ。 たとえ1国でも国民に予防接種を受けさせることを怠っていたら、人類全体を危機に陥れていただろう。 天然痘ウイルスがどこかに存在して変化を続けていたら、いつでもあらゆる場所に拡がりうるからだ。 ウイルスとの戦いでは、人類は境界を厳重に警備する必要がある。 だが、それは国どうしの境界ではない。 そうではなくて、人間の世界とウイルスの領域との境界を守る必要があるのだ。 地球という惑星には、無数のウイルスがひしめいており、遺伝子変異のせいで、新しいウイルスがひっきりなしに誕生している。 このウイルスの領域と人間の世界を隔てている境界線は、ありとあらゆる人間の体内を通っている。 もし危険なウイルスが地球上のどこであれ、この境界をどうにかして通り抜けたら、ヒトという 種 しゅ 全体が危険にさらされる。 過去1世紀の間、人類はかつてないほどまでこの境界の守りを固めてきた。 近代以降の医療制度は、この境界にそびえる壁の役割を果たすべく構築され、看護師や医師や科学者は、そこを巡回して侵入者を撃退する守備隊の務めを担っている。 ところが、この境界のあちこちで、かなりの区間が情けないほど無防備のまま放置されてきた。 世界には、基本的な医療サービスさえ受けられない人が何億人もいる。 このため、私たち全員が危うい状況にある。 健康と言えば国家の単位で考えるのが当たり前になっているが、イラン人や中国人により良い医療を提供すれば、イスラエル人やアメリカ人も感染症から守る役に立つ。 この単純な事実は誰にとっても明白であってしかるべきなのだが、不幸なことに、世界でもとりわけ重要な地位を占めている人のうちにさえ、それに思いが至らない者がいる。 今日、人類が深刻な危機に直面しているのは、新型コロナウイルスのせいばかりではなく、人間どうしの信頼の欠如のせいでもある。 感染症を打ち負かすためには、人々は科学の専門家を信頼し、国民は公的機関を信頼し、各国は互いを信頼する必要がある。 この数年間、無責任な政治家たちが、科学や公的機関や国際協力に対する信頼を、故意に損なってきた。 その結果、今や私たちは、協調的でグローバルな対応を奨励し、組織し、資金を出すグローバルな指導者が不在の状態で、今回の危機に直面している。 2014年にエボラ出血熱が大流行したときには、アメリカはその種の指導者の役をこなした。 2008年の金融危機のときにも、グローバルな経済破綻を防ぐために、率先して十分な数の国々を結束させ、同じような役目を果たした。 だが近年、アメリカはグローバルなリーダーの役を退いてしまった。 現在のアメリカの政権は、世界保健機関のような国際機関への支援を削減した。 そして、アメリカはもう真の友は持たず、利害関係しか念頭にないことを全世界に非常に明確に示した。 そして、新型コロナウイルス危機が勃発したときには傍観を決め込み、これまでのところ指導的役割を引き受けることを控えている。 たとえ最終的にリーダーシップを担おうとしても、現在のアメリカの政権に対する信頼がはなはだしく損なわれてしまっているため、進んで追随する国はほとんどないだろう。 「 自分が第一 ミー・ファースト 」がモットーの指導者に、みなさんは従うだろうか? アメリカが残した空白は、まだ他の誰にも埋められていない。 むしろ、正反対だ。 今や外国人嫌悪と孤立主義と不信が、ほとんどの国際システムの特徴となっている。 信頼とグローバルな団結抜きでは、新型コロナウイルスの大流行は止められないし、将来、この種の大流行に繰り返し見舞われる可能性が高い。 だが、あらゆる危機は好機でもある。 目下の大流行が、グローバルな不和によってもたらされた深刻な危機に人類が気づく助けとなることを願いたい。 顕著な例を1つ挙げよう。 新型コロナウイルスの大流行は、EU(欧州連合)が近年失った各国民の支持を再び獲得するまたとない機会になりうる。 EUのなかでも比較的恵まれている国々が、大きな被害が出ている国々に、資金や機器や医療従事者を迅速かつ惜しみなく送り込めば、どれだけ多くの演説をもってしても望めないほど効果的に、ヨーロッパの理想の価値を立証できるだろう。 逆に、もし各国がそれぞれ自力で対処せざるをえなければ、今の大流行はヨーロッパ統合の終焉を告げる弔いの鐘を鳴らすことになりかねない。 今回の危機の現段階では、決定的な戦いは人類そのものの中で起こる。 もしこの感染症の大流行が人間の間の不和と不信を募らせるなら、それはこのウイルスにとって最大の勝利となるだろう。 人間どうしが争えば、ウイルスは倍増する。 対照的に、もしこの大流行からより緊密な国際協力が生じれば、それは新型コロナウイルスに対する勝利だけではなく、将来現れるあらゆる病原体に対しての勝利ともなることだろう。 出典 TIME MAGAZINE On March 15, Yuval published In the Battle Against Coronavirus, Humanity Lacks Leadership , in TIME magazine. 関連本• 単行本 - 人文書•

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