僕 の 目 に は 君 しか 見え ない 僕 の 耳 に は 君 しか 聞こえ ない。 深閑の好意

欅坂46のサイレントマジョリティーがめっちゃ怖い

僕 の 目 に は 君 しか 見え ない 僕 の 耳 に は 君 しか 聞こえ ない

それから数時間。 そろそろ晩ご飯の心配をしないとなあと思い、のそのそとベッドから起き上がると、それと同時に部屋のドアが開けられた。 「……真白?」 立ち上がったまま止まっていると、ひょこりとドアの隙間から真白が顔をおずおずと覗かせる。 僕の顔色を窺うように、さながらエサをもらうときに機嫌を尋ねるような要領でじっと見つめている。 「あ、あの……その……」 やがてその膠着状態が飽和して、真白が口を開いた。 「さっきは……すみません。 気を悪くするようなことを言って……」 どうやら彼女は僕に謝りにきたようだ。 別に怒っているわけじゃないのに。 「いや、そんな気にしているわけじゃないから……謝らなくても。 僕のほうこそ、大人げなくてごめん……」 「ただ……その、優太さんが優しい人だっていうのは、私の本心ですので……そこだけは」 もじもじと両手を前で合わせてはしきりに動かしている。 ……ここだけは譲らない、っていう意思を汲み取ったので、僕もそれについては何も言い返さず、次の言葉を口にしようとしたけど、 「「あ……」」 口を開くタイミングが揃ってしまい、気まずい時間がまた流れる。 「……晩ご飯、どうしようか?」 そのいたたまれなさをどうにかするために、頭をポリポリと掻きながら僕はそう切り出した。 「買い物、行けなかったから……家にあるものでどうにかするか、外で食べるかだけど……」 どうする? と静かに尋ねる。 「昨日のうどんがちょっぴり残っているので、それにしませんか? うどんは足して煮込めばいいだけなので」 「……お餅くらいは、焼こうか」 「お餅ですか? いいですねっ、私人間になったらお餅を食べてみたかったんですっ! 毎年お正月になるとみんな食べていて、どれだけ美味しいんだろうなあって」 急に元気が出てきた真白は、お餅のことを想像してじゅるりとよだれを飲み込んでいるようだ。 食欲に忠実なのは……ある意味猫っぽいかもな。 二日目のカレーは美味しいとよく言うけど、二日目のうどんは大して味は変わらなかった。 つまり、美味しい。 残り物だから野菜とかの具は少なめだけど、致し方ない。 明日はきちんと買い物に行かないと。 真白待望のお餅は、安いパックの切り餅だったけど満足してくれたようだ。 表面を少しキツネ色に焦がしたそれをうどんのおつゆに通して力うどんにしたり、シンプルに醤油を垂らして食べたり、きなこをまぶしたり。 ……お餅を三つも食べるとは。 僕は二つで限界だ。 まあ、お餅を口に入れた瞬間「んんんー美味しいですー」と頬を押さえながら幸せそうに食べている真白の様子は、見ていて微笑ましかった。 しまいには「お餅、まだ家にありますかっ?」と聞いてくるし。 まだいくつか残っているよと答えるとすごく嬉しそうにしていた。 ないはずの尻尾が揺れているような、そんな感じ。 「また今度食べちゃいますっ」って。 なくなったら、またパック切り餅買ってきてあげるか……。 そんな同居生活二日目の晩ご飯も終わって、僕はお風呂に入ることにした。 風邪を引いている間は一切入れなかったし、昨日もシャワーで済ませてしまった。 やっぱり冬はゆっくりお湯に浸かりたい。 台所の隣、つまりまあ、僕の部屋と反対隣にある脱衣所で服を脱いで洗濯機に放り込む。 お湯をはってあるとき特有のお風呂場の湿った空気をたっぷりと吸い込んで、ゆっくりと浴槽に体を沈める。 「はぁ……やっぱり気持ちいいなあ……」 祖父はこういうときに「あずましい」なんてよく呟いていた。 北海道の方言みたいで、気持ちいいとか心地よいときに使う。 まあ、お風呂に入ったときにしばしば使われるらしい。 僕は東京育ちだから、なかなか勝手に口を衝くことはないけどね。 もとは祖父のひとり暮らしで使っていた家ということもあって、ある程度バリアフリー的な設計をなしている。 浴槽の高さは低めだし、端っこには段差もついて出入りしやすくなっている。 高さが低い分幅と長さはたっぷり取られていて、足を伸ばしてのびのびとくつろぐこともできる。 手すりも至るところについていて、まさに装備はばっちり。 祖父は体が悪かったわけじゃないけど、いつどうなるかわからないということで、このようなリフォームをしていたみたいだ。 そんな祖父の恩恵にあずかりつつゆったりしていると、脱衣所のドアが開く音が聞こえた。 ……ん? 真白? 何か用事でもあるのかな……。 なんて思っているけど、いつになっても僕に声をかけることはなく、浴室のすりガラス越しには動いている真白のシルエットしか見えない。 「っっ?」 少しして、そのシルエットの動きがおかしいことに気づいた。 ……なんていうか、その、両手を足の下まで伸ばして、片膝が上がっているというか……。 その、つまりはボトムスを脱いでいる体勢のように見えたんだ。 「まっ、真白? どうした? 急に」 確認の意思も込めて少し大きな声で脱衣所の彼女に尋ねる。 「よかったらお背中流しますよ……?」 バスタオルで一通り身体を隠した真白と、こうなると予想していなかったのですっぽんぽんの僕。 ……あの、でも指の隙間空いてますよ? 僕も慌てて湯船のなかに戻って身体全部をお湯で隠す。 幸い、入浴剤を入れているのでお湯越しに透けることはない。 ……とはいってもばっちり見られたよね……今? ……もうお婿行けない。 行くあてもないけど。 「に、人間観察をしていると、同居する男女は一緒にお風呂に入るものだと知ったので入ってみたんですが……ご迷惑でしたか?」 「一体どこのお家を観察していたの?」 それ絶対見ていた家間違えているよ……。 カップルかな? このニュアンスだと親子ってわけじゃなさそうだからな……。 「そ、それじゃあ失礼します……」 って結局入るの? マジで? 真白が湯船に足を踏み入れようとしてきたので、僕は伸ばしていた足を慌てて畳んで体育座りをする。 端っこの段差がないほうに寄っていると、真白は僕の目と鼻の先のスペースに入っては、お湯に浸かり始める。 真白さん……近くないですか? それも人間観察の成果ですか? ……怖いから聞かないですが、その観察していた人たち、変なことおっぱじめてないですよね? 「はうう……こ、これがお風呂なんですね……すごく変な感じがしますぅ……」 肩まできっちりお湯に沈むと、真白は目を半分閉じつつそう漏らす。 「……そういえば、猫って水苦手なんじゃ?」 今まで猫みたいに熱いものはふーふーしていたし、髪の毛だって猫っぽいし。 だからお風呂も苦手ではないのかなと思った次第。 「苦手は苦手ですよ? でも、人間さんがあんなに心地よさそうに入っているのを見ていると、これも興味が出て来ちゃいまして……えへへ……」 少しだけ赤く染まった頬を触りながら、真白は答えた。 ……っていうか普通に会話しているけどどうしよう、この状況。 今僕全裸だから湯船から出る訳にはいかないし、かといって真白が僕のいる浴室で身体を洗うのも精神衛生上非常によろしくない。 ……じゃあ真白が身体洗っている間僕はお湯に潜っていればいいのかな。 どれくらい時間がかかるかわからないけど、十五分とか? ……世界チャンピオンになれる気がするよ。 それだけ息を止めていたら。 「ま、真白? そ、それも人間観察……なのかな?」 「はい、女の人、ちょくちょくこうやって男の人の腕のなかに入ってましたよ?」 ……絶対に真白は僕以外の誰かとかかわりを持たせたら駄目かもしれない。 特に男に対しては。 色々間違いが起きそうな気がする。 というかこの体勢、僕の僕(察して)が真白のちょうど……背中と……なところに当たりそうで反応しそうなんです。 バスタオルがあるにしてもね。 今必死でこらえてますけどね。 けどそんな我慢空しく。 やはり真白のふわふわな身体には勝てずに、 「…………」 「あれ? 優太さん、身体洗うんですか? だったらお背中流しますよ?」 無言でくるっと反対を向いて湯船から出て、そのまま浴室を出ようとした、のだけれど。 「あっ、ダメですよ優太さん、ちゃんと身体は洗わないと。 汚いままだとモテませんよ?」 真白も一緒に立ち上がって、逃げ出そうとした僕の右手をがっちり掴んで引き留めては、そのまま僕をお風呂場の椅子に座らせた。 ……多分、あれだ。 真白は、自分の裸を見られたり、触られることには一定の羞恥があるのだろうけど、知識は伴っていないからどういうことをしたらどうなるのかってことをわかっていないんだ。 なんていうか、思春期が来る前、もしくは来たばっかりの小学校中学年くらいの感覚? なのだろう。 子供はキャベツ畑で拾ったり、カッコウが落とすんだよと教えられるお年頃くらいの。 だからこういうことも普通にできてしまうんだ。 ……うん、性教育って大事。 人間観察だけじゃ賄えないからね。 天使も例外ではない。 「洗っちゃいますねー」 持ち込んだタオルにボディーソープを数滴プッシュして、真白は僕の背中をごしごしと洗い始める。 ……ああ、もう駄目だ。 為すがままに進んでしまっている。 「こ、これも……恩返しの一部なの?」 どうしようもないのでとりあえずそんなことを聞いてみる。 「優太さんがそのつもりなら全然それでも構いませんけど……とくにそういった気はありませんよ?」 ……じゃあこれは素なんですね。 わかりました。 「かゆいところありますか?」 「……大丈夫だよ」 「はーいわかりましたー」 ……おじいちゃん、ごめんなさい。 せっかく残してくれた広々としたお風呂をこんなふうに使ってしまって。 僕は悪い子です……。 「それじゃあ背中はこれくらいで……次は」 「前は僕が自分でやるから。 真白はお風呂入っていていいよ」 食い入るように叫んでは、僕は真白が持っているタオルをひったくった。 「そ、そうですか……? それならお言葉に甘えて……ほわぁぅ……」 ちゃぽんという音と真白のとろけるような声が聞こえてきたのを聞いて、僕は湯船の真白に背中を向けて残りの前と、頭を洗い始めた。 多分、過去一番で早く、そして丁寧に洗えたのではないかと思う。

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僕 の 目 に は 君 しか 見え ない 僕 の 耳 に は 君 しか 聞こえ ない

実際はただ授業を聞き流しながら、自分が学校にいることにあまり実感が持てなくて、今が現実なのか夢なのか、何度も自分の右手を動かしてちゃんと自分がこの体を動かしているのか、確かめる作業にしばしば没頭していた。 「あれ」は何だったんだろう。 ねえ、まだわたしの中にいるの? そう心の中で問いかけてみたけど、返事はない。 っていうか、自分の中の誰かに呼びかけるって、それ危ない人じゃない。 大体、あり得ないでしょ、乗り移りなんて。 それこそ神様とか幽霊とか目に見えないものを信じるようなものだ。 わたしは神様も幽霊も信じてないし。 そりゃ初詣とかには行くけどそれはイベントみたいなもので、お参りだってポーズだけだと思ってる。 じゃあ、あの一連の出来事は全部自分の意志だったのか、と言われると、それも腑に落ちない。 だって、わたしはもう学校に行けないって思ってたから。 親に無断欠席がバレたら後先考えずに「学校辞める」って言いだしてたかもしれないってくらい。 何もかも、嫌になっちゃって、一生懸命着実に歩くのを止めてしまっていたのに。 「まりあちゃん!」 不意に声を掛けられて、迂闊にもふえっ、と変な声を出して驚いてしまった。 「大丈夫? まだ調子悪い?」 わたしの前にひょっこりと顔を出した森久保は、短い眉をハの字に曲げて心配そうにわたしの顔を覗き込んでくる。 そんな彼女に、わたしは慌てて首を振って苦笑いを浮かべた。 「ううん、大丈夫。 久しぶりの授業だったから、ちょっと疲れただけ」 「そっかあ。 あ、後であたしのノート貸すね。 それともコピーの方がいいかな、書くの大変だし」 「うん、ありがと……」 森久保と会話して、ようやくいつもの自分が戻ってきたような気がする。 森久保相手にほっとするとか、すごく久しぶりの感覚。 今まではほっとするどころか、いつも鬱々とした気持ちばかり抱いていたから、変な感じ。 「ね、お昼ご飯食べにいこうっ! ようちゃんとゆねちゃんもまりあちゃんのこと心配してたし、安心させに行こうよ、ねっ」 そう言いながら森久保が抱えていたランチボックスを見せる。 デフォルメされた白い犬の柄があちこちに散らされたそれを見るのも、とても久しぶりだ。 森久保と違うクラスの友達と食べる場所と言えば、もちろん決まっている。 あの木蓮の木のある中庭だ。 あそこには喫食スペースが設けられていて、この木蘭高校の憩いの場所となっている。 朝は寒かったけど今はお天気もいいし、外で食べる方が気持いいだろうな。 今も少し残ってる嫌な目眩もなくなるかも。 「うん、いいよ」 わたしの返事に森久保がぱっと顔を輝かせて笑う。 大きな瞳がきらきらと太陽の光を受けて輝き、桃色の唇はきゅっと口角が上がっている。 相変わらず可愛くて、無邪気な笑顔だ。 「えへへ、嬉しいなっ。 あたしね、今日の卵焼き新作なの。 後でおかずの交換しようっ」 「ん、楽しみ……あ」 森久保に返事をしながら机の右側に掛けていた鞄に手を伸ばしたところで、わたしはあることに気がついた。 サボってることがバレないよう妹や両親の目を誤摩化すため、制服はちゃんと着込んでいたけど、お弁当は確かキッチンに……。 開いた鞄の中、やっぱりそこにわたしのお昼ご飯はなかった。 ……教科書やノートは偶然にも一週間前の状態そのままだったから問題なかったのに。 まあ、今朝のあの特殊な状況じゃ、なくても仕方ないか。 鍵を閉めたのかどうかも正直怪しいし。 ごめん、それってまりあの分のお弁当だったんだ、鞄に入れ損ねちゃったよ。 「っなあ?!」 またもや奇声が自分の口から飛び出した。 いや、そんなことはどうでもいい。 あの悪夢は終わったんじゃないの? 何でまたあの声が……。 「ま、まりあちゃん? どうかした、の?」 「え、あ、えっと……」 森久保に話しかけられているのは分かったけど、上手く頭に入って来なくて狼狽えた声しか出ない。 ばくばく心臓が高鳴ってるし、折角落ち着いてきていた目眩が強く現れて、森久保の顔がぼやけてきた。 今から行けば、まだおにぎりもサンドイッチも選び放題だし。 「ひっ」 また聞こえた。 森久保が驚いた顔でわたしを見ている。 ダメ、誤摩化せない。 これ以上、森久保の前で変なわたしを見せられない。 「っごめん、お弁当忘れた、購買にいってくる!」 早口にそう告げると、わたしは財布を引っ掴んで逃げるように教室を出て行った。 まりあちゃん、と驚いたように呼びかける森久保の声に、答えてあげられる余裕は少しもなかった。 一気に階段を駆け下りて一階にたどり着いたわたしに話しかけてくる男の声は、耳を塞いでもクリアーな音のまま聞こえてきた。 それでも心情的に耳を塞いで歩いていたら、それはそれで周りを歩く生徒に不審そうな目で見られそうな気がしてきて、結果わたしは背中を丸めて目立たないように歩いている。 「……っうるさ……っ」 あまりにもしつこいその声につい苛立った声が出てしまい、わたしは慌てて口を噤んだ。 わたし以外には聞こえていないっぽいし、普通に答えてたら怪しさは倍増する。 (アンタ、何なの。 わたしにしか聞こえないその声の主は、わたしの心の声は聞こえないらしい。 非科学的現象のくせに、なんて不便なんだ。 痛みとか寒さっていうのは分かるから、五感は共有してるみたいだけど、心は違うみたいだ。 ま、元々違う 人 間 同 士だからね、仕方ないのかも。 周りに聞こえないよう窺いながら小声で話せば、やっぱり声の主は答えてきた。 例えるなら、電話で話ししてる感覚。 耳で聞いてるっていうより、頭の中に響く感じだからぐわん、と目眩もするけど、最初よりは幾分かマシなものだった。 そう呼んでくれると嬉しいな。 男なのは確かだよ。 そういう自覚はある。 何だその曖昧な返答は。 暢気そうな声といい、ふざけすぎにも程がある。 現実にいたらまず付き合いたくない、というか近寄りたいと思わないタイプだと、声だけでも何となく感じた。 学校に来るまでは僕が君の体を動かしていたのがその証拠なんだけど。 君だって、まだ覚えてるでしょ? 覚えてる、すごく嫌だし、不愉快だったけど。 ううん、今もすっごく不愉快だけど! 「他人のくせに人の体を動かすって、気持ち悪すぎなんだけど。 でも、僕にもこの現象を説明できないんだ、何せ気がついたら君の中にいたんだもんだからね。 それから、僕は寄生虫じゃなくて、元人間。 所謂、幽霊だよ。 僕、死んでるんだ、多分。 いきなりずしっとくるようなことを言われて、思わず立ち止まる。 幽霊、死んでいる。 縁起でもない上にこれまた非科学的な……いや、でも、むしろこの状況ならあり得る話、かもしれない。 フィクションの物語とかによく出てくるし。 幽霊に取り憑かれるとか、そういうの。 いや、基本信じたくないけど。 というか、祟る方法とか、全然分かんないし。 でも、他に言い方が思いつかなくて。 だから、何でいちいち軽々しい物言いをするんだろう。 イライラするんだけど。 けど、苛つきながらも会話したことで少しだけ気が紛れたので、わたしは再び足を動かした。 ついでに回れ右をして、購買の方へ向かう。 こいつの言う通り、反対方向に歩いてたのは確かだからね。 あと、死んだこと。 でも、それ以外は僕も全然分からないんだ。 幽霊になってるってことは、未練とかがあるのかもしれないけど、それも全然。 むしろ、教えて欲しいくらいさ。 何それ。 っていうか、幽霊になって記憶喪失って、って、普通ならもっと混乱すると思うんだけど。 少なくても、わたしはそんな暢気そうに語れない。 絶対、ぎゃーぎゃー言ってる自信、ある。 思い出すのを待つしかないかな。 けどこいつはそういうタイプじゃない。 相当図太い人間なのか。 いや、だったのか、と言うべきか。 「っていうか、思い出すまでいるつもり? こっちはすっごく迷惑なんですけど。 だから、無理なものは無理だって。 諦めも肝心だよ、まりあ。 白木蓮よりももっと眩しい白に、目を瞑った途端、足が地面から離れる。 多分、ぎゃあ、とか悲鳴を上げたとは思う、けどその声をわたしの耳は捉えなかった。 ぐるり、と体が勝手に前転したかと思うと、閉じられていた瞼はいつの間にか開かれていた。 目の前にはちょうど横切ろうとしていた階段があり、背中にはひんやりとした感触があった。 辺りを見回そうとしたけど、首が動かない。 ついでに足も手も、ぴくりとも動かせない。 そして、視界がぐるん、と回転して、階段の壁から一階の廊下、そして職員室の方に向けられる。 うわ、すごく気持ち悪い、今にも吐きそうなくらいだ。 でもそれは気持ちだけで、わたしの体は吐き気の代わりに動悸を起こしていた。 喘ぐように言葉を吐き出すも、わたしの体を乗っ取ったそいつは声を出すことなく、ちょうど職員室から出てきたスーツ姿の男を見ていた。 けど、こちらを振り返ったその顔を確認することなく、またぐるりと視界が回転して再び階段側へ向けられる。 しばらくすると、誰かが背中を横切る感覚がし、それを見計らったかのように視界が再び廊下の方へ向けられる。 左方向へまっすぐに歩いて行くそのスーツ姿の背中をちらりと見ると、ぎゅっと瞼を閉じてしまう。 まるで、見たくないものを見てしまったみたいに。 「……はあ」 しばらくそうしていたかと思うと、急に視界が開けてわたしの体はずるずるとその場にしゃがみ込んでしまった。 少し落ち着いたけど、まだドキドキしてる。 「……あれ、いつの間にかまた交代してたね」 はっとしたように体を見下ろしながらそんなことを言う。 相変わらず緊張感の欠片もないし。 それよりさっさとわたしの体返して。 「うん、分かったよ。 ……って言いたいところだけど」 瞼を開けてゆっくりと立ち上がると、わたしじゃないわたしは苦笑いを浮かべて肩を竦めた。 「……どうやら自由に君と交代することはできないみたい。 僕もいつの間にか抜けたり入ったりしちゃったし。 そうだな、まるでお母さんのお腹の中にいる赤ちゃんみたいって感じかな。 温かくて、安心できるんだよ」 あはは、と暢気に笑いながら廊下へ出て行き、何事もなかったかのように歩き出すわたし。 当然へらへら笑いながら大きな声で独り言を口にするその姿は周囲の目を一気に集めてしまうわけで。 幸いなことに、ありあがわたしの体を動かせたのは購買で昼食を調達後、教室に戻ってきて森久保と接触したところまでだった。 けど、それはそれでわたしにあれこれと尋ねたり話しかけてくるから、それがとてもうざったいのなんの。 うーん、習ったことある気がするけど、チンプンカンプンだなあ。 ねえねえ、シチュー作れる? 僕、大好物なんだよね。 ついでに耳も塞いでおこうか。 こんな調子で学校はもちろん、家に戻ってもずーっと話しかけてくる。 まるで頭の中にスピーカーを埋め込まれたかのようだ。 プライベートがなくなって、誰かに監視され続けてるってこんな感覚だったんだ、知りたくなかった。 嫌悪感、もあるけど、何よりずっと頭の中を揺さぶられるような声で話しかけられているせいで、気持ち悪さが消えないことの方が重大だ。 「……うるさい」 「? おねーちゃん、どうしたの。 テレビ、止めたよ?」 我慢できずについ声に出してしまうと、こんな風に周りの人から訝しげな眼差しで見られてしまう。 無理もない、周りからすればわたしが独り言いってるようにしか見えないし。 お陰で森久保からしきりに「保健室行った方がいいんじゃないかな」と言われてしまったくらいだ。 「おねーちゃん、だいじょーぶ?」 今も、隣でテレビを見ていた光希が、心配そうにわたしの顔を覗き込んできた。 普段甘えてばかりで人の心配なんて全然しない妹に心配される日が来るなんてね……けど、こんなこと、そのまま言える訳がない。 わたしだったら信じないし、仮に妹にそんなこと言われたら、真剣に病院へ無理矢理引きずっていくレベルの話だから。 「ごめん、ちょっと疲れちゃったみたい。 先、寝るね。 アンタもあんまり遅くまで起きてちゃだめだよ」 「うん、おやすみなさい、おねーちゃん」 こういう時はとにかく眠ればいい。 そうすれば無駄に考えずに済む。 さっさと自室に引きこもると、捲り上がった状態で放置されていた白い花の模様の掛け布団を頭から被る。 本当は明日のお弁当の仕込みとか、夜遅くに帰ってくる両親に「おかえり」を言うこととか、明日の授業の予習と復習とか、やることはあるんだけど、どれもこれもまともにできそうにないからね。 それに少しだけ期待してるんだ。 目覚めたら始まったこの奇妙な状況、眠ったら全て終わるんじゃないかなって。 非科学的? この際なんでもいい。 いつも通りに戻っていれば。 あんなに小さい子一人残して大丈夫? 「……戸締まりはしたから外部から侵入されることはないし、チャイムが鳴っても出るなって言ってるから。 思わず答えてしまったけど、そもそもこの声に答える必要はない。 さっさと消えてほしいって思ってるんだから。 「もう、わたしに話しかけないで。 僕も眠ってみるよ。 色々あって疲れたから。 幽霊が睡眠を取れるものなのか、というツッコミが頭を過ったけど、これ以上この声に振り回されたくなかったから、何も言わずに目を瞑った。 最後に聞いた小さなその声音はほんの少しだけ、心地いい音色だなって思った。 ほんの、少しだけ、だけど。

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#1 君の瞳に映る僕はどんな顔をしている。①

僕 の 目 に は 君 しか 見え ない 僕 の 耳 に は 君 しか 聞こえ ない

初めにお断りしておくと、わたしは48・坂道関連グループにまったく詳しくないです。 あと該当グループの女の子たちを貶める意図はこの記事にはまったくないです。 CMで耳にして気になって誰の曲なんだろうおそらく48だか系列のどこかのグループだろうな…と思っていた曲が、のデビュー曲『ー』だということを先日知りまして、それからしょっちゅう公式MV動画をエンドレスリピートモードにしてPC作業中に聴いています。 好きだからリピートしちゃってるんだろうと思います。 ブログの下書き中も延々とイヤホンから曲が流れてます。 ただこの曲、めっっっっっっちゃ怖くない? メロディーだけを流して聴いていた耳が、何度も曲を繰り返すにつれ段々と発音を拾いだし、単なる羅列でしかなかった音の粒を次第に繋げて、意味を持つ言葉として聞き取り始めるようになる…… と、気付いてしまうわけです。 歌詞の内容に。 そこでそれまで「聴く」だけだった公式MV動画を、ようやくきちんと「見て」みました。 そして見た後にもう一度、今度は歌詞を読みながら曲を聴いてみました。 なにこれ怖い。 別にMVにホラー要素があるわけでは全然ないんですよ。 かわいい女の子たちがかわいい衣装着て並んで踊って歌ってる、普通のアイドルMVです。 歌ってる欅坂の女の子たちはもちろん普通のかわいい女の子たちで別に貞子のように恐ろしげだったりしません。 歌詞だってそれ自体が怖いわけじゃないんです。 若者に向けた普通の応援ソングです。 普通です。 ひとつひとつの要素は本当に『普通』なんです。 でもそれが全部そろうと、途端にぞっとするものになっちゃうんです。 なんでかっていうと、『の女の子たち』にこの歌を歌わせる悪趣味さに思い至ってしまうからだと思います。 ーの歌詞はこんな感じです。 これのなにが怖いの? って疑問にお思いの方も多いでしょう。 怖くないよ。 これをたとえば爽やか系バンドが歌ってたりすれば全然怖くないし、シンガーソングライターが歌っててもやっぱり全然怖くないし、ソロアイドルが歌ってても多分怖くないと思う。 でもにプロデュースされているというアイドルグループの歌だと思うと怖いよ。 だってこの歌は「似たような服を着て似たような表情で群れの中を歩くこと」に疑問を呈しているわけじゃないですか。 「列を乱すなと言う人の目は死んでいる」わけじゃないですか。 でもそれを歌うの女の子たち自身は「集団で同じ衣装を着て似たような表情で(わたし坂道系列には明るくないと言いましたけど、坂道系列の女の子たちはルックスレベルが高いという認識はあって、整った顔ってどうしても似た顔になりがちじゃないですか)揃った振付で踊ってる」んですよ。 でもって「大人たちに支配されるな」って歌う彼女たちアイドルはという大人や、ファンの大人たち(もちろん若者もいるでしょうけど経済的に支えるのは自分のお金のある大人のほうが多いでしょうし)に支配されてますよね? それでもって「群れていても始まらない」「その群れが総意だとひとまとめにされる」と、歌詞は群れることに否定的な目線なのに、歌っているのはというひとまとめの群れなわけじゃないですか。 「ここにいる人の数だけ道はある」、でも今の彼女たちは全員「」という道を歩いている状態ですよ。 それにこの歌、一人称が「僕」なんですよね。 (そもそもプロデュースの女子アイドルは「僕目線」の歌詞を歌わされることが多いとどこかで目にしたことがありますが) この歌は「僕」から「君」へ向けてのメッセージソングだけれど、メッセージを発信している側のの女の子たちは「僕」の言葉を言わされてるだけで、「僕」ではないんですよ。 怖い!!!! 大人に搾取される少女の構図が透けて見えて!!!! なんていうか、の女の子たちが大人にいいように食い物にされてないか心配になる。 できるなら傷つくことなくアイドルとしての夢を叶えていって欲しい。 わたしこれに近い感覚、前にも味わったことあるな、と思って、実はそれっての「」を聴いたときなんですよ! 恋愛を禁止されている女の子たちに「恋をするのはいけないことか?」って歌わせたり、制服を着た女の子たちに「制服を着たマネキンだ」って歌わせたり、そうしようって決めた人間はよっぽど性格悪いんだなと思いました。 だって「なにかを否定する歌を、今まさにそのなにかに属している人間に歌わせてお金を稼ぐ」のってよく考えなくても悪意の塊じゃないです!!?? なんかだんだん何が言いたいのかわからなくなってきましたが、まとめるとわたしはーを何度も聴くほど気に入っているけど怖いと思っていて、でもそれはの子たちにはなんの罪も責任もないことで、原因はを筆頭とした芸能界の大人たちのうすら寒さによるものであって、おそらくきっとーは何十万枚も売れて大量のお金が動くんだろうけど、それが少しでも多くの子たちに還元されればいいと思いました。 終わります。

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