風吹 け ば 沖 つ 白波 たつ た 山 夜半 に や 君 が ひとり 越 ゆ らむ。 風吹けば沖つ白波龍田山夜半にや君がひとり越ゆらむ(伊勢物語): 古典・詩歌鑑賞(ときどき京都のことも)

伊勢物語『筒井筒』現代語訳(1)(2)

風吹 け ば 沖 つ 白波 たつ た 山 夜半 に や 君 が ひとり 越 ゆ らむ

掛詞と序詞は明らかに性格が異なるもので、微妙なニュアンスの問題とは思えません。 序詞と枕詞は、少し似たところがありますが。 念のため、枕詞を含めて、百人一首の歌を例に、三者の違いを示しておきます。 【掛詞】 同じ音を利用して、一つの言葉に同時に二つの意味を持たせる修辞法で、主に韻文で用いられる。 例:花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに 「ふる」が「降る」と「経る」、「ながめ」が「長雨」と「眺め」の両方の意味を持っている。 【序詞】 和歌などで、意味や音からの連想により、ある特定の語句を導き出すために、その語句の前に置かれる言葉。 特定の語句を導き出す点で枕詞と似た修飾機能を持つが、枕詞が一句五音を基本とし、被修飾語との関係が固定しているのに対して、序詞は二句以上でも制限がなく、また、他の語句と組み合わせての使用も許される。 例:あしひきの 山鳥の尾のしだり尾の なかなかし夜を ひとりかも寝む 「あしひきの 山鳥の尾のしだり尾の」までが「長々し」の序詞 【枕詞・枕言葉】 昔の歌文、特に和歌に用いられる修辞法の一つで、特定の語句に冠して、これを修飾したり語調を整える言葉。 普通は五音であるが、三音、四音、七音のものもある。 枕詞と枕詞を冠する語句との関係が固定しており、自由な使用を許さない点で、序詞とは異なる。 例:ひさかたの 光のどけき春の日に しづこころなく 花の散るらむ 「ひさかたの」が「光」にかかる枕詞。 他に「空」「月」「雲」などにもかかる。 なお、序詞の項で例に引いた「あしひきの」も、「山」にかかる枕詞である。 確かに、この線引きはとっても難しいんですよね。 私も現代短歌や和歌を嗜んでいるので、修辞についてもきちんと復習をしているつもりなのですが、この2つを分けるポイントは、「長さ」くらいしか思いつかないくらいです。 意味合い的にはほとんど同じなんですよね・・・・質問者様が既に仰っているように、本当に微妙なニュアンスです。 使い方や意味に関しては#1様の仰っているとおりです^^ 「掛詞」は単語、もしくは言葉の一部のみで表現されます。 縁語との組み合わせも多い修辞です。 あまり冒頭にくることがなく、2句目以降に登場していれば、掛詞と解釈していいと思います。 「序詞」は表現そのものが長く、音数も不定、自由なのが特徴で、掛詞と違うのは「受ける語を固定しない」というところです。 歌の流れを汲んで冒頭から始まることが多いので、「枕詞の長いもの」と解釈しても良さそうです。 ハッキリとした違いは、このくらいなのですが・・・・。 多分、考査範囲の中に「掛詞」「序詞」を習った時に取り上げられた和歌が幾つかあると思います。 考査への対策としては、教科書に載っている「序詞」を含むとされる歌を暗記しておき、それ以外を「掛詞」として覚えておくか、もしくは逆の方法をするか・・・・。 うーん、難しいですよね・・・。 どちらもシャレです。 (例) 花の色は うつりにけりな いたづらに わが身よにふる ながめせしまに 「ながめ」が、「眺め(ぼんやりと物思いに耽る)」と「長雨」の両方の意味になります。 まさに駄洒落ですね。 このおかげで、「長雨を見ながら、ぼんやりと物思いに耽る」さまが、よく現れてきませんか? 「序詞」の方はちょっと難しいです・・・。 (例) あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む 「あしびき」は「山」の枕詞で、意味はないです・・・。 この場合、「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の」が「ながながし」に対する「序詞」です。 単に「長い夜」ではなくて、「序詞」の部分のように長いというような、修飾の意味ですね。 つまり、「ながながし」という言葉を引っ張り出すためだけに、こんなに手の込んだ事をしているわけなんですが・・・。 シャレですね。

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『大和物語』147段~150段(現代語訳)

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掛詞と序詞は明らかに性格が異なるもので、微妙なニュアンスの問題とは思えません。 序詞と枕詞は、少し似たところがありますが。 念のため、枕詞を含めて、百人一首の歌を例に、三者の違いを示しておきます。 【掛詞】 同じ音を利用して、一つの言葉に同時に二つの意味を持たせる修辞法で、主に韻文で用いられる。 例:花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに 「ふる」が「降る」と「経る」、「ながめ」が「長雨」と「眺め」の両方の意味を持っている。 【序詞】 和歌などで、意味や音からの連想により、ある特定の語句を導き出すために、その語句の前に置かれる言葉。 特定の語句を導き出す点で枕詞と似た修飾機能を持つが、枕詞が一句五音を基本とし、被修飾語との関係が固定しているのに対して、序詞は二句以上でも制限がなく、また、他の語句と組み合わせての使用も許される。 例:あしひきの 山鳥の尾のしだり尾の なかなかし夜を ひとりかも寝む 「あしひきの 山鳥の尾のしだり尾の」までが「長々し」の序詞 【枕詞・枕言葉】 昔の歌文、特に和歌に用いられる修辞法の一つで、特定の語句に冠して、これを修飾したり語調を整える言葉。 普通は五音であるが、三音、四音、七音のものもある。 枕詞と枕詞を冠する語句との関係が固定しており、自由な使用を許さない点で、序詞とは異なる。 例:ひさかたの 光のどけき春の日に しづこころなく 花の散るらむ 「ひさかたの」が「光」にかかる枕詞。 他に「空」「月」「雲」などにもかかる。 なお、序詞の項で例に引いた「あしひきの」も、「山」にかかる枕詞である。 確かに、この線引きはとっても難しいんですよね。 私も現代短歌や和歌を嗜んでいるので、修辞についてもきちんと復習をしているつもりなのですが、この2つを分けるポイントは、「長さ」くらいしか思いつかないくらいです。 意味合い的にはほとんど同じなんですよね・・・・質問者様が既に仰っているように、本当に微妙なニュアンスです。 使い方や意味に関しては#1様の仰っているとおりです^^ 「掛詞」は単語、もしくは言葉の一部のみで表現されます。 縁語との組み合わせも多い修辞です。 あまり冒頭にくることがなく、2句目以降に登場していれば、掛詞と解釈していいと思います。 「序詞」は表現そのものが長く、音数も不定、自由なのが特徴で、掛詞と違うのは「受ける語を固定しない」というところです。 歌の流れを汲んで冒頭から始まることが多いので、「枕詞の長いもの」と解釈しても良さそうです。 ハッキリとした違いは、このくらいなのですが・・・・。 多分、考査範囲の中に「掛詞」「序詞」を習った時に取り上げられた和歌が幾つかあると思います。 考査への対策としては、教科書に載っている「序詞」を含むとされる歌を暗記しておき、それ以外を「掛詞」として覚えておくか、もしくは逆の方法をするか・・・・。 うーん、難しいですよね・・・。 どちらもシャレです。 (例) 花の色は うつりにけりな いたづらに わが身よにふる ながめせしまに 「ながめ」が、「眺め(ぼんやりと物思いに耽る)」と「長雨」の両方の意味になります。 まさに駄洒落ですね。 このおかげで、「長雨を見ながら、ぼんやりと物思いに耽る」さまが、よく現れてきませんか? 「序詞」の方はちょっと難しいです・・・。 (例) あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む 「あしびき」は「山」の枕詞で、意味はないです・・・。 この場合、「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の」が「ながながし」に対する「序詞」です。 単に「長い夜」ではなくて、「序詞」の部分のように長いというような、修飾の意味ですね。 つまり、「ながながし」という言葉を引っ張り出すためだけに、こんなに手の込んだ事をしているわけなんですが・・・。 シャレですね。

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古今和歌集の部屋

風吹 け ば 沖 つ 白波 たつ た 山 夜半 に や 君 が ひとり 越 ゆ らむ

昔、田舎暮らしをしていた人の子らが、井戸の周りで遊んでいたが、大人になると、男も女も、相手を意識しだして、互いに恥ずかしく思うようになったが、男はこの女を妻にしようと思っていた。 女もこの男を夫にしようと思っていて、母親が相手を見つけてきても、言うことを聞かないでいた。 そうしているうちに隣に住む男から、女へ 五つの頃、ちょうど筒井戸と同じくらいの背丈だった私は、あなたが見ないうちに、とっくに成長してしまいました。 と詠んで贈った。 女は返して、 あなたと長さを比べ合ったこの私の振り分け髪も、肩を越すまで伸びてきました。 あなた以外の誰のためにこの髪を結い上げるのでしょうか。 などと言い合って、本懐をとげて連れ添うようになった。 さて、年が経って、女は親を亡くし、男は女の実家を頼りにできなくなってしまった。 そこで男は河内国高安郡に住んでいる別の女ところへ通うようになった。 ところがこのもとの女は、新しい女が出来ても、男に文句も言わずに行かせてやったので、男は女の浮気を疑った。 河内にでかけるふりをして前栽の中に隠れて、女のようすをうかがっていたが、女は念入りに化粧をして、龍田山をふと眺めて、 風が吹いてきたが、夫はこんな夜更けに龍田山をひとりで越こえていくのだろうか。 と詠んだのを聞きて、限りなく切なく感じて、河内へは行かなくなってしまった。 ごくたまに河内に来てみると、最初の頃こそ、心の行き届いた女だと思っていたのに、うちとけてみると、自分の手でしゃもじを持って、器に飯を盛りつけたりするのを見て、つくづく情けなく嫌になって、行かなくなってしまった。 するとその女が、大和のほうを眺めながら、 あなたのいるあたりを眺めているので、雨が降ろうと、生駒山を雲よ隠すな などと言って寄越すので、大和に住む男も「行こう」と言った。 女は喜んで待っていたが、いつまでも来ないので、 あなたが来ると言う晩は何度も過ぎてしまった。 頼りにはしていないが、あなたを思いつつ寝よう。 と言ったが、男は通わなくなってしまった。 【定家本】 むかし、ゐ中わたらひしける人の子ども、井のもとにいでてあそびけるを、おとなになりければ、おとこも女も、はぢかはしてありけれど、をとこは、この女をこそえめとおもふ、女もこのをとこをとおもひて、おやのあはすれどもきかでなんありける。 さて、このとなりのおとこのもとよりかくなん。 つつ井つの 井づつにかけし まろがたけ すぎにけらしも いもみざるまに おんな、かへし、 くらべこし ふりわけがみも かたすぎぬ きみならずして だれかあぐべき かくいひ〳〵て、つゐにほいのごとくあひにけり。 さて年ごろふる程に、女、をやなく、たよりなくなるまゝに、「もろともにいふかひなく(う)てあらむやは」とて、河内国、たかやすのこほりに、いきかよふところいできにけり。 さりけれども、このもとの女、あしと思えるけしきもなくていだしやりければ、おとこ、こと心ありて、かゝるにやあらんとおもひうたがひて、せんざいのなかにかくれゐて、河内へいぬるかほにてみれば、この女いとようけさじて、うちながめて、 かぜふけば おきつしらなみ たつた山 よはにやきみが ひとりこゆらん とよみけるをきゝて、かぎりなくかなしとおもひて、かうちへもいかずなりにけり。 まれ〳〵かのたかやすにきてみれば、はじめこそ心にくゝもつくりけれ、いまはうちとけて、ゝづから、いゐがひとりて、けこのうつはものにもりけるおみて、こころうがりていかずなりけり。 さりければかの女、やまとのかたをみやりて、 きみがあたり みつゝをゝらん いこまやま くもなかくしそ あめはふるとも といひてみいだすに、からうじて山と人「こむ」といへり。 よろこびてまつを、たび〳〵すぎぬれば、 君こんと いひしよごとに すぎぬれば たのまぬものゝ こひつゝぞぬる といひけれど、おとこすまずなりにけり。 【朱雀院塗籠本】 むかし。 いなかわたらひしける人の子ども。 井のもとにいでゝあそびけるを。 おとなになりにければ。 おとこも女もはぢかはしてありければ。 男はこの女をこそえめ。 をんなはこの男をと心ひつゝ。 おやのあはすることもきかでなんありける。 さてこのとなりのおとこのもとよりなん。 筒ゐつの 井筒にかけし 麿かたけ 過にけらしな 君あひ見さるまに 返し。 くらへこし 振分髮も かたすきぬ 君ならすして 誰かあくへき かくいひて。 ほいのごとくあひにけり。 さて年ごろふるほどに。 女のおやなくなりて。 たよりなかりければ。 かくてあらんやはとて。 かうちのくにたかやすのこほりにいきかよふ所いできにけり。 さりけれど。 このもとの女。 あしとおもへるけしきもなく。 くるればいだしたてゝやりければ。 男こと心ありて。 かゝるにやあらんとおもひうたがひて。 ぜんざいのなかにかくれゐて。 かの河內へいぬるかほにて見れば。 この女。 いとようけさうして。 うちながめて。 風吹は おきつしら浪 たつた山 夜半にや君か 獨ゆくらん とよめりけるをきゝて。 限なくかなしと思ひて。 河內へもおさ〳〵かよはずなりにけり。 さてまれ〳〵かのたかやすのこほりにいきて見れば。 はじめこそこゝろにくくもつくりけれ。 いまはうちとけて。 髮をかしらに卷あげて。 おもながやかなる女の。 てづからいひがいをとりて。 けごのうつはものに。 もりてゐたりけるをみて。 心うがりていかずなりにけり。 さりければ。 かの女やまとのかたを見やりて。 君かあたり 見つゝをくらん 伊駒山 雲な隱しそ 雨はふるとも といひて見いだすに。 からうじて。 やまと人こむといへり。 よろこびてまつに。 たび 〳〵過ぬれば。 君こむと云しよことに過ぬれは賴めぬ物のこひつゝそをる といへりけれど。 おとこすまずなりにけり。 【真名本】 昔、 鄙 ( いなか ) 活 ( わたら )ひしける人の子ども、 鞆井 ( ゐ )の 許 ( もと )に出でて遊びけるを、 長 ( おとな )になりにければ、 壮士 ( おとこ )も女も恥ぢかはしてありけれど、 夫 ( おとこ )はこの女をこそ得めと思ふ。 女もこの夫をこそと 念 ( おも )ひつつ、 母 ( はは )のあはすることをも、聞かでなむありける。 さて、その夫の許より、 右 ( か )くなむ、 筒井筒 いつつに 懸 ( か )けし 麻呂 ( まろ )が 長 ( たけ ) 生 ( お )ひにけらしな 妹 ( いも )見ざる間に 女、返し、 競 ( くら )べ 来 ( こ )し 振り分け髪も 肩 勝 ( す )ぎぬ 君ならずして 誰か 上 ( あ )ぐべき かく 五十日 ( いひ )云ひて、 終 ( つひ )に本意の如く会ひにけり。 さて、 年来 ( としごろ ) 歴 ( へ )るほどに、女の親なく、便りなくなる 随 ( まま )に、 諸共 ( もろとも )に云ふ甲斐無くてあらむやとて、河内の国、高安の郡に、行き通ふ所出で来にけり。 雖然 ( されど )、此の 本 ( もと )の 妻 ( め )、 悪 ( あ )しと思へる 気色 ( けしき )もなくて、 没 ( く )るれば出だし立ててやりければ、夫、 異情 ( ことごころ )ありて 如是 ( かか )るにやあらむと思ひ疑ひて、前栽の中に隠れ 居 ( ゐ )て、彼の河内へ往ぬる 面 ( かほ )にて見れば、此の女、 最 ( いと )よく 仮相 ( けしやう )して、打ち 長目 ( ながめ )て、 風吹けば 奥 ( おき )つ白波 龍田山 夜半にや君が 独り 往 ( ゆ )くらむ と読みけるを聞きて、限り無く悲しと思ひて、河内へもをさをさ往かずなりにけり。 徐 ( ま )れまれ、かの高安に往きてみれば、 最初 ( はじめ )こそ 嚢 ( こころにく )くも作りけれ、今は打ち解けて、髪を巻き上げて、手づから 飯匙 ( いひがひ )取りて、 笥子 ( けこ )の 器 ( うつはもの )に盛りけるを見て、心 愁 ( う )がりて行かずなりにければ、彼の女、大和の方を見遣やりて、 君が 方 ( あたり ) 見つつを 居 ( を )らむ 生馬山 ( いこまやま ) 雲な隠しそ 天 ( あめ )は 歴 ( ふ )るとも と云ひて見出でたるに、辛うじて、 倭人 ( やまとびと )「来たらむ」と云ひたりければ、 悦 ( よろこ )びて待つに、度々過ぎにければ、 君来むと 云ひし 毎夜 ( よごと )に 過ぎぬれば 恃まぬ 魂 ( もの )の 恋ひつつぞ 歴 ( ふ )る と云ひけれど、夫住まずなりにけり。 【解説】 『真名』に「 鞆井 ( ともゐ )」とあるのは、おそらく「友井」あるいは「共井」、すなわち共同井戸のことだろう。 「 嚢 ( こころにく )く」だが、「嚢」はもともと「袋」のことなので、用心深く本性を包み隠して、慎み深く、という意味だろう。 『仮名』で「おやのあはする」は『真字』では「 母之合 ( ははのあはする )」。 『仮名』で「筒ゐつの井筒にかけし」は『真字』では「筒井つつ五幹に懸けし」 「五」は「い」で、「井」は「ゐ」であり、本来違う。 さてどうしたものか。 試みに「五幹」は五才の頃、と訳してみた。 『仮名』「過ぎにけらしな」は『真字』「生ひにけらしな」。 ここもかなりニュアンスが違う。 そうなると「懸けし」もわからなくなってくる。 普通これは、ぶらさげるとかひっかけるという意味であって、背比べをする、と解釈するのはかなり苦しい。 ともかく、『真字』に合わせて解釈してみた。 『朱雀』「髮をかしらに卷きあげて、おもながやかなる女の」これはちょっと脚色しすぎでは。 「髪を頭に巻き上げて、面長な顔が余計に長く見える女が」とはね。 後見の無い大和の女は、男のいない間もきちんと化粧をして、悋気も起こさず、男を送り出し、男の帰りを待っている。 一方で金持ちの河内の女は、馴れてくるとだらしなくなってしまう。 好対照の二人の女を対比させている。 実話というより、おそらくもともとは、女子の教育に使われた、良く巧まれた教訓話であろう。 従ってここに出てくる人物が具体的に誰かを詮索することには意味がない。 この当時は通い婚なので、男が経済力のある女のところを通い歩くのは普通であっただろう。 「まろ」「ををらむ」「けらしな」などが非常に古めかしい、或いは鄙びた感じがする。 場面も大和、生駒、高安などと、平安朝からははずれている。 おそらくは奈良時代。 紀氏に伝わった伝承を有常が書き留めたのではなかったか。 有常の妻は藤原氏で、政略結婚であったから、これは有常とその妻の話ではあり得ない。 紀氏は大和国平群県紀の里を本拠地とする豪族である、とされる。 南北に連なる生駒山地の東麓を竜田川が南流し大和川に合流する。 その竜田川の中流域が紀氏の里であった。 この竜田川は昔は平群川と呼ばれていたらしい。 生駒山地の南端に龍田山があり、この山は万葉集に良く詠まれた。 しかし竜田川が詠まれるようになったのは平安時代であり、後述するように、和歌に出てくる龍田山と竜田川にはなんの関係もない。 竜田川は今の水無瀬川である。 武内宿禰 ( たけうちのすくね )の子に 平群木菟宿禰 ( へぐりのつくのすくね )と 紀角宿禰 ( きのつねのすくね )があった。 いずれもこの平群川流域を本貫とする。 武内は紀氏や平群氏のほかにも蘇我氏や葛城氏、巨勢氏らの祖とも言われているが、ちょっと信じがたい。 もともと武内は大和朝廷が進出してくるよりはるか昔の大和の伝説の首領かなにかではなかろうか。 しかし、平群木菟と紀角が武内の子であったかどうかはともかく、近親であったことについては疑うべき理由がない。 紀氏は 紀伊国造 ( きのみやつこ )と関連があるのではないかとどうしても考えたくなる。 しかし紀伊国造は 天道根命 ( あまのみちねのみこと )であるとされる。 思うに平群氏はその古墳などから六世紀以前にはさかのぼれないという。 平群地方の古墳、烏土塚古墳、西宮古墳、宮裏山古墳、宮山塚古墳はいずれも古墳時代後期、飛鳥時代前期のものである。 そこで推測するに、大和政権が確立したことによって、紀伊国造の一族が大和に進出してきて朝廷の臣下となり、平群に定住した。 それゆえに紀氏を名乗るのではなかろうか。 大和から西の生駒山塊をみれば龍田山であるし、河内から東を見れば生駒山となる。 『玉勝間』「いせ物がたりをよみていはまほしき事ども一つ二つ」 「つつ井づつ」云々、「妹見ざるまに」は、「妹が見ざるまに」也。 「妹を見ざるまに」はあらず。 上におのが 長 ( たけ )だちの事を言へるにて、それを妹が見ざるまになること知るべし。 さて此の 條 ( くだり )は、下に、「かの女やまとのかたを見やりて」とも、「やまと人」云々ともあれば、井のもとに遊びたりしも、大和の国にての事也。 さればはじめに、「むかしやまとの国に」、などあるべきことなるに、ただ「ゐなかわたらひしける人」と、のみにては、京の人とこそ聞ゆれ。 「よろこびてまつに、度々過ぬれば」と言へる所、詞たらず。 其故は、まつにといふまでは、ただ一度のさまをいへる文なるに、たびたび過とつづけていひては、俄也。 さればこは、「よろこびてまつにこず、さること度々なりければ」、などやうに有べき所なり。

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